「で。どおおおゆううううことかな?」
「あ、あはは……。エリア、顔が怖いよ?」
 今、わたしの前には正座しているレイチェル。被疑者の左右には逃げないようにラウルとセロンを配置済み。完璧な布陣である。
「レイチェル。あんた、失踪したわけね? 自分の家には黙って」
「や、だってさー、窮屈なのよ? 実際問題。確かにうちは直接の王族じゃないから王家とも関係はないわけだけど、じゃあ自由にしていいかっていうとそういうわけじゃなくてね? 特に国外に出るには手続きが面倒で面倒で」
「で、逃げだした、と」
「ま、まあそういう言い方もできるかなぁ……。やはは、参っちゃうね?」
「参るのはこっちじゃああああああああ!! あんたねえ、どんだけの人に迷惑かけてんのよ!? それ理解してるわけ!?」
「してるしてる。けどまあ、あたしがいなくなるなんて毎度のことだし、こっちの王族だって本当は探すつもりなかったはずだしね? 問題ないない、うん」
 うんうん、と首を縦に振るレイチェル。平静なように見えて、
「……。セロン、被告に反省の色は」
「ないですね」
「ラウル、この場合の適切な処置は」
「お城に彼女を引き渡すこと、ですね。後のことは城の方でなんとかすると思いますが……、まあ、強制送還になるでしょう」
「というわけなんだけど、レイチェル?」
「勘弁しない?」
 見れば、レイチェルの言葉は軽薄ながら、表情は割と真剣だった。
「真面目な話。あたし、まだこの国にいたいの。というか、錬金の勉強をしたいのよ。もう少し、もう少しで何かをつかめそうなの」
「そんなの、本国に帰ってからやればいいんじゃないの?」
「そういうわけにもいかない。あたしだってね、別に必要ないなら帝都くんだりまで来たりしないわよ。あたしの国は工房も少ないし、何よりあたしが自由に使える立場にない。その点、この国が理想なの」
「それなら正式な手段でここに来るべきでしょ? 留学なら受け入れてるはず」
「そんなの許されるようなら苦労しない。面倒な手続きってのはね、要するにあたしを外に出したくないから存在しているの。あの人にとっちゃ、あたしは籠の中にあるべき鳥なのよ」
「――ふうん」
 なんとなく、想像がついた。そういう人はどこにでもいる、ということか。
 子供は親の道具じゃない。親に見守られなければ育てないけど、親の所有物でもない。そうは思わない人も、中にはいるけど。
「ふうむ」
 問題はここからだ。
 レイチェルを引き渡すのは簡単。セロンやラウルにちょっと見てもらっている間にお城まで行ってくればいい。走るのはセロンに任せてもいい。
 あるいは、そうでなくとも、彼女の居場所を教えるだけでもいい。なんだかんだと言いつつも彼女はあくまで国外の人だ。この国に、そう多くの居場所はないはず。学校を押さえてしまえば、彼女に行く当てはほとんどなくなる。
 だけど、そうすると――わたしの帝都での仕事もなくなることになる。
「先輩?」
 沈黙したわたしを心配したのか、セロンが声をかけてきた。その声が若干の不安を含んでいる。
「まさか、本当にレイチェルを引き渡さないつもりですか? それは契約違反です」
「わかってる」
 それも問題のひとつ。わたしはメイドさんと、彼女を見つけたら引き渡す、という契約をしてしまっている。それを破ることは仕事上、できることじゃない。
 それに、庶子とはいえ他国の王の子供を隠すのは、場合によっては犯罪にもなりかねない。ギルフォードさんなら気にしない、かもしれないけど……。
「ったく、タイミングの悪い」
「んなもん、あたしは知らないわよ!」
「そりゃそうか」
 どうしようか、と頭の中をフル回転させる。渡すべきなのも、渡さなきゃいけないのも理解はしているけど、実行には移したくない。そんな感じ。
「そうね、じゃあ……、一週間。それでどう?」
「は?」
「だから、一週間だけ待ってあげる。それが過ぎたらわたしはあんたを城に引き渡す。それくらいなら遅延にもならないでしょ? 本人であるかどうかの確認が必要なんだからね」
