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鉄ムカデは赤い瞳でわたしたちを睥睨する。 改めてみると、その巨大さに圧倒される。人間よりも大きな体を持つ熊でさえ、ここまでの体は持たない。 見上げるほどの体高、そして、それを遙かに上回る長さを持つ胴体。足の一本一本が独立した生き物のようにうごめき、にぶい鉄色に光っている。 わたしも初めて見る存在。これが、生き物? 本当に生きているの? それさえ疑わしい。 「リュート、こいつ、知ってる?」 「……よくは、わからん」 その口調は、何かを知っている様子だった。とはいえ、今は詰め寄っている暇なんかない。 敵対的な行動をとっているわけではない。でも、こいつは放っておいちゃいけない。存在そのもの、こいつという、名前もわからない鉄ムカデは、人に仇なすものだ。人という、種族そのものの敵だ。 わたしの中の本能的な部分が告げる。見れば、セロンもリュートも、同じようなものを感じているらしかった。 こいつは、わたしたちを逃がしてなんかくれない。和解も交渉も通じない。殺すか、殺されるか。獣よりなお性質の悪いもの。 わかるよ、なんとなく。 「くっ、そおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 「待てセロン!!」 リュートが止めるより早く、セロンは手を掲げる。セロンの左手の甲、そこに光が集まる。マナの内に宿る力、それが――。 「なっ、んだよこれ!?」 弾け、拡散する。 光の粒子がぱらぱらとこぼれ落ちる。 何が起きたのか、わたしにも、わからなかった。でも、状況だけは理解できた。 わたしも胸元に意識を集める。そこには、わたしの不思議な石がある。 けれど、いつもならすぐにでも呼応してくれるはずの頼りになる石は、何の反応も示さなかった。 ここは、マナが、使えないんだ。 「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 ムカデが咆哮する。セロンの体が吹き飛ぶ。 足が、動いたわけでもないのに! 「セロン!」 「うかつに動くな!」 木の幹に激突したセロンをカバーしようと動くわたしを、リュートの一喝が止める。 「こいつのヤバさ、もうわかっただろう。こいつは下手に戦える相手じゃない、いや、そもそも人間じゃ戦いにさえならないような存在なんだ」 「……少しだけ、わかるよ」 マナが使えない理由。それはきっと、こいつにあるのだろう。 触れずに人を吹き飛ばし、人間の唯一の対抗手段であるマナは封じられ、巨体と鋼鉄の体を持つ化物。 それは、人間がどうこうできるような相手じゃない。 「に、げましょ、リュート」 「どうやってだ? こいつが、俺たちを逃がしてくれるとでも言うのかよ」 木々さえなぎ倒す力。あの足爪の一本にでも引っ掻かれれば、人間の体は雑巾よりたやすくちぎれ飛ぶだろう。 追いつかれればおしまい。かといって、脚力だけで逃げ切ることができる相手にも見えない。頼みの綱であるセロンの加速は使えず、持ち主のセロンも、さっきからぴくりとさえ動かない。 死んでは、いないと、思うけど。 それは、ただの願望なんだろうか。 「じゃあ、どうしろって言うのよ! あんなもん、どうやって対抗しろって言うの!? マナは使えない、力は人より強い! 石でも投げろって言うわけ!?」 「だから、俺に任せろって言ってんだよ」 見れば、リュートは冷や汗をかいていた。それでも刃を構え、じりじりと近づいていく。 鉄ムカデはわたしやセロンを見つめ、その赤い瞳をリュートに固定した。わたしやセロンでは相手にならないと思ったのか。 「いくぜ、化物」 リュートが飛び出す。その速度、加速したセロンほどではないにせよ――速い! 「っしゃあ!」 一閃。硬質な激突音、刃は弾かれる。 「ったりゃあ!」 しかしリュートは止まらない。飛び跳ね、くるりと回転し、さらなる追撃を鉄ムカデの体に叩き込む。 鉄ムカデも、ただ黙って見ているわけじゃない。足爪をひるがえし、懸命にリュートを切り裂こうと応戦する。