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それは、大昔の出来事、らしい。どのくらい昔なのか、ミントたちが話してくれないせいでよくはわからないそうだ。 とにかく、人がそんな事実があったということさえ忘れるほどの昔、世界は悪魔に満ちていたという。 悪魔っていうのは、わたしたちが森で出会った、あの化物のこと。正式な名前はない。悪魔、化物、鬼。どんな呼び方でもいい、大事なことは、連中の本質が『人間の敵である』こと。 それは、わたしも感じていた。恐ろしいほどの殺気。あれは、話し合いや平和的解決なんて望める相手じゃない。人類共通の、存在そのものが『敵』なんだ。 あいつらが厄介なことは、連中にはマナが通じないということ。そういえば、と思い出す。あの時、セロンのアクセルも、わたしのコピーも発動できなかった。どうやら、悪魔の体にはそういう効果があるらしい。 そうなると人間は弱い。今も昔も、人間が人間であるのは、マナが使えるからだ。マナが使えなければ、人間は空を飛ぶことも、素早く走ることも、力強い攻撃さえできなくなってしまう。 困り果てた当時の人間たちのリーダーは、ひとつの結論に達した。マナが使えないのであれば、マナを使ってから戦えばいい、と。 それがすなわち、融合のマナだった。 フュージョン。聞き慣れないマナだ。けど、その効果は今、目の前にある。 すなわち、フュージョンのマナは人間と動物を文字通り融合させる。ミントは鳥と、ガルシアとかいう子はトカゲと融合した交じりものの子孫らしい。 動物たちと融合した人は、動物の性質を受け継ぐ。つまり、普通の人間よりもずっと強力な体を手に入れることになる。その体だけで、悪魔と勝負をしようと考えたらしい。 問題は、誰が融合するか、ということ。もちろん、大抵の人は犠牲になんかなりたくない。悪魔と戦うのは怖いし、そもそも人間であることを捨てるのが怖い。 そこで選ばれたのが、当時から立場の弱かった人間――コウモリだった。 コウモリ自身にマナは使えない。けど、なぜだか融合のマナだけは使えた。理論的に詳しいことはわからないにせよ、その事実があったから、コウモリは犠牲になってしまった。 こうして、コウモリは融合を使い、悪魔と戦うことを義務付けられた。 結果的には功を奏した、と言えるだろう。なにせ、現代のこの世界に、悪魔の姿はほとんどない。それは、先人たちの努力のおかげだ。 ただ……、ウェアとなった人たちの姿も、現代には、ない。 ウェアたちの戦いの結果、悪魔たちは深い森や険しい山、枯れ果てた砂漠など、人間が住めないような場所に追いやられた。が、悪魔そのものがいなくなったわけじゃない。そこで人間たちはウェアにさらなる要求を出した。それは、悪魔が根絶されるまで、見張っていて欲しい、というもの。 決して快くとはいかなかっただろう。すったもんだはあったに違いない。けど、どのような過程があったにせよ、ウェアは最終的にそれを受け入れた。 人は悪魔たちが嫌うという海水の付近、つまり沿岸部に居住地を移し、ウェアたちは人が住めないような土地に、その体を使って住まいを作った。 それから、どれだけの時間が経過したのか。人間たちは悪魔の存在を忘れ、平和に生き始めた。 同時に、ウェアの存在もまた、歴史から抹消された。 時代は移ろい、現代。ウェアたちの中に、ひとつの流れが生まれた。特に、第一世代ではない、悪魔との戦闘経験も少ない連中の中に、自分たちだけがこれほど虐げられる理由はない、という機運だ。 それは当然のことかもしれない。ウェアだって好きでああなったわけじゃない、人間のため、必要だからそうなったんだ。実際は違うかもしれないけど、ともかく、そういう自負を持つことで耐えられた。 なのに、今の人間はそのことを知らない。自分たちを守ってくれた存在がいることさえ気付いてもいない。それが、ウェアたちには我慢できなかった。 そこで、ウェアたちはお互いに連携を取り、反乱軍を作った。人間に反旗を翻す、そのために。 リュートは、そんな反乱軍の、中心にいるという。 反乱軍は獣、トカゲ、鳥などのウェアと、ごく少数のコウモリによって成り立っている。 ウェアたちは能力に優れる半面、今の人間たちの生活や、マナの力を知らない。 一方、コウモリたちはマナの力も人間の生活様式も知っているし、その弱点もわかる。