「本人確認って、当人がそうだって言っているんだから、もう十分じゃないですか。そんな甘いこと――」
「レイチェルが名乗っている名前は自称。身分もそう。それが本当にそうであると証明できる手立てをわたしたちは持っていない。違う?」
 それは、と呟き、セロンは黙り込んでしまった。
 もちろん、これはただのへ理屈だ。実際問題、そうであるかもしれない彼女を城に連れていけば、それだけで本人かどうかは判明する。あるいは、メイドさんに来てもらってもいい。彼女ならば顔も知っているだろうし。
 けど、そうするわけにはいかない。それは、わたしの個人的な事情も含んでいる。
 一週間。それはレイチェルに対する期限であると同時、わたし自身に対する期限でもある。
 レイチェルはしんと静まり、床をにらんでいた。しばしの沈黙。ラウルは、何も言わなかった。
 やがて、顔をあげたレイチェルは、どこか決然とした雰囲気を漂わせていた。
「いいじゃん、それだけの時間で完成させろってことでしょ? やってやろうじゃないの!」
 ガバッ、と立ち上がったレイチェルは、さっそくラウルの腕をひっつかんだ。
「そうと決まればこうしちゃいられない、ラウル! 手伝って!」
「ちょ、どうして僕が……わっ!?」
 ラウルを引っ張り、レイチェルは嵐のように立ち去った。あっけにとられて反応できなかったセロンも、はっと我に返る。
「い、いいんですか、先輩? あんなの許して。もしかしたら、どっかに逃げだすかもしれませんよ」
「大丈夫。レイチェルはそういうことはしないよ」
「それは、友達だから信じてる、ってことですか?」
「それだけじゃなくて、人生経験のなせる業なのだよ」
「はあ」
 あの子は自分の運命から逃げたりはしないだろう。
 そういう、強い子だ。

 空が青い。雲の欠片さえ見当たらない、日当たりの良い日だった。
 いつも、わたしが外に出る時はひとりが多い。友達とは休みが合わない仕事だということもあるし、そもそもわたしの友達がさほど多くないということも関係しているかもしれない。
 そう、わたしはそれほど友達が多い方じゃない。特に、女子の友達は平均からするとずいぶんと少ないと思う。
 その原因は、わたしにあるだろう。わたしは基本的に、考えたことがポロッと出てしまう。思ったことを思ったままに言ってしまうこの性格は、良くも悪くも交友関係にヒビを入れがちだ。
 そんなわけで、オフのわたしの隣にこうして人がいるのも、実は久しぶりのことだった。
「どうした、エリィ」
「ん、なんでもない」
 横顔を見上げていたら、その顔がこちらに向いた。なんとはなしに気恥ずかしくて、視線をそらしてしまう。
 リュートと外に出るのは、本当は危険なことだった。生真面目なウェアがいたとすれば卒倒するだろう。残念ながら、わたしはまだそういうウェアに会ったことがないけど。
「目的地は?」
「どこでも」
「……普通の女がそれを言ったら、なんか面白いとこに連れてけ、って意味になるんだろうけどな。お前の場合、マジでそれだから、逆に困る」
「いいじゃん? めんどくさくないでしょ」
 リュートの手を握り、引っ張るように歩き始める。
「そりゃまあ、そうだけどよ」
 すると、リュートが足をはやめた。わたしより前に出て、さらに手を引っ張ろうとしてくる。
「お姉さんに対抗する気かな?」
 早足に。リュートもさらに足を早くしてくる。
 お互いに、もはや半ば駆けるようになっても、足は止めなかった。
 どこへともなく走って。
 走って。
 走って。
「いい度胸じゃない!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
 笑いながら、走る。
 そんなのが楽しかった。



 
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