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コウモリ。それは、マナが使えない人間に対する蔑称。 獣でもなく鳥でもないコウモリのように。マナが使えない人は、人ではなく、それでいて獣でもない。 「そっか」 だから、こんなマナがないアパートなんかに住んでいるんだ。どちらにせよ、使えないから。 「軽蔑、したか?」 「しないよ。わたしはね」 そう、わたしはしない。でも、世間はする。コウモリってのは、そういう存在だ。 でも、そっか、コウモリなんだ。リュートは。 「ふふふ」 「なんで笑う」 「だってさ、マナが使えるとか使えないとか、バカらしいことじゃない」 マナが使えなくても、リュートはわたしを気遣ってくれるし、嘘は下手だし、人を引き付ける魅力があった。 マナが使えなければできない仕事もたくさんあるかもしれない。でも、マナがなきゃ人間じゃないなんていう風潮、わたしは納得ができない。 それに、少しだけ、安心した。 わたしは手を伸ばし、リュートの頭に手を乗せる。 「お、おい?」 「よしよし。よく頑張って生きてきたわね。偉い、偉い」 「ガキ扱いすんな!」 手を払いのけるリュート。その顔を見ていると、心がなごむ。 「ふふ、別にいいじゃない? 子供みたいなもんよ、わたしにとっては」 「だーかーら! 俺の方が年上だっての!」 「たいして変わらない年齢をそこまで気にしなくてもいいでしょ」 むぐ、とリュートが声を詰まらせる。 そう、そんなのはたいしたことじゃない。コウモリだとか、年齢だとか。 わたしが知りたかったこと、そして、わたしが重要視していることは、もっと他のことだから。 「ん、ありがと、リュート」 わたしは体を持ち上げる。さっきまでよりも、随分と軽くなっていた。しょっていた荷物をここに下ろしたせいかもしれない。 「もういいのか?」 「ん。秘密も教えてもらっちゃったしね?」 「あんまし言うなよ。それから、昔の知り合いにも。俺がコウモリだって知ってる奴、学校に残ってた奴の中には割といやがるからな」 「はいはい。秘密にしておくわよ。ここに住んでいることも含めて、ね」 本当は、もっとたくさんの秘密を持っているんだろう。コウモリというだけじゃ、あの剣のことについてはちっとも説明になっていない。 それでも、わたしはリュートが自分の秘密を話してくれたことが単純に嬉しかった。 なにも、全てを一度に知る必要はない。わたしとリュートが会わなかった時間は決して短いものじゃない。だから、その間に色々なことがあっても当たり前なんだ。 だから、ゆっくりと時間をかけて知っていけばいい。お互いに、お互いを。 「じゃね、リュート。また今度、ご飯でもおごってよ」 「そこはおごるよ、じゃないのか」 「女の子におごって欲しいの?」 むっ、と言葉に詰まるリュート。 うん。やっぱりあなたは、わたしの、大切な友達よ。 寮に戻る足取りは軽い。 あれほど体が重く感じたのが嘘のよう。ううん、本当は嘘だったのかも。 わたしは、自分自身で自分を重くしていた。自分を縛っていた。それを破るきっかけ、くれたのは――。 「ふふ、セロンには感謝しないとね」 間違いなくセロンのおかげでわたしは自分を取り戻したわけで。うーむ、後輩に学ぶとは。わたしもまだまだ、だね。 そうやってのんびりゆっくり、夜の学校を歩く。正確に言えば校内じゃなくて敷地内だけど。 学校の敷地は、色々なマナの訓練に使えるよう、割と広くなっている。特に校舎の裏側、寮に向かうまでの間の芝生ゾーンは、体を動かすタイプのマナを学ぶためには欠かせない場所だ。 わたしが歩いているのも、そんな短い下草に覆われた場所だった。吹き抜ける風が、少し肌寒い。それは、わたしの他に誰の姿も見えないってことも影響しているのかもしれない。 学生の中でも、年齢の若い……、より端的に言えば、未成年者はこんな時間にうろつくことを許されていない。それはひとえに、子供には自分の身を守る手段がないから。大人ならば自己責任とも言えるけど、子供にはその判断さえできない。 危険を危険と知った上で乗り込むのは無謀、あるいはバカ。それを知らずに行ってしまう、あるいは理解せずに乗り込んでしまえるのが子供。 とまあ、そんなことはどうでもいいけど、とにかくこの時間は人の姿がほとんどない。