|
「じゃあ、僕はこれで」 ラウルは片手をあげた。 「もう行くの?」 「あまりデートの邪魔をして、後で恨まれても嫌ですから」 そう言って、ラウルは苦笑を浮かべた。ラウルらしい配慮ね。 それでは、と川上の方へ歩いて行くラウル。わたしは、リュートがその後ろ姿をじっと見ていることに気付いた。 「どうしたの?」 「いや……」 くるっ、と振り返ったリュートの目を見て、思わずどきりと心臓が跳ねる。 真剣な瞳だった。あまりにも真剣で、鋭くて――そして、なんというか、こう、認めるのは非常に悔しいけど……、カッコいい。 「な、何よ」 それを悟られるのもなんとなく悔しくて、思わずぶっきらぼうな声が出る。 「行くぜ」 「ちょっ!?」 ぎゅっ、と手を握られた。そのまま引っ張られる。 あまりにも強引で、力強くて。さっきの眼差しがちらつくのがウザい。 「リュート、どこ行くのよ!?」 「どこでもいいんだが……、そうだな、人がいないところがいい」 「ひ、人がいないとこって……」 それって、その、まさか、ね? 「だ、だってここは外よ? 人の目だってあるし、その、家まで我慢とかできないわけ?」 くるりと周囲を見渡す。デートスポットだけのことはあり、離れているとはいえ人の姿は絶え間ない。ここで、その……、そういうことをするのは、どうにも抵抗が。 「家は遠すぎるな。間に合わねえ。そこの建物のかげでいい」 「ちょっ……!」 強引なリュートに引きずられる格好で、わたしは建物の裏、人の目に見えないところに引きずり込まれる。 「騒ぐなよ」 「う、うん」 そ、そうか。うん、まあ、リュートも男の子だしね? それはそれで仕方ないよね? だったら、そう、わたしも覚悟を決めない、と。 「……バカ」 すっ、と腕を首筋に絡める。リュートの顔が近くなる。 「あ? どうしたエリィ」 「とぼける気?」 顔を近づける。そのまま唇を重ねた。 「ん……」 吐息が漏れる。なぜか、リュートは凄く焦ったように目を見張っていた。気にせず、わたしはそのままリュートを引き寄せる。リードされるのも悪くはないけど……、やられっぱなしは、性に合わない。 「リュートぉ、見せつけるために呼んだんか?」 「!?」 思わずリュートを突き飛ばす。振り返れば、そこに見知った獣顔があった。 「ヴィン……!? なんでここに!?」 「なんでって言われりゃあ、いつでもいるに決まってるな。お前の護衛なんだから」 「それはそれで色々と文句を言いたいけどそうでなく! なんで、こんなところで顔を出してんのよ!?」 「リュートに呼ばれたからだよ」 「は……?」 「そういうこった」 頭をさすりながらリュートが起き上がる。わたしをジトッと見つめ、 「何を勘違いしたか知らないけどな、俺はこいつに用があったから人のいないところに移動しようって言ったんだ」 「そ、それならそうと最初から……」 「堂々と言えるか。察しろ」 そんな無茶な、と言いたかったけど、リュートの言うことも間違いじゃない。反論も思いつかず、悔しい思いを腹にためこんでしまった。 「んで、何の用だ」 「さっきのガキ。誰かに追わせてくれ」 「了解」 現れた時と同様、一瞬にしてヴィンセントの姿が消える。わたしはリュートに向き直り、 「さっきのガキってラウルのこと? なんで尾行なんかさせるわけ?」 「怪しいからだ。正確に言えば、疑うだけの理屈があるから追わせる」 「だから、その理由を聞いてんのよ」 「逆に聞きたいんだが、お前とあいつってどのくらいの仲だ?」 「は? どのくらいって……」 思い返す。帝都に入る時に出会って、それから、学内で何度か顔を合わせたりはした。けどまあ、それほど親しいってわけでもない。 「まあ、普通の知り合いってくらい?」 「じゃあ、偶然か……。あいつな、俺と握手した時、マナを使おうとしやがった」 「――マナを?」 「ああ。虚無で相殺したから問題はねえ、と思う。どんな性質のマナを使おうとしたのか、ってことまでは俺にはわからないけどな」 「それ、間違いないの?」 「ああ。相殺したんだ、さすがにわかる」 リュートがわたしにそんな内容の嘘をつくはずもない。ということは、本当にラウルはリュートと握手した瞬間に何かのマナを使おうとしたんだろう。 でも、何のマナを? まさか、リュートを傷つけようとして? でも、こんな街のど真ん中で攻撃型のマナなんて使うだろうか。人の目もあるし、そんなことをすれば確実に警備がすっ飛んでくる。 「ねえ、そんなことをする人に心当たりはあるの?」 「いくらでも。だが、最高って言えば、王城サイドの人間だな」 「王城……、王様の側近ってわけ?」 「そこまでじゃないにしろ、そっちに通じている可能性は高い」 ラウルが、まさか? って、そうよ。それはありえない。 「でも、ラウルはわたしが帝都に戻ってきた時に、自分も外から来てたのよ? 王城側の人間だったら、それはおかしいんじゃないの?」 「そのくらいの工作はやるだろ。外から中には入れないように見張りもあるが、中から外に出るぶんには基本的にフリーだ。城の手助けもありゃ難しくはない。 そうやって外に出て、外の人間か何かと一緒に帝都に入る。そうすりゃあ、そいつは帝都の人間じゃないって周囲に印象づけられてスパイ活動がしやすくなるって寸法だ」 「そんな手の込んだこと……」 「スパイはやる。その程度のことは当たり前のようにな。そうやって捕まった仲間も何人かいる」 「そんな……」 わたしは、ラウルとそれほど仲がいいわけじゃない。別にラウルが善人だなんて言い切れる何かを知っているわけでもない。 それでも、こんな身近に、リュートの敵が潜んでいたっていうのは、意外だしショックだった。 「ん、まあ、気にすることじゃねえ。まだ決まったわけじゃないし、偶然かもしれないしな。ヴィンに尾行を頼んだのは、念のためってやつだ。俺の立場上、信じたくないからって理由で警戒を怠るわけにゃいかないんだよ」 「――それはわかるけどー」 理解はできるけど、納得はできない。そんな気分だった。 「まあまあ。と、ケチもついたし、帰るか?」 「んー、そうね」 このまま外にいても、なんかロクなことにならないような気もする。こういう日は素直に帰った方がいいだろうか。 「ねえ、このままリュートの家に行ってもいい?」 「俺の? いいけどよ、何もないぜ」 「いいの、別に。まだ時間も早いし、このまま帰るのもなーってだけだから。ケチついたぶん、仕切り直し?」 「……ま、お前がそれでいいならいいけどな」 リュートは苦笑を浮かべる。それがなんとなくおかしくて、変な気分もどこかに消えてなくなった。 「よし、じゃあ行くぞー!」 「あ、おい、引っ張るなよ」 「さっき、わたしの言ったことは守らなかったくせに」 「そりゃ緊急事態だったからで……!」 「じゃあわたしも、きんきゅーじたい」 「おいッ――!」 なんだろう。 なんとなく不安が胸をよぎるのは、なんでだろう。 それを打ち消したいという想いか。わたしはあのボロアパートに足を進める。 そこでなら晴れるような、そんな気がして。 |