「いやあ、疲れるわ」
 いや、ある意味で当然なのかもしれないけどね。若人に囲まれて過ごすのはお姉さんでもかなり厳しいものがある。
 なにせ、子供たちの数が半端じゃない。入れ替わり立ち替わり、常時二十人くらいの子供たちに囲まれての生活。しかも遊びに行くわけにもいかないので、無駄に暇で無駄に元気。
 そんな状態じゃ、いくらなんでも体力なんて持つわけない。……まだ歳って言うほどの歳じゃないのにぃ。
 今は子供たちもお昼寝時間。セロンに任せ、わたしは遅い昼食を取りに町に出ていた。学校の寮に臨時で住まわせてもらっているとはいえ、この時間じゃ食堂も稼働していない。
「変わらないわねぇ、ここも」
 表通りはさすがに変化の波には抗えていなかった。知らないお店や知らない建物も随分と増えていた。昔はそれほど走っていなかった車も、いまや道路の主流となっている。
 けど、裏通りはそうでもない。昔ながらの店も多く、知っている場所も何件かあったりする。ここだけは時間が止まってしまったかのようだった。
 学生時代は、こんなところに来るとわくわくした。友達と一緒に知らないお店を覗き、きゃーきゃーと、何が楽しいのかさえわからないままに笑っていた。そんな他愛のないことが楽しかった。
「みんな、どうしてるかねぇ……」
 卒業した後のことまではクラウディア先生も知らない。帝都に残った人もいるだろうし、別の都市に向かった人もいるだろう。むしょうに懐かしくて、少し会いたかった。
「あ、ここだここだ」
 わたしは古びたお店の前で足を止めた。
 そこは、学生時代によく通った店だった。安くて量が多い、それだけの店。元気なおばちゃんがやっていて、なんのかんのと騒いだ記憶がある。
 なじみの店は、今もちゃんと営業していた。
「こんにちはー」
「あいよー」
 カウンター席ばかり、十人も入れば満員になってしまう、決して広くはないお店。だけれども、何も変わっていないその光景は、わたしの中の郷愁を呼び醒ます。
「おんや、エリアかい。久しぶりだね」
「こんちは、おばちゃん」
 おばちゃんは昔よりも頭に白いものが交じっていた。けれども、元気が有り余っているような姿は何一つとして変わっていない。
「まったく、今日はやけに懐かしい顔ばっか見るね」
「え?」
 見れば、十個の椅子のうち、一つだけが埋まっていた。長めの髪を後ろで縛った男の人が、振り向く。
「ん?」
「あ」
 その顔も、わたしは知っていた。どこか人懐っこい、人を安心させるような甘さの残る顔立ち。
「リュート!」
「エリア……」
 学生時代の友達が、そこに座っていた。

「いやあ、懐かしいねぇ」
「そうだな……、もう何年になるか」
 久しぶりに会ったリュートは、昔よりもずっと引きしまっていた。手の甲や頬には、昔にはなかった傷跡がある。
 けど、安心させてくれる雰囲気も、ぶっきらぼうな口調も、変わってはいなかった。
「わたしが引っ越しちゃったから、離ればなれになっちゃったもんね」
「そりゃ親父さんの都合だろ? 仕方ねえ」
「そりゃそーなんだけどね」
 何年ぶりだろう、わたしが帝都を引っ越す直前までよく会っていた友人は、昔よりもずっと成長していた。それが見るだけでわかった。
「……」
「なにさ?」
「あ、いや」
 わたしの顔をまじまじと見つめ、リュートは少しだけ顔を赤くする。
「なんつーか、お前、少し変わったよな」
「そ?」
「ああ、なんていうか、大人になった」
「そりゃあ、こんだけ過ぎればねぇ」
 わたしも、事務所ではまだまだ子供のようなものだ。だけど、昔のままの、本当の意味での子供ってわけでもない。
 少しは成長する。誰だって、嫌だって。
「リュートはさ、今、なにしてるの?」
「ん、まあ、旅人みたいなもんかな。最近、帝都に来てさ。懐かしいからちょっと腰を落ち着けようと思って、部屋も借りたんだよ。エリアは?」
「わたしはなんでも屋ストライダー。わたしたちが通った学校があるでしょ? あそこで子守してる」
「ああ、学校か。懐かしいな」
「……?」
 一瞬だけ、リュートの顔が曇ったような気がした。