何より大事なのは、コウモリならば虚無のマナが使えるということ。 また知らないマナだ。そう思ったけど、リュートは、わたしもそれを見たことがあるという。 リュートは自分の手の甲をかかげてみせた。そこに、輝くひとつの石。 それが、ゼロのマナだった。 ゼロのマナは、実は悪魔の体の欠片なのだという。悪魔のマナを封じる力は、その体から離れても有効だ。けど、すでに融合のマナを使っているウェアには、虚無のマナを使うことができなかったとか。 そこで、少数のコウモリが各部隊の協力者となり、反乱軍は軍としての構成を強めていった。 いまや反乱軍は人間に対抗しうるほどの戦力を揃え、準備も整いつつある。 リュートが帝都に来たのは、そんな反乱軍が作戦を実行する前の下調べだったらしい。だから、コウモリというだけではなく、必要以上に隠れ住んでいる。 長い話だった。話し終える頃には、とっぷりと暮れていた。 「じゃあ、リュートも反乱軍、なのね」 「ああ、そういうことだ」 それで、全て合点がいった。 リュートが持っていた、やけに強い力を発する剣。あれは反乱軍の持ち物なんだ。あんなものがひょいひょい世の中にあったら、それこそ革命でも起きてしまう。 ウェアの歴史。それは、そのままコウモリの差別の歴史にも繋がる。 コウモリ自身は、いつだって望んでいないのに、社会的な立場の弱さから色々なことを押しつけられて来た。これは、その最たるものなのだろう。 「じゃあ、ミントもマナが使えなかったのね」 「……そうだったかもしれません。大昔のことです」 ミントの、どこかとぼけたような態度からは、差別されていた頃の姿を想像することができない。それでも、苦しんだのだろう。わたしには想像できないほど。 「だから、まあ、エリア。お前は早めに帝都から出ていた方がいいぜ」 「なんで?」 「ここはじきに戦場になる、ってことだ」 リュートの目は真剣だった。怖いほど。 本気なのだろう。どれほどいるかもわからない、ウェアとわずかなコウモリだけで、本気で帝都を落とそうとしている。 帝都は国家の主要な都市。ここを落とせば、この国は陥落したも同然となる。 力で革命が成る、なんて思いたくはないけど、流れを変える一端にはなるかもしれない。ただ、 「それ、本当にやらなきゃ、だめなのかな」 「当たり前だ。俺たちはそのために我慢できないことを我慢してきた」 「でも、さ、たとえば帝都を落としても、全員がウェアの存在に協力的になるわけじゃない。ううん、敵対する人の方がずっとずっと多くなる。そうなった時、人間は総力でウェアを殺しに来るよ」 たぶん、コウモリも。 その言葉は、続けられなかった。 「んなこと、わかってるさ」 リュートの目に揺らぎはない。そんなことではくじけないほど、強い意志を持っているんだ。 「たとえば平和的に、ウェアとして人間に交渉を持ちかけてみたとしよう。その時、人間はどういう反応を示す? 異物に対する人間の反応ってのは、拒絶に決まってる。通り一遍な説明だけで俺たちを悪役に仕立てて、殲滅するに決まってる」 「でも、そうならないかもしれない」 「それはお前の言っていることでも同じことだ。可能性だけでいえばいくらでもある、ただ、俺は味方ができる限り傷つかない方法を選択したいだけなんだ」 ガシガシガシ、と頭を引っ掻き、 「あー、やっぱお前には話さない方がよかったかなぁ。失敗した」 「な、なによ、失礼ね。誰にも言わないわよ」 「そんだけじゃあダメなんだよ。俺はお前に邪魔されたくないし、そうでなくとも、お前を巻き込むようなことはしたくない」 「ちょっと、子供扱いしないでよね。邪魔なんかしないし、自分の行動は自分で決める!」 「そうやってムキになるとこがガキっぽいんだよ」 「あー! 言ったなぁ!?」 「言ったからなんだってんだ!」 「あの、お二人とも」 『何!』 わたしとリュートの声が重なる。ミントはそんなわたしたちをうろんな瞳で見つめ、 「お腹が空きました」 「……はぁ?」 きゅう、と鳴る腹の音。ミントからだった。 「何か食べるものはありませんか」 「あー……、ああ」 がくっ、とリュートから力が抜けた。それはわたしも同じ、さっきまでの感情の渦が嘘のように、全身が脱力していた。 「ったく、しゃーない、飯でも作るか。エリア、手伝え」 「えー? 夜食は太るんだよ」 「うっせえ」 場の空気が戻ったのを感じつつ、わたしは頭の隅で考えていた。 反乱軍、ということを。 |