リュートのボロアパートに入ってすぐ、彼は部屋中を見渡した。
「どうしたの?」
「いや……」
 リュートは部屋の奥まで行くと、なぜかハードケースの鞄を持ってきた。森に行く時に使っていた、あの特殊な剣の入った鞄だ。
 今日はあの時とは違い、リュートは帝都印の封に手をかけた。何をどうやったのやら、封が剥がれ、鞄が開く。
「ちょ、ちょっとリュート!?」
「尾行されてる。遅かったらしいな」
「尾行って、まさか、本当に?」
 それじゃ、ラウルが本当に軍に内通していて、リュートのことを通報したってわけ? それはそれで信じられないけど、それとは別に、リュートのやることも信じられない。
「だって、なにもいきなり武器を出さなくてもいいじゃない! 説明するなり、捕まりたくないならこっそり都市の外に出るなり、方法あるでしょ!?」
 リュートはわたしをちらりと見上げ、
「お前にゃ悪いが、コウモリってのはそういうもんじゃないんだ。言ってしまえば、俺らに人権なんて概念はない。逮捕されたら無罪でも有罪にされ、しかもその事実に関して誰も疑問を挟まないってのが基本だ」
「そんな……」
 それを冗談とか嘘とか反論できないわたしがいる。コウモリが差別されているというのは本当のことだ。
「なら、こっそり外に出れば」
「国外に出してもらえると思うか? 尾行までされているコウモリが。時間がねえ、早くしないと踏み込まれる」
 リュートは武器を背負い、手早く準備を終えると、わたしに長い鉄の棒を放り投げてきた。
 受け取る。わたしがいつも使っているチューナーより若干、重い。そして、ただの鉄の棒ではない証拠に、先端に鞘のようなカバーがつけられていた。
「こ、こんなの使えないって!」
「使ってもらわなきゃ困る。俺もできる限りカバーするけど、合流ポイントまで確実にお前を守ってやれる保証はできねーからな」
「合流、ポイント?」
「万が一の事態のため、俺は仲間と緊急時用の合流ポイントを決めてある。そこに、常に鳥系のウェアが待機してんだ」
「そう、なの?」
「ああ。行くぞ」
 いつになく強引に、リュートはわたしを連れて行こうとする。それでいいのだろうか、と頭の片隅で誰かが呟くのを聞きながら、それでもわたしの手を引くリュートを、拒むことはできなかった。
 玄関扉を開き、アパートの敷地を出る。その瞬間、いきなりリュートは背中の剣に手をかけた。
 わたしたちの前に、男の人が立っていた。どこにでもいそうな外見。目つきがやけに鋭く、背丈はリュートよりも大きい。
 男の人はわたしとリュートを等分に眺め、リュートに視線を合わせた。
「リュート・クリスティだな」
 その瞬間、男の人の頭が後ろにのけぞった。
「エリィ!」
 否応はなかった。リュートに手を引かれながら駆け出す。
「今のは!?」
「番犬!」
 軍!
 リュートの言っていることは半信半疑だった。でも、まさか本当に本当だなんて!
 引かれるまま、表通りに飛び出す。
「ちょっと! こっち来たら人が多いんじゃないの!?」
「その方が無茶はできねーだろ!」
 幸い、走るのに邪魔になるほどの人通りはない。確かに、ごちゃごちゃした裏通りのさらに奥よりは、こっちの方がマシかもしれない。
「とにかく何がなんでも外に出なきゃ話にならねえ。後のことは後で考えろ!」
「わかっ……って!?」
 足を止める。なぜ、などと聞くまでもない。
 路地から飛び出してきたのは何人もの男たち。こちらはさっきの人とは違い、全員が濃緑色の制服に身を包んでいる。
 ――軍隊。
「貴様を傷害罪で捕縛する!」
「うるせえ! 抹殺するの間違いだろ!?」
 リュートは剣を抜いた。わたしも得物を握り直す。
「かかれェ!!」
 隊長らしき人の号令の下、数人が一斉にかかってきた。それぞれの手には輝くマナが覗く。
「っせるか!!」
 リュートの剣が閃く。虚無ゼロのマナを使うことも忘れていない。わたしの中からマナが持つ特有の感覚が消え去ったのを確認しつつ、わたしもまた、マナが使えないことに戸惑う番犬を鉄棒で殴り倒した。
「どうするつもりよ!?」
「知るか! なるようにしかなんねえ!」
 こんな町中。いかにマナが使えない相手だろうとも、リュートとわたしだけでは分が悪い!
 頭の中では逃げ道を模索しつつ、けれど、妙案が思いつくことはない。
 とりあえず手近の相手を殴り――
「ッ!」
 損ねた!
 わたしの一撃を受け止めた番犬は、的確に攻撃を流し、わたしを引き寄せる。
「お前も逮捕だ!」
「くっ……!」
「テメエ!!」
 わたしの危機に気づき、切っ先を変える。その、一瞬の隙。
「リュートぉ!」
 番犬のひとりが二股の槍をふりかぶるのが見えていた。なのに、わたしは別の番犬に捕らえられ、カバーすることができない。
 やけにゆっくりと動く番犬。そして、
「いいいいやああああああああああああ!!」
 奇声が響く。それは、必殺の一撃を放つ前の準備!
「ガッ!?」
「うお!?」
 たてつづけに三人ばかりの番犬が吹き飛ばされ、ついでとばかり、隊長格も投げ飛ばされた番犬の下敷きになる。
「こういうことすんなっていつも言ってるだろ!」
「すまねえ、恩に着るぜ!」
「ヴィン!!」
 言っている間にも、ヴィンセントの剣が他の番犬を殴り倒している。よくよく見れば、彼の持っている剣は鞘に収められたままだった。
「ヴィン! 誰がいる!?」
「こっちにミントが来る! それまで耐えろ!」
 わらわら、とあちこちから番犬や警備らしい人間が集まってくる。それを片っ端からリュートたちが片付けていく。正直、わたしが足手まといになっているくらいだ。
 それならいっそ……。
「二人とも、先に!」
「バカ言うな! ここで見捨てりゃ同じことだ!」
「でも!」
「でもはねえ!!」
 幸い、今は番犬たちもマナが使えないせいで戸惑っている。ウェアの持つ力と、リュートの持つ特殊な剣の効果も相まって、むしろこっちが押しているくらいだ。
 残り数人――。
「しゃ、らくせええええええええええええええ!!」
 吠える。番犬たちの動きが刹那だけ止まり、その隙に五人ばかりが打ちのめされた。
 ヴィンの一撃に怯んだのか、応援に来た連中も、遠巻きに眺めるだけで突撃しなくなってきた。
 それはそれで好都合、時間さえ稼げれば、ミントが突入してきてくれるだろう。
「どうする?」
「下手に動かない方がいいかもな。合流するには、だが!」
 ヴィンの剣が閃く。ギン、と重い剣音が鳴り響いた。
「どっか行っちまうのかい? そぉんなぁ、寂しいこと言うなよな!」
 ギン、ギン! と重い音が連続で響く。
 ヴィンと切り結んでいるのは、濃緑色の制服に身を包んだ軍人だった。ただ、他の軍人とは明らかに動きが違う。なにせ、ヴィンと切り結んでいる!
「ちっ……」
 リュートの舌打ちが聞こえた。それはそうだ、これだけの剣舞、他の人が割り込むなんてとてもできやしない。
 マナは使えないままなのにッ!? なんて人間なの!
「ヴィン! ここは退ッ――!」
 パァン、と遠くで破裂するような音が聞こえた。
 どさり。
「……え?」
 リュートが、倒れた。



 
戻る