しかし、人間離れした加速と跳躍を繰り返すリュートの体を、鉄ムカデは捉えることができない。 「ららららららららあああああああ!!」 連続撃。どれも鉄ムカデの体を傷つけるには至らないにせよ、背に足に、的確に打撃が加えられていく。 「そ、らよお!!」 一挙に跳躍、刃の先端を下に向けての落下より早い突撃。それが足の付け根に突き刺さり、 「う、らあああああああああああああ!!」 リュートが剣を閃かせると、足が一本、引きちぎられた。切断された足は勢いよく転がり、リュートはすぐさま逃げる。 「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 鉄ムカデの咆哮。リュートは横に跳ねる。その直後を、見えない何かが通過したような衝撃を感じた。下草が根こそぎちぎられる。 「リュート……」 謙遜していた、でも、リュートは強い! あるいは、生身の人間の誰よりも! そして、それが少しだけ、恐ろしい。 リュートの動きは、どう見ても人間のそれじゃない。あるいは獣、あるいは化物と呼ぶべき動き。鉄ムカデの巨体を一足で飛び越え、鋼鉄の体に打撃を加え、さらには弱いであろう関節とはいえ刃を通し足を切り飛ばす。 それは、人間に可能なことなの? 鉄ムカデは恐ろしい。でも、リュートも恐ろしい。 あれは、人ならざる者が戦い合っているようにしか、見えない! 「エリアァ!」 呼ばれ、びくりと肩が震える。 「セロンを頼む! カバーしてやれねえ!」 「あ、う、うん」 いけない。何を考えていたんだろう、わたしは。リュートは、今もわたしとセロンのために戦ってくれているってのに。 わたしはリュートの邪魔にならないようにこっそりとセロンに近づく。隣に屈みこむと、息をしているのがわかった。まずは一安心。 でも、それだけじゃダメ。ここは危ない。 わたしはセロンを担ぐと、木陰へと運んだ。せめて、鉄ムカデの視界に入るような場所にはいないようにしないと……。 「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 三度目の咆哮。思わず鉄ムカデを仰ぎ見ると同時、リュートが吹き飛ばされるのも見えた。 「リュート!」 「だ、いじょうぶだ!」 剣の腹を見せ、リュートは無事をアピールする。胸をなで下ろしつつ、 「倒せるの!?」 「倒すさ!」 強気。それが頼もしい。 実際、相手の方が圧倒的な存在であることはハッキリと感じる。それでもリュートは強気で、実際に抵抗してみせている。 何の役にも立たないわたしとは、大違いだ。 「ッ……」 それは悔しい。せめて、せめて何かわたしにできることはないだろうか。リュートをサポートし、あの化物を倒すための補佐。 わたしは自分の周囲を見回し、そして見つける。 セロンの腰。そこには、大振りのナイフがある。 わたしの持つ鉄棒は投げることもできないけど、これなら――。 「借りるね」 セロンの腰からナイフを引き抜き、ギリギリの距離まで近づいて様子をうかがう。 鉄ムカデの意識は完全にリュートに集まっている。そこで意識をそらすことができれば、リュートがとどめを刺せるかもしれない。 さすがにわたしも、女の力で投げたナイフが、全力の一刀さえ弾く鉄の塊に通じるとは思ってない。それでも、何かの役には立てる。 タイミングが全て。間違えれば、誰かの命が散る。 じりじりと、焼けつくような緊張感。重力が増したようにさえ感じる。そのせいか、あるいは他の理由か。わたしだけでなく、リュートや鉄ムカデも動かない。 喧噪の時間から一転、静寂の時間が訪れる。これは、嵐の前の静けさ。 次に動き出せば、誰かが傷つく。その誰かは、鉄ムカデでなければいけない。 息さえ詰まるような緊張感の中。変化が訪れる。 ガサリ、と草が揺れる。それが合図だったように、わたし、リュート、鉄ムカデ、全員が動く。 ナイフを投げる。想定通り、鉄ムカデの意識はわたしに向く。リュートの顔が青ざめるのまで見えて――。 「キュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 |