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お互いの体力が尽きた頃、ちょうど川べりに出た。そこで、どちらからともなく足を止める。 「てめ、意地、張りやがって……」 「リュ、リュート、こそ……」 息を切らし、揃って座り込んだ。芝生が敷いてあって、公園のようになっている。よくよく見れば、ちらほらとカップルらしい姿があった。どうやらデートスポットらしい。 けど、その中で息を切らしながらにらみ合っているカップルは、他にいなかった。 「ったく……。はぁ、それにしても、こんなとこに川なんてあったんだね」 「子供の頃はこんなところにゃ用事がなかったからなぁ」 そういえば、と思い出す。学生時代、こんなところまで遊びに来ることはなかった。学校からは、もう随分と離れてしまっている。 それは、何もこの川に関してだけじゃない。子供の頃は世界がもっと広かった。学校から家までの距離でさえ長く感じたこともある。それが、今ではほんのちょっと、というイメージに変わってしまった。 体が大きくなったというのもある。時間の概念が変わったこともある。それだけ大人に近づいたということだろう。 「この川、なんていうの?」 「シルク川。不思議な川でよ、外壁の内側で地下から水流が表に出て、帝都を横切って、また外壁の手前で地下にもぐっちまうんだ」 「何それ? 帝都の中だけを通る川、ってこと?」 「ああ、そういうこと。一応、堀の水なんかはここから取水しているらしいが」 「ふうん……。聞いといてアレだけど、なんでそんなこと知ってんの?」 「外から部隊を入れられる場所がねーか、帝都中を調査しているからな。結論はノーだが」 「そりゃあねえ。あったら外壁の意味ないし?」 「まさにそうなんだよなぁ。だから手詰まりってわけなんだが」 ごろん、と寝転がるリュート。わたしも、真似するように隣に寝ころんだ。 「真似するなよ」 「いいじゃん? 別に、さ」 視線を前に向ける。空が見えた。 今日は雲ひとつない快晴だ。一色に染められた空が、どこまでも広がっている。 ボーッと過ごす、何もない時間。しかし、そこには確かに何かを感じられる。心地いい時間だった。 「おや」 ふっ、と顔に影が落ちた。視線を向けると、見知った顔があった。 「ん、ラウルじゃない」 「こんにちは。あなた方はこんなところでデートですか?」 「こんなとこって何よ。一応はデートスポットでしょ?」 「だからこそらしくないと言いますか」 「ぶっ飛ばすわよ。そっちこそ、こんなところに何の用事?」 「いえ……、別に。川が好きなだけです」 「爺臭い趣味ね……」 ラウルの視線がわたしの横に向く。 「そちらは?」 「よう」 むくり、と起き上がったリュート。立ち上がると、ラウルを見下ろす形になる。 「……?」 ふたりの視線が交錯した時、なんとなく変な空気を感じた。険悪というか、敵対的というか。それはほんの一瞬のことで――何かの気のせい、だろうか。 「ラウル・コミュールです。初めまして」 「……リュートだ」 ラウルが手を差し出す。リュートは一瞬の迷いを見せながらも、結局はその手を握った。 「エリアさんの恋人にお会いできるとは……、というか本当にいたのですね」 「あんた何気に失礼よね」 「いや、なかなかお前をわかってくれてる人だと思うぞ」 それはどういう意味なのか小一時間ほど問い詰めたい。 「リュートさん、ですか。お仕事は何を?」 「今日からムのつく自由業よ」 「――はあ、それはそれは」 「エリィ、お前も何気に失礼だぞ」 実際、リュートは無職なんだから仕方ない。それには背景があるとはいえ……。 「ですが、それじゃあ生活の方も大変なのでは?」 「ん、まあ高望みしなきゃあ最低限の生活できるくらいの収入はあるしな。それに、一つの場所に留まるってのは性に合わないんだ」 それは、マナが使えないから? 口に出かけた言葉は飲みこむ。