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気が付いたら青空が見えた。 「ッ!?」 ガバッと起き上がり周囲を見渡す。そこにはすでに鉄ムカデの姿はない。それどころか、さっきの場所でさえなかった。 「ここ、は……、森の入口?」 そう。そこは確かに、わたしたちが森に入った、その場所だった。見れば、わたしたちがここに来るまでに使ったギャロップの姿もある。 「俺がここまで運んだ」 声に振り向けば、リュートが足を延ばしてへたり込んでいた。その顔には疲労の色が濃く、傷跡もいくらか見られる。足を縛っている布切れは、乾いた血で汚れていた。 「リュートが?」 「意外と重いのな、お前」 「なっ……! お、女の子になんてことを言うのよ!」 「女の子って歳じゃないだろうが」 「まだ通じるわよ! って、それより――」 見渡すと、少し離れたところに見慣れぬ小さな女の子と、それをあやすセロンの姿も見えた。 本当に、状況が理解できなかった。リュートを見ると、彼は頷いた。 「まあ、簡単に言えば、化物はどーにかして女の子を発見しここまでお前らを連れてきた。以上」 「そんなんで納得できるわけないでしょうが」 「だよな」 苦笑を浮かべ、リュートは続ける。 「化物だけどさ、お前の作戦が結果的には功を奏したよ。意識がそれたあいつの顔面を切りつけてやったら、慌てて逃げ出しやがった。お前は衝撃波の直撃を受けて気絶したみたいだったけどな」 なるほど、それでそこまでしか記憶がないのね。 内心でうなずく。 「そんで、人の声を聞きつけたらしくてな、あの女の子が自分から寄ってきてくれたんだ。つっても、まだ言葉が話せないらしくて、詳しい事情とかわかんなかったんだけど……、まあ森の中に女の子なんてそう何人もいやしないだろ」 女の子の服装なんかを見ても、たぶん件の迷子に間違いないと思う。それに、確かに森の中に人間なんてそうそういない。 「んでもって全部が片付いたんで、俺がお前を、気がついたセロンが女の子を背負って森の外まで脱出した、ってわけ。理解したか?」 「うん、一応」 ということは、何もかもがうまくいったってこと? できすぎなくらい、大成功? 「……はは」 この任務を始める前。わたしは、ここまでうまく成功するとは思っていなかった。そもそも女の子が生きている可能性さえほとんどないと考えていた。小さな子供の手では、野生の猪にさえ抵抗できないから。 なのに、結果的には誰も死なず、大きなけがをすることもなく、無事に生還? 嘘でしょう、そんなの。 「優しい嘘ならいいだろ?」 「人の顔色を読まないでよね、リュート」 でも、実際、こんだけ成功しておいて文句のあろうはずもない。 「こっから先はお前らに任せるぜ? 子供の面倒なんて嫌だからな、俺は」 「なーに、子供嫌い? そんなんじゃいけないわよリュート君。親になったら困るでしょ」 「なんねーよ」 重そうに体を持ち上げるリュート。その姿に、わたしは戦いに赴いた彼の姿を重ねてしまう。 「ま、ありがとね」 「どういたしまして。報酬は弾んでくれよ」 「所長にお願いしてみるわ。話を聞かせてくれたら」 「――話?」 リュートの瞳に警戒の色が宿る。それが、なんとなく哀しい。 「話すこと、もう話したじゃねーか」 「その剣のことは? 結局、あの鉄ムカデはなんだったの? 鉄ムカデのことは知らないで通せても、自分が持っている武器のことまでは知らないじゃ通らないでしょ」 「ただの剣だよ」 「ただの武器を握っただけで人間離れした動きができるわけない」 リュートの視線が泳ぐ。右に、左に。 「マナの増幅器だよ、これは」 「じゃあそのマナは何? わたし、割と色々なマナを知っているけど、ああいう動きが可能なマナってないよ」 『加速』じゃない。加速はああいう半端な速度調整が通じない代物だから。加速しちゃったら、本当に全力まで加速するしかない。 まるで獣のような俊敏さ。人とは思えない動き、力、動体視力や反射神経なんかも含め、どうにも怪しい。 まるで、剣そのものに操られているような。 そんな、おとぎ話のようなことが現実に起こりうるのか、わたしにもよくわからない。でも、あの時のリュートは、そうとしか形容のできないものだった。 「そんなことを知って、どうするんだ」 「危険なものなら、使わせられないでしょ。友人として」 「お節介、って知ってるか?」 「友情、っていうのよ、これは」 話したくは、ないだろうと思う。あんなもの、普通に出回っている代物とはとても思えない。 リュートの住処が思い浮かぶ。裏通りのさらに裏。まっとうな人間なら、足を踏み入れることさえ躊躇するような場所。 まず間違いない。あてずっぽうなんかじゃない、本当の本気で、彼は何かを隠している! 「じゃ、言い換えるわ」 リュートの手が剣に伸びる。 「知る必要のないこと。そういうことだ。人間、誰でも隠しておかなきゃいけないことってーのはあるだろ? お前が知ろうとしているのは、そういう話だよ」 「それは、誰かを傷つけてでもしなきゃいけないことなの?」 「……ちょっとだけ教えてやるとすりゃあ、俺の存在ってのは俺一人のものじゃない。俺がいるということ、それそのものが重要な連中もいるんだよ。だから、まあ、知られるわけにゃいかねーんだ。それが、エリアでも」 と、そこでリュートは柄から手を離した。 「ま、戦うってのは冗談。でも俺は話さないぜ? 仲間は売れねえ」 「はいはい、わかったっての。そんなにマジにならないでよ」 「マジにならなきゃいけない時もある、ってな」 それは、今であって欲しくなかった。 「あー、でもこれじゃあ、所長に報告すんのも骨が折れそうね」 「骨でもなんでも折れや。俺は骨を折るどころじゃ済まなかったかもしれないんだぞ」 「そんなんはわたしも同じ」 「お前はもともと、自分で受けた仕事だろうが」 「リュートだってそうでしょうが」 ばちんと飛び散る火花が見えた気がした。 「何をやってるんですか」 と、呆れた声が降ってきた。見れば、セロンが女の子と手を繋いでいる。この短時間で懐かせたってこと? ……保育士の才能でもあるのかしらね、この子。 「旧交を温めていただけ。たいしたことじゃないさーね」 「ずいぶんと険悪に見えましたけど」 ちっ。空気の読めない後輩ね。 「まま、そんなちーちゃなことは明日に放り投げて」 「それじゃ明日になったらまた蒸し返すことになっちまうじゃねーか」 「器がちっちゃい男どもねぇ……、そんなんじゃモテないよ」 「うるせー」 重い重い体を、やっとこさ持ち上げる。わたしを引っ張る地面を振りきり、ようよう立ち上がる。 「いつまでもこんなところでゴロ寝してるわけにゃいかないでしょ。リュート、セロン、帰るよ」 「おいおい、俺はお前を運んできたんだぞ、もう少し休ませごはっ!」 「そりゃわたしが重いって言いたいのかい?」 「足より先に口を出せ!」 「次からは気をつけるね」 なんのかんのと言いながら、ギャロップに乗って帰るのはヤバいかなぁ、とか考えていた。 まあ、何にせよ。 全ては、明日にまわそう。今日はもう店じまいよ。 その時のわたしは、まだ気付いていなかった。 事後処理がやーたらと発生し、いっそ戻らない方が休息になったんじゃないか、という事実には。 ……ちくせう。 |