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それは、どこからどう見ても人間ではなかった。 腕から生える鳥の翼。人が持つはずもない、足のかぎ爪。 けど、胴体や顔は、人間のそれと差がないようにも見える。おっとりとした表情に害意はない。 わたしが真っ先に思い出したのは、森で出会った、あの化物。あれよりはよほど人間的な外見をしているけど、人ではない化物、という意味では同じことだ。 わたしがあの時のように恐怖感を覚えないのは、あの時の経験があるからであり、この子にわたしたちをどうこうしようという気配を感じないせいもあるだろう。 鳥人はじっとわたしの顔を見つめ、 「違いましたか?」 こくり、と首をかしげた。 「は? え、えっと、ごめん、何が?」 「ですから、あなたがエリア・ダルクハルトですか?」 「あ、う、ん?」 「ちょ、ちょっとエリア」 ぐい、と引っ張られる。見れば、レイチェルも驚きの表情だった。 レイチェルはわたしの耳元に口を寄せ、 「あんた、こんな知り合いもいるわけ? てか、あの羽! どうなってんのよ!?」 「わ、わたしに聞かれても困るわよ……」 「あのー」 びくん、とわたしとレイチェル、双方が飛び跳ねる。 「エリア・ダルクハルトなのですよね?」 「そ、そうだけど、何? というか、あの、どちら様?」 「ミントです」 ミント、と名乗る鳥人はわたしの顔を見つめ、 「あなたが、エリア」 「あの、その前に、どこのどなた……? その羽、は?」 「羽は生まれつきですが」 「そ、そうなんだ。そういう人もいるのね?」 「人ではありませんよ?」 人間、じゃない? いや、見た目からしてそれはわかっているんだけど、それはそれで困る。なんというか、その、人間じゃない? それって、あの化物と、同じってこと――? 「あなた、たちって、何なの?」 「ウェアですが」 「……うぇあ?」 「はい、その通りです」 よく、わからない。ウェアと呼ばれる存在がみんなそうなのか、あるいはこの子がそうなのかわからないけど、言いたいことがハッキリしなくて要領を得ない。 「あの」 ウェアのミントは、じーっとわたしを見上げた。 「何の用でしたっけ」 「……はぁ?」 「私、わすれっぽくて」 そういう問題なんだろうか。 「えーっと、エリアに用事があったのは間違いないのですが。なんだったかご存知ですか?」 「知るわけないでしょ……」 「はて。何か、大切な用事だったような気がするのですが」 そう言われても、わたしには人外の知り合いはいない。 それにしても、うーん。敵意は感じない、というかとぼけた感じしかわかんないけど、悪い子には見えない。かといって、わたしは見たことも聞いたこともない存在。 正直、どうすればいいのかわからない。戸惑っていると、 「ねえ、あんた」 レイチェルが前に出た。ミントの視線がわたしからレイチェルに移る。 「ウェア、っていうの?」 「正確には鳥の長だけど」 「長。ってことは、あなたたちみたいな存在がたくさんいる、ってことよね?」 「ん」 こくり、とミントは頷く。レイチェルは、ふーむ、とうなり、 「ねえ、あなたの仲間、どこにいるの?」 「鳥なら山に」 「山……、ここからだと、セルベスト山とか?」 「名前……、えーっと」 たっぷり時間を使って考え込み、 「そうそう、ネルスガルス、でした。ネルスガルス山脈」 「ネルッ――!?」 ネルスガルス。帝都から南に数十キロの距離にある、険しい山脈のことだ。岩肌がむき出しで、地形も急峻。登山が趣味、という人でさえ、あの山には近づかない。 「あ、そ、そっか。翼があるから、山の険しさは関係ないんだ」 「うん。それが、何か?」 「あ、いや、その、あたしらって、あんたたちみたいな人は見たことがないからさ」 「それが普通のこと。知らなくてもいいこと。普通の人間は、私たちに関わる必要がありませんから」 「どういう、意味なのよ?」 「あなたたちは平和を得ました。幸せを手に入れやすい位置にいます。だから、それでいいと私は思うのです。私たちのことを知らないのは、それだけ世界が平和になったということ。誰かしらが犠牲にならなければいけなかった、それだけのことだと思うのです」 「それって……?」 「そういう話ではありませんでしたか?」 くい、と首をかしげる。全体的に、なんというか、おつむが弱そうな感じだ。 「あ、いや、その話もじっくり聞きたいところではあるけど」 「じっくり。