事情を知らない人の前で言うことじゃないし、それ以上に、触れたい話じゃなかった。リュートはマナが使えない自分を受け入れているとはいえ、コンプレックスであることには違いないだろうから。 「そういうあんたは何してんだ?」 「僕ですか? 僕はまだ学生です。正確にいえば留学生、ということになるんでしょうか? 他国の身ですので」 「へえ、そうなのか?」 「……?」 なんとなしに、リュートの言葉に違和感を覚えた。それが何なのか、わたしにもよくはわからなかった。後で聞いてみようか。 「学生かあ、いいよなぁ。自分も昔は学生だったなんて信じられねーぜ」 「今もあんたは学生より自由な身分でしょうが」 「それは言わない約束だぜ」 「んな約束をした覚えはない!」 わたしたちを見ていたラウルは、くすっ、と笑う。 「なんだか、長年の連れって感じですね。羨ましいです」 「長年、長年ね。まあ昔の知り合いって意味じゃ間違いないけど……」 「ブランク、結構あるしな」 「いや、それって割と大事なことかもしれません。昔を知っている人ってとても貴重ですよ。ましてや子供の頃を知っている人がいるなんて、大人になるほど減っていくんじゃないですか?」 「そりゃまあ、そうね」 仕事を始めればそれぞれ時間もなくなる。わたしは特に、たまの休日だってかみ合うとは限らない。 知り合いに会う時間は減り、必然的に仲も疎遠になっていく。毎日、会うことはなく会話ができるマナでもあれば別だろうけど……、通信のマナは設備が大きすぎるし、高価だから個人がおいそれと持てないし。 結局、昔馴染みは疎遠になっていく。 「そういう意味じゃ、ラウルは今よね。レイチェルとか大切にしときなさいよ? なんでも言い合える友達って貴重だものね」 隣を見る。と、リュートもわたしを見ていたらしく、視線がぶつかった。 「まったく、仲の良い御夫婦で」 ラウルの呆れたような声。リュートは少しばかり顔を赤くし、 「うるせえ。それにまだ夫婦じゃない」 「まだ、ということは、予定でもあるんですか?」 「あ、それはわたしも聞いておきたいね」 ふたりぶんの視線に晒され、リュートは少しばかり慌てた。 「おいおい、揃ってなんだよ。だいたい結婚だのなんだの、まだ早いっての」 「おいくつか知りませんけど、それほどおかしな年齢ではないように思いますが」 「そうそう。時間は無限にはないんだからね〜?」 「う、うるせっての! んなことはわかってらぁ! 散れ、散れバカ!」 わたしたちを追い払うように手を振り、リュートは耳をかく。 「あー、まあ、今は忙しいからな。お互いに。もう少し暇ができてからだろ」 ――それは、革命が成った後、って言いたいのかな? 成功するかもわからない、実行するかもわからない計画。それでもリュートはやる気だろう。そのつもりなら……。 そのつもりなら。わたしは、どうするんだろう? 革命を起こすってことは、この帝都を襲うってことだ。帝都に住む人が死ぬかもしれないってことだ。そんなことに、わたしは力を貸せるのだろうか? リュートが望むなら、そうしてあげたい気もする。けど、ここにはリュート以外の大切なものもたくさん、ある。ギルフォードさんやアリスさんだってそんなに悪い人とは思えないし、何よりここは故郷だ。思い出だってたくさんある。 それを壊すことは、わたしにできるのだろうか。リュートには?」 「エリアさん?」 はっ、とラウルの声で現実に引き戻された。なんでもない、と手を振る。 そうだ。そのことも、いずれリュートとしっかり話さなければいけない。リュートだって力押しは望んでいないはず。人が死ぬような結末は、彼の願いではないだろう。 話さなきゃいけないこと、話したいこと。たくさんある。 「まあ、慌てず騒がず?」 「何がだよ」 「色々と、よ」 時間は無限にあるわけじゃない。けど、ほんのちょっとしかないわけでもない。 一緒に歩く時間。それは、今すぐに終わってしまうものじゃない。なら――今は、もう少しだけ。 こうして、寄り添っていたいから。 |