帝都の東地区、大通りからちょっと脇道に入ったところ。そこに、古道具屋『マーベラス』がある。
 中に入ると、少しほこり臭い。古い道具に特有の匂い。わたしは、この匂いが嫌いじゃない。
 マナの明かりではなく、あえて使い続けているっていう蝋燭の明かり。薄暗い店内の奥に、目当ての人物が座っていた。
「おんや、エリアちゃん。珍しいねぇ」
「ご無沙汰しています、シエラおばあちゃん」
 枯葉色の衣に身を包んだ老婆がひょっこりと顔を出す。真っ白な長い髪を頭の後ろでおだんごにしていて、背中もだいぶ丸くなっているけど、まだまだ元気そうだ。おばあちゃんはしわくちゃな顔を綻ばせ、
「本当に久しぶりだ。もう何年になるやら。帝都に戻ってきたのかい?」
「いえ、仕事でしばらく滞在してるだけなんですけど」
「へー、仕事ぉ。そうかそうか、エリアちゃんも、もうそんな歳か。私も歳を取るわけだねぇ」
 シエラおばあちゃんは、わたしが子供の頃からずっとおばあちゃんだった気がする。正確な年齢はおばあちゃんにもわからないとか。
 子供の頃、お父さんに連れられて、たまにこのお店に顔を出していた。お父さんが何の用事でこのお店に来たのか、それまでは詳しく聞いていない。ただ、お父さんが作ったものを、いくつかこのお店に持ってきていたことだけは覚えていた。
 だから、わたしは彼女をここに連れてくることを思いついたのだ。
「こんちはー。へえ、なかなかいいお店ね」
「んん〜?」
 わたしに続き、店に入って来た人物にシエラおばあちゃんは目をこらす。
「あ、おばあちゃん、この子、レイチェルっていうの」
「レイチェル・ライラック! よろしく、シエラさん」
「あいあい。レイチェルちゃんね。エリアちゃんの友達?」
「ま、そんなとこ。それでさ、おばあちゃん。お父さんの作った剣とか包丁とか、ともかくなんでもいいの、お父さんが作ったのってこのお店にない?」
「ノルンの品かい? あー、ちょいと待ってな」
 おばあちゃんは店の奥に引っ込む。と、ドンドンガラガラ! と恐ろしい音が響いてきた。
「ちょ、ちょっとエリア。これ大丈夫なわけ?」
「んー、多分? おばあちゃんのお店は昔っからこんな感じだから」
 決して片付いていないわけじゃない。むしろ、おばあちゃんはよく片づけをしている。こんな風になっちゃうのは、単純に物が多すぎるせいだと思う。
 おばあちゃんの店には、色々な人が来て、道具を置いていく。そういえば、売る人は見たことがあるけど、買っている人は見た記憶がない。よくそれでお店が成り立つなぁ。あるいは、これが趣味なのかも。
「あー、あったあった」
 埃を払いながらおばあちゃんが店の奥から出てくる。手に持っていたのは、大きな木箱。両手をいっぱいに開いたほどもある。
「ほら、これ。ノルンの道具ってのは割と評判が良くてねぇ、あんまし残ってないんだけど」
「本当に評判いいんだ。それってやっぱり、コウモリ……、に?」
「エリアちゃん。彼らはね、自分のことをコウモリとは呼ばないよ」
「あ、ん……、ごめんなさい」
 まだ、つい言葉を口にしてしまう。マナが使えない人を総称する言葉が他にないせいかもしれない。
 おばあちゃんはにっこりと笑い、
「それが悪いって本当にわかっているのなら、だんだんと治っていくよ。それより、ノルンの道具だったね」
 おばあちゃんが木箱を開く。中におさまっていたのは、にぶく光る槍だった。先端が十字に分かれ、全体には、何だろう、よくわからない文様が刻んであった。文字、とも少し違う。計算されているような、何も考えずに引っ掻いただけみたいな、へんてこな文様だ。
「これが、お父さんの?」
「そう。それも、マナが使えない人間のために作られた槍さ。まったく、この時代に槍なんて作って、ノルンはどうするつもりだったんだろうねぇ」
「ふうん……」
 お父さんが作ったものを、思えば初めてきちんと見たかもしれない。
 手に取ってみると、ずっしりと重い。わたしが背負っているお父さんの形見チューナーよりも重いだろう。それは実質的な重量であり、武器という存在が持つ重みであり。
「ちょっと見せてくれる?」
「ん」
 レイチェルに槍を渡す。彼女はしげしげと槍を見つめ、特にその文様に目をこらす。じっと穴が開くほど見つめ、
