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わたしにとって、お城というのは遠くから眺めるものだった。お城の近くは高級住宅街だし、わたしにとっては縁のない場所でもあった。 そんなわたしが、よりにもよって、王城のど真ん中に入ることになろうとは、夢にも思わなかった。 「少々、お待ちください」 何の連絡もなしに出向いたわたしなのに、王様に渡されたカードを見せた途端、衛兵らしき人は物凄い丁寧な態度でわたしを案内してくれた。いまさらながらにこのカードの効果を知る。 王城の応接室は綺麗で、しかも広い。ぶっちゃけうちの事務所くらいある。たぶん、これでも一番、小さな部屋なんだろうけど……。スペースの無駄使いだわ。ソファもやけに座り心地がいいし、テーブルなんかガラスじゃないのこれ? もったいない。 きょろきょろとおのぼりさんのごとく部屋を見渡していると、アリスさんが来てくれた。 「お待たせして申し訳ありません」 「いえ……、わたしが突然、押し掛けたわけですから」 王様専属のメイドさんは、丁寧に頭を下げた。ショートヘアがさらりと揺れる。 「その、国王陛下は?」 「現在は他国の王と会談中でございます。その後、会食のご予定ですので、今日のところは時間に余裕はありません。申し訳ありませんが……」 「あ、いえいえ、いいんです! というか、むしろアリスさんの方が」 「はい?」 わたしは、帝都で仕事はないか、とアリスさんに尋ねてみた。わたしが帝都に留まる理由を作るには、事務所に帝都での仕事を依頼してもらうしかない。その当てが、わたしにはアリスさんしか考えられなかった。 メイドさんはしばし考え込んだ後、 「でしたら、人探しなどいかがでしょうか」 「人、探し?」 「ええ。エリアさんはローレンクロイツという国家をご存知ですか?」 「えーと、北方にある、大きな国ですよね。流氷とかで有名な」 「はい、その通りです。そのローレンクロイツの国王陛下が人を探して欲しい、と我が国に連絡してきたのです」 「はぁ。犯罪者か何かですか?」 「いえ。ご息女です」 「ご息女……、娘さん?」 「ええ。ローレンクロイツ国王陛下には正室がいらっしゃるのですが、それとは別に、一般庶民の中にそういう関係の方がおりまして」 それってそんなに堂々と言っちゃっていいもんなのだろうか。要するに、愛人だろうに。 「その方との間にも子供が一人おります。行方不明になっているのはそちらです」 「はぁ、お盛んなことで。でもそれ、ローレンクロイツの方では探していないんですか?」 「ご存知の通り、各国とも国外への干渉力はさほど強くありませんので」 それはそうか、と納得した。どの国も、都市の外にはあまり手を出していない。その理由が、今のわたしには悪魔を怖がってのことだとわかる。 「その人が、帝都に来ているんですか?」 「それはわかりません。国外に出た、ということしか判明しておりませんので、あるいは他の国に向かっている可能性も十分にございます」 「じゃあ、見つからないかもしれないんですね」 「ええ。ちょうどいいでしょう?」 そう言って、アリスさんはにこりと微笑んだ。さすができるメイドは違う、わたしの望みをよーくよーくわかっている。 「事務所の方にはこちらから連絡しておきましょう。詳細はまた後日、ということで」 「あ、はい、ありがとうございます……。あの。わたしから頼んでおいてあれなんですけど、本当にいいんですか? うちなんかに頼んで」 「彼女が失踪するのは今回が初めてではありませんし、この国はローレンクロイツとも距離がありますから、そうそうこちらまではいらっしゃらないと思います。端的に申し上げれば、念のため、ということです」 要するに、やってもやんなくてもいい仕事だけど、やりたい人がいるならやらせてあげる――ってところね。 それなら、わたしにはちょうどいい。期間は決まっておらず、収入はそれなりで、しかも責任が薄い。わたしの『帝都に残りたい』というわがままを叶えるためにはパーフェクトな依頼とさえ言える。 「それで、どちらにご連絡さしあげればよろしいでしょうか?」 「一応は部屋を借りる予定なんで、そっちに……」 などなど、細かい話をして、わたしは王城を後にした。 「ようやるなぁ、お前は」 そしてわたしは、あきれ顔のリュートを見ることになるわけで。 「なによぉ、わたしが帝都から引き揚げた方がよかったってわけ?」 「そういうわけじゃないけどよー。行動が早いっつーか決断力がありすぎるっつーか」 「男は根性、女は度胸って言うでしょ?」 「俺はお前に根性でも勝てる気がしねーよ」 ごろん、と安アパートの床に寝転がったリュートは、天井を見上げながら言葉を続けた。 「だいたいだな、そういう厄介な話にあんまし首を突っ込まないほうがいいぜ? 王城が出す依頼なんてのはだいたいがろくなもんじゃないんだからな。ましてや、他国の王の子供を探せってんだろ? 権力争いとかに巻き込まれたらどうするんだ」 「あ、心配してくれんだ?」 「バカ、そんなんじゃねー」 「照れなくてもいいのにー」 わたしも同じように寝転がった。 低所得者の中でも、とりわけ後ろ暗いところがある人間ばかりが住むような場所。それだけに、やっぱり天井なんかはひどく汚い。今にも崩れそうな気になってくるから不思議だ。 「んで。詳細は聞いたのか」 「まだ。これから送ってくるって」 「ふうん……。所長は?」 「オッケーだってさ。ただし、『セロンはお前の道楽に付き合わせられない』って」 「そりゃそうだ。んな下らない案件に二人も三人も人数は割けないだろ」 「えー。下らなくはないよ。それに、王城からの依頼だからこっちも十分だし」 わたしは親指と人差し指で輪っかを作ってみせた。そりゃそうだ、とリュートも納得の表情を見せる。 「ま、あんまし厄介なところには首を突っ込むなよ」 「大丈夫よ。これでも多少の荒事には慣れてるし、ヴィンもどっかにいるんでしょ?」 「……まあな。確かにヴィンセントは慣れてるし強いが、だからってヤバいところに自分から首を突っ込まれちゃ、あいつも持たないぞ」 「まあまあ、そこのところは適度になんとかするってことで」 「頼むぜ、本当に」 じっ、と近くに転がるリュートの顔を見つめる。その視線に気付いたのか、彼もこちらに目を向けてきた。 「んだよ」 「んー、なんでも」 言いつつ、目は離さない。特に意味もなく、彼の顔を眺め続ける。 けっ、と吐き捨て、リュートは天井に目を向けた。 何もない、けれど、何かがある時間。 久しく忘れていた、こんな感覚。そういえば、昔はよく感じていたような気がする。仕事を初めてからは、そんなものを感じている暇はなかった。 なんでも屋、なんて聞こえはいいかもしれない。けど、実質は、本当になんでもやる仕事だ。けど、その大半は、人のやりたがらない仕事ってことになる。 色々な仕事を、毎日こなして。時間の過ぎるスピードは、学生時代よりはるかに早くなったように思う。そんな中で、わたしは色々なものを置き去りにしてしまったのかもしれない。 こういう、何もない時間。それがどれほど貴重だったのか、今となれば、よくわかる気がする。 「ねえ、リュート」 頬に触れる。暖かい感触。 「……ふふ」 「何を笑ってんだ、気持ち悪い」 「本当にそう思ってる?」 彼は答えなかった。 また少し笑い、顔を近づける。 「リュート……」 「……エリィ」 「あ。初めて呼んだね、エリィって」 「気恥ずかしいんだよ」 「ふふ。いいよ、もっとたくさん呼んで」 静かに、夜が更けていく。 |