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「レイチェル」 森の奥を見つめたまま、わたしは声を出す。自分の声が出てくるのが、なんだか不思議な気がしていた。 「何か、知っているのね?」 「何か、って?」 「ウェアのこと」 それはただの山勘、かまをかけただけだった。けれど、意外と素直にレイチェルは肯定してみせた。 「知ってる。ちゃんと会ったのは初めて、だけど」 「何なの? マナで人と動物が交じるなんて、わたしは聞いたこともない」 「昔のことよ。わたしは、それが必要なことだった、っていう風にしか聞いていない。 でも、わたしはそれを認めたくなかった。だから、ノルン・ダルクハルトに興味を持ったの」 「……お父さんに?」 「ノルンの作る武器は、人間の可能性よ。ああいう存在が生まれずともどうにかできるんじゃないかって思わせるような、希望。だからあたしはノルンの鍛冶に興味を持った」 希望、か。 お父さんの鍛冶について、わたしは本当に何も知らない。覚えているのは、小さい頃、こっそりと工房を覗いた時に見かけた、お父さんの真剣な表情だけ。 錬金に必要なものは、材料とチューナー、そしてイメージと聞く。きっとお父さんは、あの真剣な表情で、マナが使えない人たちのことを考えていたんだろう。 そうだ。あのお父さんが、たとえ錬金のことにしろ、そんなに難しい技術を持っていたなんて思えない。わたしの知るお父さんは、むしろどっか抜けていて、わたしやお母さんがいないと心配になっちゃうような人だった。 いつも前を見ていて、わたしに色々なことを教えてくれたのもお父さんだった。 もしかしたら、お父さんもウェアのことを知っていたのかもしれない。ううん、きっと知っていた。なんとなく、そんな気がする。 ウェアのことを知っていて、あるいは大昔に起きた何かしらについても知っていて、だからマナが使えない人にしか使えないような、汎用性を持たない道具を作ろうとしたんじゃなかろうか。 そう考えたら、お父さんのやろうとしたこと、少しだけわかる気がした。 きっとお父さんは――。 「ねえ、レイチェル。ちょっとだけ、協力して欲しい。というか、そんなことが本当にできるのかわかんないんだけど」 「何を?」 「錬金、よ」 お父さん。 あなたの娘がやることを、見ていてください。 鍛冶屋に工房は欠かせない。だから、今回は学校にある、錬金学習用の工房を使うことにした。 大昔の鍛冶みたいに、鉄を叩いて延ばす、なんてことはしない。それでも、材料を熱する必要はあった。 熱した材料をマナによって作り替える。それが、現代で言うところの『鍛冶』だ。チューナーは、言うなればマナと材料の仲介。調律師の名前の通り、マナの力を整え、細かく制御するために使う。 とまあ、通りいっぺんの知識はあるものの、わたしに錬金のマナは使うことができない。これは生まれつきの才能の問題らしいので、どうにもならない。 だから、錬金をするのはあくまでレイチェル。わたしは、ただイメージを貸すだけ。それができるのか確認したら、「エリアがチューナーで調整してくれるなら」とのことだった。 もちろん、自分でイメージするわけじゃないから、チューナーでの調整は難しくなるらしい。でも、今のわたしの中にあるイメージもあやふやなもので、言葉にできるものではない以上、レイチェルに伝えることも難しかった。 だから、ここはわたしの力でやらなきゃいけない。 「準備はいい?」 火の中の様子を見ていたレイチェルが問いかけてくる。わたしはぐっとお父さんのチューナーを握り、 「ん、いいよ」 答えた。 オッケー、と短く答えたレイチェルは、ふいごで風を送り込むのをやめ、大きな鉄バサミで中に入れた鉄の塊を取りだす。 赤く熱せられた鉄の塊が作業台の上に乗せられる。目の前にいると、さすがに暑い。とてつもない熱気だ。そういえば、お父さんの工房もいつも暑くて、お父さんはダラダラと汗を流していた。 わたしは熱くなった鉄をじっと見つめ、 「うん、いける」 根拠もなく、そう感じた。 すっと目を閉じる。真っ先に浮かんだのは、やっぱりリュートだった。続いて、ミントやガルシアの姿が浮かぶ。 リュートが剣を使っていた時、リュートは何を考えていたんだろう。何をしたかったんだろう。 きっと答えはそこにある。考えてみれば当たり前のことだ。道具は、使う人のことを考えて作るものなんだから。 ただ、マナが使える人間には、そうでない人の辛さや苦悩がわかりにくいだけで。 わたしにだってわかるはずもない。だけど、その一端はミントとガルシアが教えてくれた。 レイチェルと共にチューナーを握る。イメージはわたしが。チューナーの操作と錬金のマナはレイチェルが。 ふたりの、力で! 「それ!」 チューナーを振るう。考えていたわけじゃなかった。やり方も、詳しくは知らない。 見よう見まね。踊るように、舞うようにチューナーを振るう。 すると、鉄の塊に変化が起きた。まるでそれが生きているかのようにぐにゅりと曲がる。うねうね、と伸び、縮み、曲がり、また伸びる。 そうしてその形は、やがて、剣となって整っていく。 刀身が伸びきり、柄に差し込む部分が作られ、波紋が刃の上を泳ぐ。 舞い終えた頃、そこに転がっていたのは鉄の塊なんかじゃなくて、まっすぐな刀身を持つ剣だった。 そして、その刃の表面には、意味もわからない文様が。 「でき、たの?」 レイチェルは自分が作ったものを信じられないと言わんばかりに持ち上げる。その文様をじっと見つめ、 「でき、てるね。ただ、ノルンが作ったものと比べると、文様が浅くて単純だわ」 その違いはわたしの目から見てもはっきりとわかった。お父さんの槍は、全体的に絡みつくような複雑な文様が走っていたのに対し、わたしたちが作ったものは、いささか直線的だ。 つまるところ、お父さんのものに質では劣る。それでも、これは――。 「間違いない、これは、マナ人には使いこなせない道具」 レイチェルはわたしを見上げ、 「どういうイメージをしたの?」 「だから言葉で伝えるのは難しいんだってば。ただ、そうね、強いて言うなら……、お父さんは、自由にして欲しかったんだと思う」 「自由?」 「そう」 わたしはそこらに置いてあった丸椅子に座り込んだ。運動をしたわけでもないのに、全身が疲れていた。 「マナが使えるとか使えないとか、ウェアとか人とか。お父さんはそういうの、好きじゃなかったように思う。 ただ、みんながやりたいことをできるようになればいいって、そう考えていたんじゃないかな。そういう意味での自由」 「他人には侵されない権利、それが自由……」 「お。わかってんじゃない」 と、レイチェルは珍しく頬を染め、そっぽを向いた。 「あ、あたし、も……、昔、聞いたことがあるから。その、親戚のおじさんに」 「いいおじさんじゃない」 「まあ、嫌いじゃなかった、けど」 ふふ。可愛い。 全身を包む達成感。もっと練習をすれば、きっと完璧な文様の道具が作れることだろう。 今度、ミントに会う時は、そんな道具を贈れたらいい。 ウェアだって、人といがみ合うばかりじゃない。そういう気持ちに、なって欲しいと思うから。 |