|
学校は、城壁からもさほど離れていない場所にある。管理官が言ったように、歩いてでも行けなくはない距離だ。ましてや車に乗れば、あっという間に到着してしまう。 「へー、ここが学校」 レイチェルは車から降りると、古めかしい校舎を見上げた。 わたしも同じように学校を見上げる。こうして見ると、とても懐かしい気持ちになる。車から見る限りでは変わったところもいくらかあるようだけど、ここは、わたしが知っている頃のままだった。 校舎の前に広がる園庭。休み時間なのか、学生らしき人の姿もちらほら見える。緑とレンガによって作られた園庭は、昔から人気があった。 わたしは懐かしの校舎から、今の状況に視線を戻す。 「レイチェルとラウルは入学するのよね?」 「そ!」 くるっと振り返ったレイチェルは、強気な笑顔でうなずく。 車の中で聞いた話では、彼女――レイチェル・ライラックと、弟かと思った少年――ラウル・コミュールは、血の繋がりは一切ないそうだ。 実際、よくよく見れば、レイチェルは常に引きしまった快活な顔をしているのに対し、ラウルはどこか丸みを帯びた、優しい感じを受ける。要するに、似ていない。 ただ、二人は同じように帝都の学校に行きたかったらしいので、同行することにしたのだとか。 「あたしはね、錬金を学びたいのよ。独学でもある程度はできたんだけど、やっぱり目標に到達するためには、他人から教えてもらった方が早いのよね」 「はー、なるほどね」 他人ができたことなら、できた人に聞いた方が早い。新しいことを始めるにしても、やっぱり基礎となるもの、土台があった方がやりやすいだろう。それを考えれば、レイチェルの言っていることは決して間違いじゃない。 「ラウル君は?」 「何がしたい、というのはありません。ただ、何ができるのかを学んでみたいのです」 ラウル君は、レイチェルとは正反対に落ちついている。この年頃ならもう少し騒がしいくらいがちょうどいいとは思うけど。 「ふうん。ま、どっちにせよ、入学手続きをしないとね。わたしらも校長先生に用があることだし、ついでに行こうか」 「その必要はありません」 校舎の方から、初老の女性が歩いてくる。わたしはその顔に見覚えがあった。 「あ、クラウディア先生」 「今はクラウディア校長ですよ、エリア・ダルクハルトさん」 初老の女性は和やかに笑い、わたしの顔をまじまじと見つめる。 「良い顔になりましたね、エリア。大人になりました」 「まだまだですよ、先生」 「ちょ、先輩、校長先生と知り合いなんですか?」 「んー、わたしが学校にいた頃にお世話になった先生。恩師、ってほどじゃないけど」 「あら、随分な物言いね? あなたほど世話の焼ける生徒も珍しかったですよ」 「うぐ……」 先生はにこにこと続ける。 「なにせ、『錬金』は使えない、と言っているのに、そんなはずはない、調べ直してくれって……。あの時の形相ったら、なかったわ」 「先生!」 「校長ですよ、エリア」 くっ……! これだから昔馴染みってのは! 見れば、セロンもラウルもくすくすと笑っている。レイチェルに至っては隠すことさえ考えていない。 「あははは、そりゃ見てみたかったね!」 「大きなお世話よ! そ、それより先生! わたしたちに依頼してきたんでしょ!?」 「ああ、そうでしたそうでした。それで、こちらの方々は入学希望者かしら?」 先生はレイチェルとラウルを見て言う。それぞれうなずくと、 「では、おふたりは職員室に……、ああ、ステラ先生」 先生は、たまたま通りがかったのであろう、ロングの女性教師を呼びとめた。 「ステラ先生、こちらの方々を職員室に案内してください。そちらで入学の手続きを。 エリアたちは、こちらに。わたくしが案内します」 「あ、じゃあここでお別れね」 レイチェルはぶんぶんと、ラウルは小さく手を振った。わたしとセロンもそれに振り返す。 「また会おうね! その時は少しくらいお礼してあげる!」 