「まさか、またお前と森に来ることになるたーな」
 広がる木々を眺め渡し、リュートはぽつりと呟いた。その横顔は、いつもより少し凛々しく見える……のは、気のせいだろうか。
 今日は、リュートの誕生日。ミントたちにお願いし、わたしも少し手伝って、すでに誕生会の準備は整っている。あれを見れば、さすがのリュートも驚くだろう。
「んじゃあ、行くか」
「ん」
 今日のリュートは少しだけおめかしをしていた。というかさせた。
 わたしも、いつもの作業着もどきの服装じゃない、街中を歩いていてもおかしくない格好をしている。もっとも、森の中に入らなきゃいけないから、そのあたりを考えるとあんまり動きにくい服装はできなかったけど。ハンドバッグなんて引っ張り出したのは、何年ぶりだろうか。
 リュートと二人、森の中に入る。ミントたちは森の入口付近にはあんまりこれない。ある程度のところまでは、わたしがリュートを案内することになっていた。
「なあ、エリア。お前、もうすぐ帝都を離れるんだよな」
「……ん、誰に聞いたの?」
「俺にも情報網ってのはあるんだよ。国王にも会ったんだってな」
「まあ、ね。そんなに悪い人には見えなかったよ」
「実際、悪人じゃないさ。俺たちのことを抜きにすりゃあ、あいつはまっとうな王様だろうよ。むしろ賢王っていってもいいかもしれん」
「それでも、リュートは倒したいんでしょ?」
「そうしなきゃどうにもならない連中もいるからな」
「んー……。そういう難しいことは、わたしにゃわかんないねぇ」
 実際。あの人が、殺されなきゃいけないほどの悪人には見えなかった。むしろ、わたしのことを心配しているあの様子や、アリスさんとのやり取りは、どこかほほえましいお父さんのような感じがした。
 もちろん、今ある差別が良いこと、とは思わない。リュートたちが差別されるのは、わたしだって嫌ではある。でも、それは別の問題じゃないか、とも思う。殺せば、革命すればいいって問題じゃないだろうし、王様ひとりでどうこうできる風潮でもないだろうし。なんというか、難しい問題って気がする。
 リュートは、色々と考えているんだろうな。わたしには、それがよくわからない。ただ、そういうのは――なんか違う。そんな気がする。
「って、今日はそんなの、どうでもいいの。いや、どうでもよくないけど、とりあえず忘れて忘れて。いったん頭をからっぽにして」
「お前じゃないから俺は無理だなぁ」
「ドタマかち割って欲しいわけ?」
 木々をかき分け、森の奥まで歩いて行く。
 最近になって気付いたけど、こういう、道のないように見える場所にもちゃんと道がある。それを教えてくれたのは、ウェアたちだった。
 奥に、奥にと進んでいくと――やがて、少しだけ開けた場所に出た。
 前に“悪魔”と戦った場所よりはだいぶ狭い。せいぜい数人が囲んで座れる程度の広さ。そこで、三人のウェアが待っていた。
 一人は半鳥人ウイングの長、ミント。一人は半竜人リザードの長、ガルシア。一人は半獣人ビーストの長、クロス。
「って、おいおい、なんだよ。それぞれのリーダーの集まりって、んな大げさな」
 わたしもミントに案内されて知ったけど、ウェアのそれぞれの派閥のリーダーらしい。ミントもあんな風だからぜんっぜんわかんなかったけど、あれでも一応、鳥型のウェアを率いる立場にあるとか。クロスやガルシア、という人たちのことはあまり知らないけど、やっぱりどっちも率いる立場にあるらしい。
 ガルシアは大きな体を持つトカゲ人。ギョロっとした目とか鱗が怖い感じを出しているけど、ウェアの中では若い方らしい。
 クロスはミントよりは若く、ガルシアよりは古い人なんだとか。狼とのハーフらしいけど、黒い毛並みといい真面目そうな感じといい、どっちかというと犬っぽい。なんでも、クロスはビーストのリーダーってだけじゃなくて、ウェア全体をまとめる立場にもあるんだとか。
 そして。全体をまとめる役割は――。
 わたしはちらりと横を見る。リュートは、いつだってわたしに全てを話そうとしてくれない。隠し事ばっかりだ。それは、少しだけ気に入らない。
 だから……、今日はわたしが今まで隠していたことで驚かしてやるんだから!