しかし、私は話すのは苦手なのですが……」 「ミント!」 全員が木々の奥に目をこらす。ガサガサッ、と草木を揺らし、人影が現れた。 全身をくすんだ色合いの衣で覆い隠した人物。背丈はやけに大きく、リュートなんかよりもずっと大きいだろう。フードに隠されて顔は見えないけど、聞こえる声は随分と野太いものだ。 「ミント。こんなところで何をしている」 大きな体の割に音もなく近付き、ミントと居並ぶ。ミントはそのフードを見上げ、 「どなたですか?」 「ガルシアだバカッ! お前は仲間の顔もわからんのか!?」 「そうは言っても、顔が見えません」 「声でわかれ!!」 ああ。なんかよくわからないけど、苦労人の匂い。 などと考えていると、フードがわたしたちの方を向いた。 「人間、だな」 ざわり、と背筋が凍る。全身の毛が逆立つ。 わたしは思わず、お父さんの槍を強く握り直してしまった。それほどわかりやすく、明確な“害意”だった。目さえ見えない姿なのに、その存在が悪意を持っているとわかる。全身からこちらと敵対するという意思を感じる。 「見ての通り、我々はお前たちに堂々と姿を見せられるような存在ではないのでな」 「邪魔者は殺す、ってわけ?」 「不本意ではあるが、やむをえまい。ただの人間など、いくら殺したところで心も痛まぬ」 何かしらの武器に手をかける気配。わたしはごくりと唾を飲み、 「ガルシア。だめ」 一触即発の雰囲気に、ミントの呑気な声が重なった。 「何故だ」 ガルシアはわたしたちから視線をそらさぬままに問いかける。ミントは相変わらずの調子で、 「この人はエリア・ダルクハルト。殺してはいけない」 「……ちっ、こいつがそうなのか」 「な、何? あんたたち、どうしてわたしのことを知っているわけ!?」 ミントだけならば偶然とか、合理的ではないにしろ、なんとか説明できなくもなかった。けど、新手のこいつまで知っているとなると、話は違ってくる。 エリア・ダルクハルトという名前は、この連中にとって、重要な意味がある! 「ならば、連れだけでも殺そう。情報が漏れる可能性は低いに越したことはない」 「それも、だめ。あの人が悲しむ」 「だからどうした! いずれにせよ人間など殺してしまえばいいのだ!」 「それは、人という種そのものに対する否定?」 「ッ――!!」 思わず、わたしの手が震えた。 寒くもないのに、歯の根が合わない。怖い。どうしようもなく、どうにもならないほどに、怖い! この殺気はガルシアのものじゃない。あいつの殺気はずっと感じている。 新しい殺気は、その横手から感じるものだ。そう、すなわち、ミントから。 さっきまであんなにポーッとしていたはずのミントから、恐ろしいほどの殺意を感じる。次の瞬間、ううん、今こうしているのが、実は死んだ後の夢なのではないかと感じてしまうほどの。 こんなのは、初めて、感じた。 「う、ぐ……」 しかも、その殺気が向いているのはわたしたちに対してじゃない。ミントは確実に、仲間に向けて殺意を放っている。 わたしが感じているのはその余波だ。それだけなのに、こんなにも強い殺意だなんて!? 「もしもそうであるなら、いくらトカゲの長であるあなたといえど、容赦はしない。人の否定はあの人の否定。それは許さない」 「……すまん、悪かった。俺が間違っていた」 ガルシアが殺意を収めると、ミントも殺気を消した。息苦しかった空間に、音と温度が戻ってくる。 「ならいい。私もやり過ぎた。ごめん」 ぺこり、と無防備に頭を下げ、ミントはわたしたちに向き直る。 「迷惑をかけました、すみません。このお詫びはまたいずれ」 「な、んなの、あんたたち」 それは、当然の疑問。考えて口にした言葉ではなく、わたしの体が、自然をその言葉を発していた。 対するミントは、 「はい、ウェアですが」 「ウェア、って?」 「人と動物の交じりもの、です。そういうマナもあるのですよ」 「マ、ナ?」 じゃあ、ミントの翼やかぎ爪は、マナによって動物と交わることによって得たもの……? 「それ、じゃあ」 「その先は口にするな」 わたしの言葉をガルシアが止める。殺意ほどではないにせよ、険悪な空気を伴って。 「何を考えたか知らんが、現行の世代は第一世代とは世代交代している。俺もその組だ。その中には、自分たちという存在に誇りを持つ者もいる。お前たち人間と一緒にされたくはない」 行くぞ、とガルシアは木々の奥に消えていく。ミントは最後にぺこりと頭を下げると、ガルシアの後を追うように森の奥へ消えて行ってしまった。 |