書き上げた報告書を片手に、僕はとある教師の部屋を訪れた。
 この学校はマナの専門学校という名目だが、伝統のせいか、それなりの敷地はある。帝都でこれだけの敷地があれば十二分だろう。
 学校の敷地内には寮もあり、教員の部屋は狭いながらも個室を与えられている。僕が訪れたのも、そんな教師部屋のひとつ。
『どうぞ』
 入ると、中年の男性教師が待っていた。
「早かったね」
「仕事は早いもので」
 扉を閉めれば遮音性能はかなりのものだ。よほど大きな声を出さなければ、盗み聞きされる心配もない。とはいえ、僕の立場上、余計なことを言うつもりもない。個人的な感情もあって、書類を渡してさっさと帰りたかったが、指示を聞かないで勝手に行動するわけにもいかなかった。
「ふむ」
 男性教師は書類に目を通す。さっと内容を読み、
「ほう、エリアがね」
「先生」
 僕のとがめるような視線に気付いたのか、教師は書類から顔をあげる。ちらと僕を見返し、
「そう心配しなくてもいいだろう。壁に耳なんてありはしない。すでに調査済みなんだから」
「万が一、ということを考えてください」
「心配し過ぎなんだよ、君は」
 そのまま書類を読みふける男。僕は、こいつが好きじゃなかった。
 出世欲は人一倍のくせに能力は二流以下。他人を見下し、そのくせ自分では何ができるわけでもなく。こいつのせいで使い潰された優秀な部下も何人かいたと聞く。
 しかし、この任務には向いた外見をしていることも、また事実ではあった。見た目にはただのハゲた脂ギッシュな冴えないオヤジ。こんな人間が王側の人間であると見抜ける人物は、よほど先入観を持たない人間だけだろう。
「この報告書だと、エリアの周囲に目的の人物がいるということだが?」
「そうですね」
「なら、彼女の周囲を張ればいいだろう。遠からず発見できる」
「あまりお勧めできません。彼女の周囲にはすでに獣が張っています。その状況で尾行を行えば、相手の尾行に気取られる恐れがあります」
「それがどうした? 尾行が気付かれたところで、それが王城側の人間と特定はできない。接触してくればなお好都合、サンプルの少ない獣を捕獲するいいチャンスになりうるじゃないか」
 ……、これだから、この男は好きになれない。
「危険です。獣は単純な戦力としては人間を上回るポテンシャルがあります。街中ではマナも活用しきれない以上、そんなリスクの高い作戦を選ぶべきではありません」
「街中で自由に動けないのは獣も一緒じゃないか」
「獣は街を壊すことをためらわずに動けます。しかし、軍の人間はそうもいきません。獣の仕業と言い切るには限度があります」
 僕の反論を前に、この男は不満そうだった。いつだってそうだ、だが、僕が現時点で連絡を取れる王城側の人間が彼しかいない以上、この男に報告するしかないことも事実。
 ――まったく、アリス様は何を考えてこんな男を潜入させているんだ。
 こちらはこちらで不満が募るが、そうも言っていられない。仕事は仕事だ。
「ともかく、現状はそういうことです。僕はさらに調査を続けますので、報告の方、よろしくお願いします」
「ああ、やっておく」
 ふと、心の奥で疑いが沸いた。
 暴走、しないだろうか。
 この男のことだ。さすがに報告くらいはするだろうが、僕の調査結果を待たずに動くことはするかもしれない。念のため、僕の方からもアリス様に緊急連絡を通した方がいいだろうか?
 いや、さすがにそれは疑い過ぎか。いくらこの男でも、せっかくの潜入調査を潰す真似はするまい。
 僕の疑いも、要するにこいつが個人的に嫌いだというだけで、実際のところはただの偏見かもしれない。
「では、僕はこれで」
 少し、この男のことも警戒しておこう。警戒するに越したことはないはずだ。
 心の内側に留め、僕は教師に背を向けた。



 
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