「エリア。ひとつだけ言いたいことがある」
「おう、お姉さんになんでも相談しなさい?」
「相談じゃねえ。お前、俺の言ったこと覚えてっか?」
 とんとんとん、と木製のテーブルを指で叩きながら、リュートはなにやら不穏な目でわたしを見る。
 ここは例によってリュートのアパート。そこでリュートと向かいながら、わたしはダラダラとおしゃべりをしていた。
「あのな、俺は一応、世間様に顔向けできるような人間じゃないの。ここにも隠れ住んでるわけ。だからわざわざこんな不便なところにいるの。それ、わかってんのか?」
「まあまあ、お姉さんにも癒しは必要じゃん?」
「んだったらここ以外の場所で癒されろ。てか俺を癒し道具にすんな」
「そう厳しいこと言わないでよー。わたしだってさ、ほら、帝都に住んでいたのは昔のことで。大通りとか昔と印象が違っててどこに行けばいいやらさっぱりだし、昔馴染みの人らもどこに住んでいるかわかんないし。他に行くところ、あんましないの」
「嘘こけ。ドミノとかレリーズは昔の家にまだ住んでいるって聞いたぞ」
「そうなんだ」
「……ったく」
 バリバリ、と頭を引っ掻くリュート。わたしはテーブルにひじをつき、
「はげるわよ」
「はげるか! だいたいな、常識的に考えて女がこんなヤバい通りに来るってだけで問題だろうが」
「わたしの心配してくれるの? やーさしい、リュートって」
「そういう話じゃねー!」
 がたっ、と立ち上がり、リュートはわたしを見下ろす。
「言いたかないが、俺はコウモリだぞ。出入りするのはお互いのためになんねえ」
「その言い方、嫌いなんじゃないの?」
「そりゃそうだろ」
「なら、別の言い方を考えればいーじゃない」
「そういう問題じゃねーだろ」
 どっかと腰を下ろし、リュートはひざの上にひじを乗せる。
「問題はな、そういうことじゃねえ。蔑称がある、そういう考え方があるってことだ。
 俺たちはマナが使えなくても、多少の不便はあるにせよ、生活に困るってほどじゃない。俺たちが苦しんでいるのは、世間のそういう風潮だ」
「マナが使えないってだけで差別する、考え方……?」
「そういうことだ。実際、仕事なんかは使えないより使えるやつの方がやりやすいだろうよ。俺じゃ明かりもつけられねえ」
 リュートは部屋の隅に視線を送る。そこには明かり用のろうそくがあった。マナさえ使えれば、必要のないものだ。
「だがよ、それだけで人間性まで否定されるのは間違っている。少なくても、俺はそう考えている。
 マナが使えないのはハンデだ。しかもそれは、視力が弱いとか、足が遅いみたいな改善可能なもんじゃねえ。腕がないとか、耳が聞こえないとか、そういう先天的な『どうにもならない理由』みたいなもんだ。
 そう、どうにもならないんだよ。俺たちには」
 リュートは目を伏せた。言いたいことは、なんとなくわかった。
 コウモリは、ううん、マナが使えない人は、生まれながらに使えなかった人が多い。生まれた時点、自分の力ではどうにもできない時点で、その後の生活が決められてしまっているんだ。
 それは、苦しい。自分であがけるならまだ諦めもつくかもしれない。だけど、生まれながらにダメだった人は、どうすればいいと言うの?
「……そういえば、リュートの誕生日って来月よね」
「は?」
 リュートは目を丸くし、やがておだやかな笑みを浮かべる。
「そういや、そうだったな。ここ何年か、そんなことはすっかり忘れちまってた。というか、よく覚えていたな、お前」
「ちょうど、わたしと一ヶ月違いだったからね」
 そういえばそうだったな、と呟くリュートを眺めながら、わたしは思いつきを提案してみる。
「ね、誕生日のパーティーやろう。パーティー」
「あ?」
「あ、じゃなくて。誕生日パーティー。お祝いするのよ、リュートの誕生日を」
「嫌だよ。ガキじゃあるまいし」
「なによー、誕生日を祝うのはいくつになってもやることでしょ?」
「俺は忙しいの」
「今なんか暇そうじゃない」
「お前がいるからだろうがこのバカ!」
「まあまあ、素直になりなさいって。じゃ、そういうことで」
 ひょい、と腰をあげる。そろそろ帰る時間だ。
「おい、本当にやるのか?」
「知ってるでしょ? やるって言ったらやるよ、わたしは」
 ちょうどいい。誕生日っていうタイミングなら、あれを渡せる。
 レイチェルを手伝って作った、あれらの道具を。
「……パーティーって言っても、呼ぶやつなんかいねーぞ」
「そう? 本当はいるんじゃないの」
「誰が。どこに」
「ミント、とか」
 リュートの顔色が変わった。
「お前、その名前をどこで聞いた」
「そこにいるもん」
 バッ、と振り向く。そこに、窓枠につかまる、いつぞやの鳥人間の姿があった。
「おま、え……、だからここには来るなって言っただろうが!」
「そうでしたか?」
「ああああもう! なんで俺のまわりはこんなのばっかなんだ!」
「あんたの仁徳じゃない?」
 ひょい、と覗き込む。ミントはわたしの顔を見て、ぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです、エリア・ダルクハルト」
「こんばんは、ミント。わたしの顔は覚えてくれているんだ」
「もちろん。大切な方ですから」
 普通に会話をこなすわたしとミント、両方を見つめ、リュートは首を振る。
「あ、れ? なん、だ、お前ら、知り合い?」
「この間、帝都の外で会ったの。やっぱりリュートの知り合いなのね、この子」
「知り合いでした」
「でしたじゃねえ! というか、ああもう、ちくしょう! ミント! なんでエリアに接触してんだ!」
「あなたが言うエリア・ダルクハルトという人間に興味を持ちましたので。問題がありましたか?」
「大・問・題だ! バカ!」
「ちょっとリュート。そんなに怒らなくてもいいじゃない。わたしは怒ってないわよ」
「そういう問題じゃねええええ!!」
 ぜーぜーと肩で息をしたリュートは、ぴっと立ち直る。
「オーケー、状況を整理しよう。エリア、こいつらに関してはどこまで聞いた」
「人と獣の交じりもの、ってことだけ。ウェアっていうらしいわね」
「そこまでか……。いや、そこまででも相当にまずいんだけどよ……」
 リュートは頭を抱える。その態度を見るに、知られたくない交友関係だったらしい。まあ、人外の知り合いともなれば隠したくなる気持ちはわかるけど。でも、それはそれで差別なような。
「リュート。まだ全部を話していないのですか?」
「――話す必要、ねーだろ」
「それはいけません。少なくとも彼女には全てを話すべきだと思います」
 ミントはじっとリュートを見つめる。その顔は真剣、というわけでもないけど、普段のぽやっとした感じからすれば、十分にシリアスな印象を受けた。
 ちっ、とリュートは舌を鳴らす。
「あー、わかったわかった。説明してやるから、とにかく座れ。ミントもだ」
「ですがリュート、ここは座りにくいです」
「いいから座れ! ったく」
 リュートもまた腰を下ろす。仕方なしにその向かいにわたしが、わたしたちの隣にミントが翼をたたんだ。
「いいか、エリア。これからする話は他言無用だ。わかってるよな?」
「もちろん」
 うなずくわたしを見て、リュートはようよう話を始めた。



 
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