 次の瞬間には笑い顔に戻っていたから、深く追求はしないけど。
「そっか、旅人か。そりゃまた、いーい御身分ね」
「バカ言うなよ。定職に就けなかったからふらふらしているようなもんさ」
「でもさ、色々な国を見て回るって、楽しいでしょ」
「あー、まあ、な」
「いいなぁ、わたしだって国外旅行とかしてみたいよ」
「すりゃいいじゃんか。お前の仕事なら時間の制約とか、そんなにないだろ?」
「依頼がなきゃね。依頼があったらすぐに行かなきゃいけないから、結果的には待機していた方がいいのよ。というわけで、お休みはあんまりないの」
「はあ、そりゃ大変だな」
「そーよー、お姉さんの大変さがわかった? 自由人」
「俺の方が年上だ、バカ」
「たいして変わらないでしょ、バカ」
 ふと会話が途切れる。特に話す種がないわけでもない、けど、久しぶり過ぎて何を話せばいいのかも、いまいちわからない。
 微妙な空気。わたしはリュートを眺めることで、その合間を埋める。
「――ねえ、旅人ってみんな、そんな風に鍛えてるもんなの?」
「は?」
「だってさ、リュートって昔は線が細い方だったじゃん? なのに今はけっこーがっちりしているように見えるのよね」
 実際、リュートの体は引き締まっていた。それは過剰に鍛えて作り上げた『見せる筋肉』ではなく、実際に使うために、あるいは使っている間に培われた『使う筋肉』ということだ。
「あー、まあ、普通に街で生活するよりは体を鍛える必要があるな。ギャロップに乗っているだけでも割と体を使うだろ?」
「ん、まあね」
 ギャロップは乗り物の一種。じゃあ乗り心地も最高かと聞かれたら、んなわけない。
 ああいう動物は人が乗っていることを意識してくれるけど、それだけ。揺れることは避けられないし、スピードを出そうとすれば揺れは一層、ひどくなる。のんびりとギャロップの上で揺られているだけでも、かなり体力を消費する。
「それ以外にも、外れ者の対処とか、街に住んでいるだけじゃ会わないような危険な目にも遭うわけよ俺たちは」
「ならどっかに落ち着けばいいのに。帝都ならどんな人にだって仕事くらいあるでしょ?」
「ん、まあな」
 リュートが視線を外す。わたしはそれを不思議に思った。本当に、帝都には色々な仕事があって、それこそ怪我や病気の人でさえ仕事があるような場所だ。
 ましてや、これだけ良い体を持っているリュートが仕事ないなんてわけない。頭も、実は悪くない。才能はなかったけど。
「ま、俺も色々とあるわけよ。今の生活も気に入ってるしな」
「根なし草めー」
「大きなお世話だ! お前だって人のこと言えるような仕事じゃないだろうが!」
「根っこくらいはあるわ!」
「根っこしかないだろうが!」
「うるっさい! ちょっと気にしてること言うなー!」
 椅子に体を預ける。体の内側から元気がわき出てくる、そんな気がした。
「いやあ、やっぱ昔の友達と会うのも、たまにはいいねぇ」
「たまにかよ」
「たまに、でないと、懐かしい気分にはなれないでしょ」
 沈黙さえ心地いい。同じ空間を共有しているという感覚、それだけで体が満たされていく。
 何か特別なことをする必要なんてない。ただ一緒にいるだけで心地いい。
 それは、セロンや所長なんかと一緒の時には感じられないものだ。仕事仲間とでは感じることのできない、共有感。
 わたしが久しく感じていなかったもの。あるいは、わたしに一番、必要なもの。
「あ、そうだ」
 そこでリュートは、思い出したように鞄から紙切れを取り出す。
 ささっと書かれた文字を眺める。どうやら、帝都の住所らしかった。
「ここ、俺の住所。よかったらまた会おうぜ」
「ん。わたしは寮にいるから」
「そっか。じゃあ、ちょっと悪いけど」
 リュートは鞄を持つと、軽く手を上げてお店を出て行く。
 わたしは手の中に残った紙切れを、そして、その先にあるリュートの思い出を探る。
 甘いような酸っぱいような、古い思い出。



 
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