学校のいくらかを見て回り、お昼に休憩を取ることになった。
 その場所に呼ばれたのは、校長先生と、わたしだった。
 丸いテーブルを三人で囲む。部屋の外に護衛さんが、王様の後ろにはメイドさんが控えていた。
「こんなところでノルンの娘に会えるとは思わなんだよ」
 人前での姿と違い、少しばかり気楽な様子となったギルフォードは、ただガタイがいいだけの、普通の男の人だった。こんな豪華な服装だから王様に見えるのであって、鎧を着ていれば兵士にしか見えないだろうし、シャツ姿で工事現場なんかにいても似合いそうな感じがある。
「わたしも、お父さんが国王陛下とお知り合いだとは思いませんでした」
「気を使わないでいい。私も国王などとは呼ばれているが、そんなものが柄ではないことくらい把握している」
 確かに。
「エリア。顔を引き締めなさい」
 ……しまった、また顔に出たか。
 国王――ギルフォードさんは、表情を緩める。
「ふふ、ノルンにそっくりだ。すぐに顔に出てしまうところとか、な」
「むぐ……」
「だが、ああ、懐かしいな。まだ私もノルンも若かった頃だ。私も自分の役目に納得できていなくてな、よく城を抜け出しては、正しいこととは何かをずっと考えていた」
「正しいこと、ですか」
 そんなものを考えても無駄だと思うんだけど、王様くらいになると、そんなものも考えなきゃいけないのかもしれない。
 というか、それならコウモリが差別されるのは正しいんだろうか。聞いてみたかったけど、校長の手前、それはさすがに聞けなかった。
「ノルンは騒がしい男だった。それに、自分の感情に素直でもあったな。彼に出会えたことは、私の人生においてよい経験となった」
「ノルンとは、どのようなことをされたのですか?」
 校長が聞く。ギルフォードは懐かしむように虚空を見つめ、
「そうだな、最も面白かったのは、壁の外に出た時だ」
「帝都の外に?」
「うむ。私は立場上、壁の外に出ることが許されていなかった。それを、無理やりにでも出してくれたのがノルンだった」
「いいんですかぁ? そんなことをここで言って」
「構わんよ、重鎮どもはここにはおらんからな」
「陛下、あまりはっちゃけるのもいかがなものかと」
「……うるさいぞ、アリス」
 むう、とうなるギルフォード。その姿は、ごく普通のお父さんと同じだった。なんだか、王様という感じはしない。
 ごほん、と咳払いし、王様は改まる。
「ともかく、君の父上には世話になったのだ。ノルンは今……?」
「亡くなりました。もう何年も前です」
「む、そうであったか。葬式にも出れず、すまない」
「いえ、いいんです。そういうの、望んでなかったみたいだし」
 実際、お父さんはそういうのを望んでなかったように思う。悲しんで送られるよりは笑って送って欲しい、けど、死んだとなって笑える人はいないだろうから、って。晩年は、そんなようなことを言っていた。
 国王は流れを変えるように頭を振り、
「君は今、学校で?」
「いえ、わたしはなんでも屋で。学校で勤務しているのは、校長から依頼があったからなんです。――そういえば、わたしが代わったっていう先生は、まだ?」
「あら、言わなかったかしら? だいぶよくなってきたそうだから、来週にも退院なさる予定よ。もっとも、退院してすぐ仕事に復帰、というわけにはいかないけれど。リハビリもしばらくは必要だし」
「ほう。では、しばらくしたら、君は帝都を去ってしまうのか」
「……ええ、まあ」
 そういえば忘れていたけど、わたしはここに住んでいるわけじゃない。仕事で来ているだけだ。代理で先生のまねごとなんかしているけど、養護の先生が退院したら、わたしは元の仕事に戻ることになる。そうなると、帝都にいる必要もない。
 まっさきに浮かんだ顔を適当に振り払いつつ、わたしは国王を見る。
「……?」
 その目に、なんとも言えない色が浮かんでいるのを、わたしは見つけてしまった。それが何を意味するのか、わたしにはわからなかった。
「陛下。そろそろお時間です」
 後ろで控えるメイドが、国王に声をかけた。そうか、と国王もまた瞳に浮かんだ色を消す。
「エリア・ダルクハルト、だったな」
「はい、陛下」
「ギルフォードでいい。それよりも、困ったことがあれば王城を訪ねるといい。私が直接に会う暇はなかなか取れないかもしれんんが、力添えくらいはしよう」
「陛下」
「わかっている、アリス。だが、ノルンにはそれだけ世話になったのだ」
「……陛下がそうおっしゃるのであれば」