「やっぱりこれがポイント、なのよね」
「だろう、けど。シエラおばあちゃん、これについて何か聞いてる?」
「いんや、なんも。もともと、ノルンはそういうのを話すタイプじゃなかったしねぇ」
「だよねぇ……」
 錬金の力を引き出すチューナーのように、この道具も、マナが使えない人のために、何かしら考えられているんだと思う。たとえば、そう、リュートが使っていた剣のような感じで。
 思えば、あれはお父さんの作った剣だったのかもしれない。今度、確かめてみることにしよう。
 それはさておき、仮にリュートが使っていた剣みたいなものなら、きっとこの槍も、マナを持たない人になら、凄い力が発揮できるのかもしれない。壁を吹き飛ばしたり、空を飛んだり。
「ねえ、おばあちゃん。これなんだけど……」
「いいよいいよ、持っていきな。どうせうちにあっても仕方ないもんなんだからねぇ」
「ごめん、ありがと。助かる」
 さて。これ、誰に使わせてみよーか。
 わたしはレイチェルが握る槍を眺めながら、そんなことを考えていた。

 わたしとレイチェルは、帝都の外壁から少し離れたところに移動した。こういう武器を扱うところを見られるのはあんましよろしくないので、目立たないような木が生い茂っているところに陣取る。バサバサ、と鳥の羽ばたく音以外には何も聞こえない。
「じゃ、まずはあたしが試してみるわ」
 レイチェルはお父さんの槍を横に構える。なんとなく、その構えが様になっているのは……、武術の心得とかあるんだろうか。
「ふっ!」
 槍を振り回し、突き上げる。動作が綺麗だった。無駄もない。
 レイチェルは槍の角度、突き刺す方向、動作などを色々と変化させつつ、その動きを確かめる。けれど、槍はあくまで槍で、それ以上の動きをすることはなかった。
「んーむ、まあ、普通の槍ねぇ。ちょい重いくらいかな」
 最後に振り払い、レイチェルは動きを止めた。額にはかすかに汗がにじんでいる。それを手の甲で拭い、
「エリアも試してみる?」
 わたしに槍を手渡してきた。
「あなた、何か武道みたいのやってるの?」
「昔、ちょっとだけね。基本的な動作しか知らないから、まじめに修練を積んだ人とやったらお話にならないくらい」
 その割に、型は綺麗だった。才能があったのかもしれない。
 一方、わたしはそういう武術的なものを習った経験はない。チューナーを振りまわす時だって、言ってしまえば適当の極み。ただ、荒事の経験も皆無ではないので、多少はそれっぽい動作もできる。
 とりあえず槍を構える。んで、突く。
 やはり重い。よくレイチェルはこんなものをぶんぶんと振り回せるわね……。
「何か感じる?」
「んー、別に?」
 そう、何も感じない。
 マナを使う時みたいな、自分にはない力が流れ込むような感じが、この槍からは感じられない。言ってしまえば、チューナーと同じ。ただの鉄の棒にしか見えない。
「やっぱり何か使い方があるんだ……」
 そして、それはマナが使える人間にはわからない。
「むぐぐ……!」
「ねえ、レイチェル。これが使えそうな知り合いっていないの?」
「いるわけないでしょ。ここはあたしの地元じゃないんだから。それよか、エリアにこそいないの? ここの出身なんでしょ」
「マナが使えず、こういう道具が使えそうな人、ね」
 真っ先にリュートの顔が思い浮かぶ。あの剣も使いこなしていたみたいだし、マナは使えないらしいし、それに、体も鍛えているみたいだから、これくらい重い槍でも平気だろう。
 けど、リュートはコウモリと呼ばれるのを嫌っていたように見えた。ううん、嫌っている。そう呼ばれたい人がいるはずがない。
 そうなると、リュートには頼めない。じゃあ他の人って、そもそもわたしには、マナが使えない知り合いはあんまりいない。下手な知り合いなら、いくらでもいるんだけど――。
 バサバサ。耳障りな音に、わたしは空を見上げた。
 大きな木。葉っぱの間から木漏れ日が降り注いでいる。その中に、何かがいる……?
「いっ!?」
 大きな翼。鋭いかぎ爪。そして、何故か、人の……、顔。
「ば、け……?」
 バサリ、と翼をはためかせ、わたしの前に鳥人が降り立つ。
 鳥人は顔を上げ、わたしの目を見つめた。
「あなたが、エリア・ダルクハルトですか?」



 
戻る