日常は移ろう。
 普段は子供たちと遊び、たまにレイチェルに付き合って鍛冶屋の真似ごとをして、少しはリュートと会ったりもする。
 そんな、おだやかな日々。
 もちろん、頭の隅には反乱軍のことが常にあった。けど、わたしにはどうすることもできないし、リュートに話を聞く限りでは、そうすぐに動くわけでもないらしい。なんでも大きな問題があって、それを解決する方法が見つかるまでは、帝都襲撃も不可能なんだとか。
 少しだけ安心しつつ、それは問題の先送りだということも自覚しつつ。見なければいけないことから目をそらしながら、わたしはごく当たり前となった日々を過ごしていた。
 そんな頃――、子供たちと遊んでいたわたしのところに、クラウディア先生がやってきた。
「エリア、ちょっと」
「はい?」
 先生に呼び出され、わたしは子供たちの面倒をセロンに任せて、廊下に出た。
 マナの力によって風が循環している室内とは違い、廊下は少しばかり蒸した空気がわだかまっている。夏は徐々に近づいてきていた。
「あなたにも伝えておかないといけないことがあるの」
 そう言って、クラウディア先生はにこやかにほほ笑んだ。その顔は、どこか、いたずらをする前の子供を連想させる。
「セロンにはいいんですか?」
「彼にはあなたから伝えておいてちょうだい。子供は常に見張っていないと、何をしでかすかわからないものね」
 それは同感。わたしも、この短い期間だけでもどんだけ手を焼かされたことか。
「それでね、この学校に、なんと……!」
 そこで間をため、もったいぶる。ごくり、とつばを飲み下し、
「国王陛下がいらっしゃることになったのです!」
 ばばーん。効果音がどこかから聞こえてきたような、って気のせいか。
「国王? って王様?」
「その通りですよ、エリア」
 帝都は、一応は国家の首都だ。帝都、なんて名前なんだから、本当は皇帝がトップであるべきなんだろうけど、なぜだかここでは国王と呼んでいる。その違いは、わたしにはよくわからない。
 ともかく、国王といえばこの帝都で一番エラい人だ。それだけじゃない、所属で言えばうちの事務所があるあたりだって、わたしの実家がある場所だって国王陛下の支配下ってことになる。
 正真正銘、本物のVIPだ。そして、同時に――。
「……なんでそんなのが、わざわざこんな学校に?」
「失礼ですよ、エリア。あなたが思っている以上にこの学校には歴史があるのです」
「はあ、歴史があるのはいいですけど、だからってわざわざ王様が見に来るようなものがありますか?」
「国王陛下は近年、子供たちの教育にも力を入れておいでです。その一環として、歴史ある我が校にも視察をしたいとの申し出がありました」
 クラウディア先生は誇らしげに胸を張る。まあ、確かにこの国で一番のVIPが来るともなれば、自慢にはなるかもしれない。
 けど、そーなると、ううむ。
「なんかこう、面倒なことがたくさんあったりします……?」
 わたしが心配するのはそっちだった。VIPを迎えるともなれば、こっちも相応の準備が必要になったりする。まあ、彼女が家に来る前に部屋を片付ける男の子みたいなもんだけど、国王を迎える準備ともなると……。あー、想像したくない。
 けど、予想に反して、先生は首を横に振った。
「この学校の普段を視察したいとのことです。ですから、特別な準備は必要ありません。もっとも、警備の方々が先んじてチェックには来られるそうですが」
「あー、まあそれは当然ですね」
「その案内は先生方にしてもらいます。ですから、エリアには特別にしてもらうことはありません」
「あ、そーですか」
「ですからそこで露骨に嬉しそうな顔をしないように、エリア。あなたも、もう大人なのですから」
 そう言われてもねぇ。嬉しい時に嬉しい顔をするのは普通のことでしょうに。
「ただ、国王陛下が来られた際に、子供たちは警備の邪魔にはならないよう、今の間から注意しておいてくださいね」
「王様にちょっかい出すくらいはいいんですか?」
「それは子供のやることですから。どうしようもない場合は外出禁止などを出すかもしれませんが、今の間からそうすべきではないでしょう。何より、国王陛下が望む、子供たちの姿を見せるには……、あの子たちは不可欠でしょう」
「あー、まあ、そうですね」
 実際に王様が見に来るのは、この学校で学ぶ人たちのことだろう。これからの帝都を支える可能性を持つ人たちだ。
