砦には、バルコニーのような場所がある。
 広場を見渡せる位置にあって、最初からそういう目的で作られたんだと思う。後ろにわたし、ミント、ガルシアが控え、その前にリュートが立ち……今、みんなから見える位置には、クロスが立っている。
「静かに」
 クロスの声はよく響いた。この穴全体に響き渡っているんじゃないかと錯覚するほどに。
「まだ会ったことのない者もいるだろう。今日、その目にしかと焼き付けるといい。我々に呼びかけ、獣を鳥を蜥蜴を蝙蝠を取りまとめ、ひとつの軍勢を作り上げた若き指導者だ」
 クロスが目配せする。リュートがガチガチになりながら前に出た。
「リュート・クリスティ。我々の主の名である。しかとその胸に刻みつけよ。彼の御旗の下、我々は人に抗し、人を打ち砕く! 我々を虐げた人間を破るのだ!」

 ――おおおおおおお!

 地鳴りのような声がクロスの演説に応じる。その姿を見て、わたしも初めて“軍”という存在を意識した。
「さて、本日は我々の砦の完成を祝うと共に、我らが主・リュートの誕生を祝う日でもある。まことにめでたい!
 今日ばかりは日ごろの訓練や辛さ、苦しみも忘れ、酒を飲み歌い楽しんでもらいたい!」

 ――おおおおおおおおおお!!

 さっきより大きな歓声。クロスが目配せして下がり、前にはリュートだけが残った。
 リュートは、ゆっくりとみんなを見渡した。それは余裕というよりも、そのおくらいの動きしかできなかったんだろうと推測できた。
「あー、みんな。俺がリュートだ」
 リュートはこういう場に慣れていないらしく、まだぎこちなかった。それでも言葉を出したことで少しだけ楽になったのか、続けてよどみなく言葉を吐き出す。
「俺は、難しいことを言うつもりは一切ないんだ。ただ、誰かこんなにも頑張った俺たちを、少しだけ人間という種族に認めさせたい。そのために、みんなの力を借りたいと思ってる。
 これから、傷つくことはいくらでもある。だけど、その中心にあるのはいつだって人の心なんだ。それを、それだけは、忘れないで欲しい。俺たちも人間たちも同じように想い、苦しんだりする。
 ま、本当は俺みたいなリーダーがそういうこと言っちゃいけないんだろうけどさ。言わせてくれよ、これだけは」
 しん、と静まり返る中、リュートの言葉は続く。
「俺たちは、人間から見れば秩序を乱す犯罪者だ。悪党だ。だけど、俺たちには俺たちの正義がある。それをみんな信じて欲しい。
 この問題に、どっちが悪いってのはないし、どっちが正しいってのもないはずだ。だからこそ、自分を信じろ。自分を信じ切れない奴は俺でもクロスでもいい、信じてやってくれ。俺は、お前たちを信じるぜ。
 最後に……、みんな。絶対に死ぬな。そして、みんな。絶対に、後悔するようなことはするな。やるなら、悔いのない道を選べ。誇れるなら、どんなことだって俺が許容してやる!」

 ――うおおおおおおおおおおおおお!!

 最大の叫びだった。思わず耳をふさぎたくなるほどの歓声の中、リュートはしっかりと頷いてみせた。
「みんな! 頼むぜ! 俺たちは仲間であり、家族なんだからな!」
 リュートの演説は、割れるような歓声にかき消された。

 演説が終わった後、本格的に誕生会をやるということで、砦の下の方にみんなは移動していった。
 準備とか移動とかの時間、リュートは別室で少し休むことになった。わたしはその付き添いで。ミントたちは準備の方に行ってしまったので、部屋の中にいるのはわたしとリュートだけだった。
「あー……」
 何もない部屋だった。ガラスさえない窓、簡単なベッドみたいなの。それ以外には本当に何もない。壁は積んだ石がむき出しで、天井もちょっと低い。どことなく、檻みたいだな、って思った。
 そんな部屋で、ベッドに座り込んだリュートは、物凄く疲れているように見えた。
 わたしはその隣に座り、顔を横に向ける。
「なに? やっぱああいうの、緊張した?」
 リュートは横目にちらりとわたしを見て、
「した」
「ふうん? でも、ノリノリだったじゃない。俺が許容してやる! って。カッコいいこと言っちゃってー」
「いや、そりゃその場の勢いってーか……、まあ、その、なんだ」
 ぽす、とリュートの頭がわたしの肩に乗った。
「ん、どうしたの。お姉さんに甘えたくなった?」
「――なった」
「……はひ?」
「初めて、自覚した」
 わたしの肩の上で、リュートは目を閉じていた。少し、震えているように見えた。
「あんな、いたんだな。あれだけの、命、俺が……、背負うんだ」
 ううん、本当に、震えている。
 怖いんだ。
 怖くないはずがない。これからリュートがやろうとしていること、それは、たくさんの人を傷つけることだ。それだけのことをしようとしていて、それを自覚して。怖くないはずがない。
 それでも、リュートはやめない。ううん、もう、やめられないんだと思う。
 人は、バカだ。
「あちこちさ、駆けずり回って……、いろんな奴に会って、話もした。頼んだし、やるならやろうぜって、声かけたさ。でもさ、その、あんなになって、たんだな」
「ん。責任じゅーだい、だね」
「ああ。マジで、責任重大だ」
 わたしは、そっとリュートを抱き締めた。ほのかに香る、男の人の匂い。
「……なあ、エリア」
「何かなー」
「俺、やらなきゃな」
「もち、でしょ」
「一人で、できっかな」
「どうだろうねぇ」
 わたしも目を閉じる。リュートを、感じる。
 喧騒が遠い。静かな時。
「エリア。支えてくれないか」
「身勝手な男ねぇ」
「割とマジだぞ」
「わかってる、子供じゃないんだから」
 内心の動揺はあまり感じない。いつか、こうなる気はしていた。それを悪いと思わない自分もいる。
 そういう、ものなんだろうな。
「リュート」
「おう」
「ちゃんと、目を見て言ってくれる?」
 目を開くと、いつの間にか膝に頭を載せていたリュートがいた。わたしを見上げている、その瞳にわたしが映っている。ガラにもなくドキドキしそうだった。
「エリア。好きだよ」
「ん、わたしもよ」
 ムード、というものはあまりない。こんな場所だし、そういうのは、わたしたちに似合わないとも思う。
 ただ、今だけは……。もう少しだけ、浸っていたい。
 リュートは、みんなのもの。だから、せめて今くらいは――独占していたいから。



 
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