 アリスはポケットから小さな革細工を取りだした。そこから、一枚の紙片を取り出し、テーブルの上に置く。
「王城をお尋ねくださる場合は、こちらをどうぞ。一般の方が入っても問題ない場所に関しては、全てこちらの通行証で立ち入ることができますので」
「あ、ありがとうございます」
 ただの紙切れ、というわけではなさそうだった。少し硬質な紙には、王室の印が押され、ギルフォードのサインがなされている。正真正銘、本物の入城証だ。
「では、もう少し案内していただけるかな。クラウディア校長」
「はい、もちろんです、国王陛下」
 午後までわたしが王様に付き合うことはない。わたしは、ここで国王たちと別れることになった。
「ではな、エリア殿。また会える時を楽しみにしている」
 大きな背中を見送ったわたしは、手の中にある紙片に視線を落とす。
「ギルフォード・フィル・フォルンハイム」
 見た限り。そう、本当に表面的にではある、けど。
 なんか、悪人には見えなかったなぁ。

「そりゃそうだろ」
 その日の夜。リュートに会いに行ったわたしは、王様の印象を言った途端、あきれたように言われた。
「な、なんでよ。だってリュートたちの最終目標は王様なんでしょ?」
「そうだけどよ、別に俺たちは王様が憎いから革命しようってわけじゃない。現状の国王、ありゃ割と仕事やってるぜ? 子供たちの教育支援とかにゃ特に力を入れている」
「そ、そうなの? でも、それなら――」
 最後まで言わせず、リュートは首を横に振った。
「それとこれとは話が別だ。俺はあくまでウェアの側に立っている。だから、ウェアの存在を認めるわけにゃいかない今の王城をそのまま野放しにしておくわけにはいかないのさ」
「で、でも、王様は悪い人じゃないんでしょ? それなら、なんかこう、話をつける手段とかあるんじゃないの?」
「話してどうにかなるようならとっくの昔に時代は変わっているだろうさ。そういう問題じゃないんだよ、これは。
 王族や、政治に関わる連中は、過去のあやまちであるウェアの存在をおおやけにできない。けど、そのままじゃウェアの不満は解消できない。両立できない問題なんだ、これは」
 リュートの言いたいことは、わたしにだって理解できる。子供じゃないのだから、わがままだけで通るとも思わない。
 そういう意味では、リュートたちのやり方もひとつの手段だろう。言葉で認めさせることができない以上、ウェアの特徴でもある、力で認めさせるという手段は有効かもしれない。
 けど、その道を選べば、確実にウェアと人間の間には溝ができてしまう。それは、この後、何年、何十年と続きかねない溝になってしまう。
 わたしには、それが不満――より正確に言うのであれば、嫌だった。
 みんなが仲良しこよしがいい、とまでは言わないけど……。
「エリア」
 彼の声が、わたしを思考の海から現実に引き戻す。
「難しいことをしようとしているってのはわかってる。俺たちも色々と考えた。けど、結局はこの方法しかないんだ。ウェアの望みを満たすためにゃ、戦争しかない。本意とは不本意のレベルの話じゃない……、わかってくれ」
「わかってくれ、って言ってもねぇ。だいたい、わたしは別にリュートたちの協力者ってわけじゃないのよ?」
「んなこと、わかっているさ。けど、お前は知り過ぎてる。抵抗軍としての立場から言えば、お前は放っておけない存在になりつつあるんだ」
 言われて、気付いた。そういえば、わたしは抵抗軍に所属していないのに、抵抗軍の存在を知っている唯一の人間だ。それは、リュートたちのアキレス腱、ということ。
 もしもわたしが国王側にリュートたちの存在を話せば、抵抗軍は先手を取られ、おそらくは瓦解するだろう。
「お前をほっといてんのは、俺の昔馴染みだからっていう理由だけだ。軍の中には、お前をどうにかした方がいいっていう意見もある」
 ガルシア、とかいうフード姿のウェアが思い浮かんだ。彼は、どう見てもわたしに良い印象を持っていたようには思えない。
「じゃあ、なに、軍がわたしを誘拐したり、その、殺したりするってこと……?」
「んなことさせっか。けどまあ、そうした方がいいって考えているやつはいる、くらいのことは知っといてくれ。だから、あんまり変な動きもして欲しくないんだよ。そうでなくとも、王城側に俺たちの存在が知られるのは好ましくないわけだしな」
「……ん、わかった」
 戦争、ね。
 本当にそんなこと、起こるんだろうか。



 
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