 けど、あの子たちには、あるいはそれ以上の可能性がある。まだ何も知らず、これから成長していくあの子たちは、あるいは無限と言ってもいい可能性がある。
 実際は天井なんてすぐそこにあるし、それは大人になれば誰でも気付くこと。だけど、それまでは、人はぐんぐんと成長する。天井までの高さは、背が伸びてみてからじゃなきゃわかんない。
 そういう意味で、王様が最も見るべきなのは、あるいはあれだけ幼い子供たちなのかもしれない。
「というわけで、エリア、その時にはよろしくお願いね」
「あーい、了解しましたー」
 王様の来訪、ね。
 まあ、一度はお目にかかりたいと思っていたところよ、うん。

 それから十日後。現国王、ギルフォード・フィル・フォルンハイムはやって来た。
 豪勢な車に乗ってやって来た王様は、前にどこかで見た姿そのままだった。
 大柄な肉体。王様という生活からすれば、明かりをつけることさえ自分でやらないだろうに、重厚な服から垣間見える手足は筋骨隆々という言葉がよく似合うほど鍛えられている。
 それだけ鍛えているせいだろうか、不思議なほどに護衛は少なかった。兵士が四人と、お付きのメイドが一人。たったそれだけのメンバーで来た時には、わたしも校長も目を丸くした。
 その顔を眺めながら、わたしは密かに思う。あれが、リュートの敵なんだ、と。
 反乱軍、その最終的な目標は、やはり国王たるギルフォード。王様を殺さなきゃ革命にはならないし、王が命令すれば、本物の軍隊が動いてしまう。それを回避するためにも、リュートたちが帝都を襲撃すれば、その時にはギルフォードも殺されることになる。
 あの、王様が。
 国王はつかつかと校長に歩み寄ると、意外なことに、普通に頭を下げた。
「お初にお目にかかる。私がギルフォード・フィル・フォルンハイムである。貴校の好意に感謝する」
「こちらこそ、国王陛下。お会いできて恐悦至極」
 よくできた淑女のように礼をするクラウディア校長を、わたしとセロンは少し離れたところから見ていた。近くには子供たちも待機させている。下手に王様の見えないところにいるよりは、みんなの目の届く範囲にいた方が捕まえやすいし。
「ねーねーエリアせんせー」
「んー、なーに?」
 子供たちの一人がわたしのすそを引っ張る。わたしは子供の背丈に合わせ、屈みこんだ。
「おうさまってなにするの?」
「んー、何するんだろうね」
「先輩、それはないでしょ……」
 ちらと見上げ、
「そんなことを言ってもねぇ。実際の政治は大臣とかがやるんだろうし、外交とかそんなにないだろうし。何の仕事をしてるのって聞かれるとわたしも答えらんないねぇ」
「そりゃ、えーと……、うーん?」
 セロンも首をかしげてしまう。まあ、それだけ王様の存在は影が薄いってことだ。
「まあ……、この国の象徴、みたいなものかしらね」
「しょーちょー?」
「この国といえばあの人、みたいな、顔役ってことよ」
「うー?」
 よくわからない、とばかりに子供たちは顔をしかめたり、首をひねったりしている。
 そう、あの人はただの象徴だ。実際に国家を動かすわけでも、国を守っているわけでもないだろう。だけど、あの人という存在こそがこの国であり、あの人の発言こそが国の方向を決めてしまう。
 コウモリの状況が一向に改善されないのもまた、あの人の意思だ。
 王様はクラウディア先生と二言、三言を交わし、こちらを見た。そして、ゆっくりとこちらにやって来る。
「わー、おうさまきたー!」
「おうさまー!」
「こ、こら、お前たち!」
 子供たちが騒ぎ始め、セロンが慌ててなだめる。そんな中を、国王は特に意識する風でもなく歩いてきた。
 そして、わたしの前に立つ。こうして眼前に立たれると、本当に大きい。威圧感がある。まるで大きな壁が立ちはだかっているかのようだ。
「お初にお目にかかる。ギルフォード・フィル・フォルンハイムだ」
「エリア・ダルクハルトと申します、国王陛下」
 名乗った時、国王の眉がぴくりと動いた。
「ダルクハルト――? まさか、ノルン・ダルクハルトの息女か?」
「ええ、その通りですが」
 なんだ、などと思う前に、ギルフォードは破顔した。
「懐かしい。私は、ノルンとは友人なのだ」
「……へ?」
 お父さんの、友達?



 
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