学生の大部分は子供の年齢である、ということも原因の一端にはあるのかもしれない。わたしが学生だった頃は、もう少し大人もいた気がしたんだけど……、世間の変化かしらね。 「あー!! ようやく見つけた!!」 そんな夜半には似つかわしくない大音声。わたしは思わず振り返る。 わたしに歩み寄るその顔には見覚えがあった。 「えーと、レイチェル?」 「レイチェル・ライラックよ」 あ、やっぱりそうだ。わたしが久しぶりに帝都に戻って来たあの日、門のところで騒いでいた女の子。 レイチェルは相変わらずの強気な眼差しでわたしを見つめ、 「あなた、エリア・ダルクハルトよね?」 「そ、そうだけど」 ずい、と顔を寄せてくる。思わず一歩、後ろに下がってしまう。 「ダルクハルトなんて名字、そんなによくあるわけじゃないのに、つい聞き逃しちゃったわ。あたしの一生の不覚ね」 「な、何なのよ?」 「あなたのお父さん、ノルン・ダルクハルトなんでしょ?」 「……お父さんのこと、知ってるの?」 「知ってるも何も!」 レイチェルは大げさな動作で、よくわっかんないことを伝えたそうにしている。 「ノルン・ダルクハルトっていえば、マナなんか関係ない道具を作ることで有名な人じゃない! マナが使えない人には物凄い人気で、ノルンの名前を知らないのはモグリなんて言われるくらいなのに!」 「それ、本当なの?」 「若干の誇張は入ってるけど」 ……そりゃそうよね。 「でも、見たことない? お父さんの作った道具」 「んー、なにしろ、わたしも子供だったしねー」 ちっちゃな頃、お母さんの代わりに店番なんかをしたことはある。お客さんには色々な人がいて、その中でわたしも色々なマナについて学ぶことができた。 けど、その中にマナが使えない人がいたのかどうか、子供の頃のわたしは理解できなかった。そもそも、コウモリ、なんていう概念さえ曖昧だった頃。そんなのを知っているはずもない。 「ま、ノルンの偉大さを知っているかどうかはこの際、関係ないの」 「あ、そう」 「それよりあたしが知りたいのは! あなたのお父さんが持っていた、鍛冶技術の方よ!」 「って、言われてもね。わたしは鍛冶屋じゃないし」 「そんなのはわかってるわよ。でも、何か知らない? 鍛冶のコツとか」 「わたしはそっち方面は詳しくないんだけど、マナの有無でそんなに錬金方法が変化するものなの?」 「あったりまえじゃない!」 どうでもいいけど、なんでこの子、こんなに身振りとか大げさなんだろ。しかも声が大きくて、少しうるさい。 「あのね、普通の鍛冶屋が作る道具ってのは、当たり前だけど、マナを持っている前提なの。だってそれが多数派なんだから。だから、道具そのものにも、マナを増幅したり、力を引き出しやすくするための機構を刻んである」 「うん、それはわかるけど」 「でも、マナが使えない人には、そういうのは無駄なだけ。むしろ道具そのものにマナを組み込むくらいでもいいって思うの。だけど、普通に組み込んだだけじゃ、うまく使えないのよ。だから、きっと何かあるの。ノルンの技術には、何か、特別なものが」 「うーん……」 レイチェルの言いたいことは、なんとなくわかった。 確かに、マナが使えない人が使う前提の道具なら、それは普通のものとは違う、特別な品になるかもしれない。特別な品なら、作り方が違うのは当然の話。 だけど、コツ、って言われても。そもそも錬金がノースキルのわたしに、錬金について教えろと言われても無理がある。 「じゃあ、こう、お父さんの遺した資料とかは?」 「ないよ、そういうの。職人気質、ってほどじゃないけど、文章とか苦手な人だったし。手紙さえほとんどないくらいだもの」 「な、なら、何か覚えてないの? 何でもいいのよ」 「うーん。工房には基本的に入れてもらえなかったし、わたしも錬金はわかんないし、そもそも子供だったもの。参考になるようなこと、何もないと思うけど」 「……そ、う、なの」 肩を落としたレイチェルは、そのまま挨拶もせず、とぼとぼと来た道を戻り始める。 「あ、ちょっと!」 その背中があまりにあまりで。わたしは思わず呼びとめる。レイチェルはどよんとした瞳をわたしに向けた。 「参考、にはならないかもしれないけど、協力、くらいはできるかもしれないわよ?」 わたしの言葉に、レイチェルは目をぱちぱちさせた。 |