「先輩、これはどこに置きますか?」
「ああ、それは隅っこに積んどいて」
 数日後。新居の決まったわたしは、セロンに引越しを手伝ってもらっていた。
 とは言っても、もともと帝都には仕事で来ていた。持ち物なんて箱で二つ、三つくらい。手伝うほどじゃないって言ったのに、セロンは『手伝わせてください!』と言ってきかなかった。優しい子だ。
「ふう。これでだいたい終わりね」
「そうですね」
 思った通り、あっさりと終わってしまった。モノが少ないというのもあるかもしれない。
「あー、これでオレも帝都から引き揚げかぁ……」
「寂しい?」
「寂しいというかなんというか、その、まあ」
「……ふふ」
 セロンも、普段は背伸びをしている。大人っぽくなろうと努力をしているのは、わたしも知っている。
 けど、今のセロンを見ていると、まだまだ子供だなって思う。もちろん、大人だって出て行くのは寂しいだろう。けど、そんなのは日常茶飯事で。いいかげん慣れてしまっている大人は、寂寥感よりも別の感情が先立つ。
 その点、セロンはまだまだ若いんだなって思う。
「先輩はもうしばらく帝都にいるんですよね?」
「ま、次の案件の目処がつくまではね」
「それってどのくらいですか?」
「さあ? 人探しは根気よくってのがお決まりだもの」
 実際、人が人の意思によって消えた場合、それを探すのは非常に困難だ。そんなものにいちいち付き合っていたら時間も人数も足りゃしないから、そういうのが得意な警備隊でさえやらない。そういうところにこそ、わたしたちみたいな存在が活きてくる。
「……ってことは、しばらく先輩は抜けちゃうわけですね」
「おうおう、どうした? お姉さんがいなくて不安?」
「そんなんじゃないですけど。やっぱ先輩の穴はでかいですし」
「お。女の子にセクハラぁ?」
「は? あ、そ、そういう意味じゃないですよ!」
 赤くなったり慌てたり。
 本当に、素直な子だ。
「そ、それにその、先輩がいると安心感が違うというか!」
「そりゃ年の功ってところよ。大丈夫、他のメンツも十分にベテランだから。てか、わたしより長い人も多いのよ?」
 調査ばかりの専門家とか、修理の担当とか。わたしはそれぞれについて回ったおかげで一通りを知っているけど、他の人たちは前歴がある人が多く、それぞれ得意分野を持っている。
 そういう意味で、荒事まで含めて対応できるわたしみたいな存在は、事務所にはあまりいない。セロンがわたしを継ぐ予定だっただけに、ここで離れるのは本当は良くないんだけど……。
 所長に連絡したら、『早めにケリをつけろ』と言われてしまった。たぶん、あの人はお見通しなんだろう。参った参った。
「そうでなく……、先輩が、特別なんですよ」
「――ふうん」
 ぽん、と頭に手を載せてやる。セロンは何事かとわたしを見上げつつも、反抗はしなかった。
「そうねぇ。セロン、そういう言葉は将来のために取っておきな」
「先輩……」
 静けさが落ちる。手持無沙汰に、わたしは部屋を見渡した。
 本当に、シンプルな部屋だ。ベッドと棚がひとつ、それだけ。それほどの広さもない。あくまで仮の宿だから、これでも十分すぎるくらいだ。
「さ、てと。セロン、お腹すいたでしょ? お昼には遅いけど、お礼に何か作ってあげるよ」
「え? あ、いや、いいですよ」
「若いもんが遠慮しない。何が好き? つっても、あんまり凝ったものは作れないけどね」
 台所に向かおう、としたところで、扉がノックされた。はい、と返事をしながら扉を開く。
「あれ?」
 そこに立っていたのは、見慣れたチューナー……、ではなく、それを抱えた女の子。
 レイチェルと、その脇にはレイチェルと一緒に帝都に来ていたラウル君の姿も見える。レイチェルとはたまに会っているけど、ラウルと会うのは久しぶりだった。
「やっほ。引越ししたってんで様子見に来た」
「そういうつもりはなかったんですけどね……」
「これは見つけたからついでに引っ張ってきただけ。迷惑だった?」
「ううん、そんなことないよ。それより、二人ともお昼は?」
 するとレイチェルとラウルは顔を見合わせ、
「あたしまだ」
「……なんで人の家に来るのに昼食を済ませてこないんですか?」
「思い立ったから。ラウルは?」
「昼食に行こうとしたところをレイチェルに引っ張られたんです!」
「というわけで二人ともまだ」
 くすっ、と思わず笑いが漏れる。
「じゃ、四人ぶんのお昼を作らないとね?」
「――すみません」
 ちょっぴり顔を赤くしているラウルは、少し可愛かった。

 四人で遅い食卓を囲む。一人で住む前提の部屋は、さすがに四人だとちょっと狭い。
「それで、レイチェルは最近、どんな感じ?」
「んー、まあまあ。だんだんとエリアの言いたいこともわかってきた気がする」
 でも、こういう時間、わたしは嫌いじゃない。狭くても、人と人のつながりがある。
「ラウル君は何かやりたいことを見つけたの?」
「それが、まだ。色々と試してみてはいるのですが、どうにもしっくりとこなくて」
「あんたは考えすぎなのよ。パーっと何かを極めてみりゃいいじゃない」
「レイチェルは考えなさすぎなんじゃない?」
「あ、何よそれ」
 こういう、平和な時間が貴重に感じられるようになったのは……、ウェアとの交流のせい、なんだろうか。
「そういえば。エリアは結婚しないの?」
「ぶッ!?」
 わたしとセロン、二人で噴き出した。
「な、なによいきなり!?」
「えー? だっていい男がいるんでしょ? エリアの歳ならもう結婚しておかしくないんじゃないの?」
「へえ。恋人がいたんですか。初耳です」
「ラウルも食い付かない!」
 じっ、と二人の視線がわたしに刺さる。うう、視線が痛い。
「あのね、だから、わたしとリュートはそこまでの関係じゃないというか、そういうのはまだまだ先の話なの。だいたい、わたしは言うほど歳じゃないわ!」
「リュート?」
「彼氏の名前。リュート・クリスティだっけ?」
「言わんでいい!」
「隠すことないじゃない」
 隠さなきゃまずいのだ。リュートは、あまり堂々とできる立場ではないんだから。
 ちら、とラウルを盗み見ると、あまり興味なさそうにしていた。それはそうかも、と思い直す。普通、そこまで親しくもない女性の交際関係なんて、興味はないはずだ。
「リュート・クリスティですか。今度、お会いしてみたいものですね」
 社交辞令だろう、一応はそう言ってくれるラウルは、やっぱりレイチェルよりも人間ができている気がする。
「で、エリアは次は何をするの?」
「人探し。そういえば、探す人の情報、まだもらってないのよね」
「何それ。それじゃあ探しようがないじゃん」
「もうすぐ送って来るって話だったけど……、セロン、郵便箱を見てきてくれる?」
「はいはい」
 外に出たセロンは、間もなく封筒を片手に戻ってきた。
「これですかね?」
「っぽいね」
 封筒の表面には王城の印。裏面には『Alice』のサイン。
 開いてみると、中にはいくつかの書類が入っていた。その最初の一枚は、行方不明者のプロフィール。
「……ん?」
 似顔絵のようなものはない。代わりに、名前が書いてある。
 その名前は――。
「レイチェル?」
「ん?」
 レイチェル・ライラック。
 どっかで聞いた名前だった。



 
戻る