「はいはい、楽しみにしてるわよ」 レイチェルを見ていると、ついつい頬が緩む。セロンと似たような、若さや幼さに対する温かな気持ち。 「ふふ、元気なお友達ね。それでは、行きましょうか。エリア」 「あーはいはい」 ま、いつまでもほんわかしているわけにもいかない。 わたしは、ここに仕事をしに来たのだから。 「現在、子供を持つ生徒さんは三十人ほどいます」 廊下を進みながら、クラウディア先生は説明をする。 大きな窓からは日の光がふんだんに取り入れられ、照明を必要としない。ここ以外も、校舎の中はどこも日光を活用できるように設計されている。 「ここに預けられている子供たちは、常時、二十人ほど。本来は養護担当の方がいるのですが……」 「骨折したんでしたっけ」 「そう。今は入院しています。子供たちの世話は手の空いている先生が担当しているのですが、それでも限度があります。ですので、あなたたちにお願いしたのですよ」 二十人の子守、か。 「ハードねぇ、セロン、任せる」 「先輩も来たんだからやってください」 「わたしゃあんたの交代要員ってことで」 「エリア。あまり後輩を困らせてはいけませんよ」 「……うちの教育方針に口出ししないでくださいよ、クラウディア先生」 「校長と呼びなさい、エリア」 先生はわたしたちを大きめの教室にまで連れて行った。扉を開くまでもなく、教室の中からワーワーキャーキャーと騒がしい声が響いてくる。 「エリア」 教室の扉を開く前。先生は足を止め、振り向いた。 「この中にいる子供たちは、学童にさえ入れない、幼い子供たちばかりです」 「知ってますよ、それが何か?」 「子供たちにとって、あなたたちは大人です。物事を教える立場となります。 人に何かを教えるということは本当に難しい。だからこそ、教える側は慎重にならなければいけません」 「常に正しく、ってことですか?」 「いいえ。エリア、あなたには教えたはずですよ。人はそれぞれの正義を持ちます。常に正しくあろうとしても、それは違う誰かから見れば悪なのです。ですから、常に自分に誇れる人間でありなさい、と」 「はぁ……」 正直、先生が何を言いたいのか、わからなかった。隣のセロンも、わけがわからないという表情でわたしを見ている。 顔で察したのだろう、先生は嘆息し、 「エリア。それにセロン。あなたがたは、この子供たちに教える立場、先生となるのです。あなたたちが教えたことがこの子たちの常識になり、正義となるのです。だからこそ、あなたたちは、自分にも子供たちにも誇れるものを教えなさい。わたくしは、常にそうあろうと努めてきました」 「ん、まあ、悪い子にならないようにすればいいんですよね?」 「極論を言えば、そういうことです。ですが、何をもって悪いとするか、それはきちんと考えなければいけませんよ」 「あー、はいはい。わかりました」 「本当にわかっているのですか?」 苦笑交じり、クラウディア先生は教室の扉を開けた。 「あーこーちょーだー!」 「こーちょー!」 わっ、と先生を取り囲む子供たち。その大半は、本当に幼い子供ばかりだ。 「はあ、なるほどね」 子供たちを見ていると、先生の言いたかったこと、なんとなくわかる気がした。 セロンは、まだ大人とは言えないけれど、子供でもない。善し悪しを自分で判断できないにせよ、判断できるように学ばせるべき年頃だ。 でも、この子たちはもっと幼い。判断とかなんとか、そんな年頃でさえない。大人が言ったことが、この子たちの中ではそのまま真実になってしまう。 「こりゃ、責任重大だ」 いまさらながら、この仕事の大変さを思う。所長、随分と厄介な仕事をまわしてくれたもんね。 だけど、まあ。 「悪くはないけど」 クラウディア先生がわたしたちのことを子供たちに紹介している。遊び相手と理解した途端、子供たちが寄って来た。 「よーしよし、お姉さんが相手してあげよう!」 なんかこう、明日には筋肉痛になりそうな予感を抱えつつ。 今は、今できることをすればいいんだ。 |