「お待ちしておりました。リュート」
「こっから先は、獣の領域だ」
「お守りします」
 それぞれの頭目がこうべを垂れる。その、光景。
「おい……、どうしたってんだよ、急に」
「急じゃないでしょ。もともと決まっていたことなんだから」
 リュートの視線がわたしに向く。わたしはそれを横目に見返し、
「リュートがあちこち声をかけて回ったんだってね。獣にも、鳥にも、トカゲにも。コウモリの大半もそう。要するに、リュートを中心にして今の集まりができた。
 反乱軍のリーダーは、リュートなのね」
「あー……、そういうことか」
 ぱりぱり、と頭を引っ掻き、リュートは明後日の方を見る。なんとなく、とてもいたたまれないというか、申し訳なさそうな感じ。
「いや、まあ、いつかは言わなきゃなーとか思いつつも、こう、お前を巻き込むのも忍びないし、ほら、機密事項だしさ」
「リーダーが普通に敵地のど真ん中に偵察に行くとかどういう神経してんのかしらね、本当に」
「俺の目で見たかったんだっての。それに、帝都の中に一番くわしいのも俺だったしな。だいたい、そうでなきゃお前とは再会できなかったんだぞ」
「ん、まあ、ね」
「リュート。痴話はその程度に」
 黒狼をにらみ、リュートはため息。
「そういう関係じゃないっての。ん、まあ、行くか。いつもんとこだろ?」
「いえ。少し場所が外れます。そこよりも東に、もっとよい場所がありまして」
「ん? そっちにゃちっちぇー盆地しかないだろ。そりゃ、隠れるにはちょうどいいかもしんねーが、利便性ってもんがだな……」
「きちんと考えていますよ」
「そういうこと。ま、行けばわかるわよ」
「……?」
 不思議そうな顔をするリュートは、ちょっと小気味よかった。

 リュートの言った通り、森の奥には、ウェアたちが拠点にしていた場所がある。わたしも初めて行った時には驚いたけど、これがなかなか凄い。
 どれも一見すると巨木に過ぎないけど、実は中がくりぬかれていたり、木の枝葉に隠れる場所に小屋みたいのがあって、ウェアたちはそこに住んでいるらしい。
 今は反乱軍のために少し人数が増えているらしいけど、それでも集落という感じは否めない。そのくらいの人数しかいない場所だった。粒ぞろいらしいけど、そんなのは見た感じじゃわかんないし。
 ともかく、そんな拠点から、さらに東に行ったところ。リュートは盆地と言ったけど、わたしからすれば、それは巨大な『穴』だった。
 直径にすれば一キロくらいはあるんじゃなかろうか。壁面はほぼ直角。深さは、やはり直径と同じくらいはありそうな空間。
 自然にできたらしいその場所は、隠れ家を作るには絶好の場所だった。
 ――そう、作るために、絶好なのだ。
「……んだこれ」
 『穴』の淵に立ち、リュートは目を点にしていた。
 わたしも見降ろす。
 そこにあるのは、城だった。本格的な城とは違う、質実剛健といった、まさに砦。なんでも、ウェアたちの拠点が軍になったことで手狭になったため、前々から建設していたそうだ。
 リュートに報告しなかったのは単にいたずら心らしいけど……、いたずら心でこんなだいそれたことやるんだから、ウェアの感覚はやっぱりちょっとずれてると思う。
 石壁で作られた砦は頑丈そう。中も見せてもらったけど、内装なんかは一切していない。軍のための場所っていうこともあるし、そもそもそこまで手が回らなかったというのもあるとか。
 砦の前には広場があり、そこに様々な種類のウェアたちが集まっていた。リュートはそれを見下ろし、
「……なんか、多くねーか」
「他の場所にいる者にも声をかけましたから」
 それを頼んだのはわたしだった。リュートの誕生日をお祝いしたいから、って。
 それで本当に集まるんだから、リュートにはなかなか人望があるんだろう。
「マジ、かよ……」
「ビビった?」
「いや、まあ、大丈夫だ」
「当然です。彼ら全員の命を背負うのはあなたなのですから、その自覚に押し潰されているようでは話になりません」
「クロスは厳しいですね」
「ミントが甘いんだろ」
「はいはい、おしゃべりもそこまで。皆が待っているんだから、下に降りましょ」
 ガルシアとクロスは何か言いたげにわたしを見て、従うように飛び降りた。――こんなとこから飛び降りれるのはあんたらだけだっての!
「ミント、お願い」
「はい、もちろんです。リュートも」
 バサリ、と羽ばたき、ミントはわたしとリュートの腕をつかむ。
 そのまま、わたしたちは巨穴の中に降りていった。



 
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