わたしが学校に通おうと思ったのは、父の仕事を継ぎたかったからだ。
 わたしの父親は、鍛冶屋メタルスミスだった。古典的な刀鍛冶は炎で鉄をあぶって鍛えたり形を整えたりし、水で冷やす。しかもそれを何度も繰り返すことによってようやく作れる。けど、最近はそんな手法は使わない。非効率的だし、体力も資源も使ってしまうから。
 普通、鍛冶といえば、『錬金アルケミー』のマナを使う。錬金、なんて大層な名前だけど、要するに金属の繋がりを変えてしまうマナだ。応用すれば建物なんかを作ることさえできてしまうほどに用途が広い。学校で学ぶマナとしては主流のものだった。
 わたしも期待を胸に学校に赴き、そして、そこで知ることになる。
 わたしには、錬金の才能はなかった。
 マナは使ってみるまで、使えるかどうかがわからない。だから、わたしも学校に行って初めて知った。
 父親が錬金使いだからといって、娘も錬金を使えるとは限らない。そんな基本的なことは知っていたけど、本当に使えないとは思わなかったから、さすがにかなりへこんだ。
 学校側は他のマナを学んでもいい、と言ってくれたけど、錬金以外に学びたいものも将来の夢とか希望もなくて、わたしは戸惑っていた。そんな頃に、わたしはあいつと出会った。
 わたしと同じ、才能を持たず弾かれた人間。
 ――リュート・クリスティに。
 リュートは不思議なやつだった。頭も悪くないし、運動だってそこそこできる。そして何より、そんな小さなことは気にならなくなるほど、人を惹きつける魅力というものを持っていた。
 リュートの周囲には常に誰かがいた。なんとなく、彼の近くにいると安心できるような気がした。マナの才能はあまりなかったようだけど、そんなことは関係ない、人間的なカリスマのようなものを持っていた。
 そんな中で、わたしは特にリュートと親しかった。お互いに才能がないと学校に断定された者として、一緒に遊んだり、愚痴ったりもした。
 少しずつ親しくなって、色々なことを知って。
 たとえばリュートは、嘘をつくと口の端がぴくぴくする。退屈になると指でテーブルを叩く。申し訳ないって思った時には眉根が寄るし、本気で怒った時には逆に静かになったりする。
 少しずつ知って、わたしのことも、少しずつ知ってもらって。
 あのままいけば、あるいは、わたしたちは恋仲となっていたのかもしれない。そういう空気はあった。
 わたしはリュートのことを気に入っていたし、リュートもわたしと過ごす時間を気に入ってくれていたように思う。
 ただ、わたしはその前に、引っ越すことになってしまった。学校を去り、帝都をも去った。
 リュートとは別れ、わたしは、それ以来、彼と会っていない。
 ここで再会できたのは奇跡みたいな確率。そう、奇跡、なんだね。

「どうしたんですか、先輩」
「ふぇ?」
 セロンの声に、ハッと気付く。わたしの周囲に子供たちが集まっており、不思議そうにわたしのことを見上げていた。
「ぼーっとしちゃって。何かありました?」
「あ、いやいや、なーんもないよ、なーんも。なははは」
「……怪しいですよ、先輩」
「まあまあ、気にしない気にしない。ほーら、ちみっこたち、お兄さんが遊んでくれるって!」
「なっ!?」
 わーきゃーと子供たちが一斉にセロンに群がる。生真面目なところがあるセロンは、素直に子供たちの相手をしてしまう。
 うん、合掌。
「それにしても、そーか、ううむ」
 ついついリュートとの思い出に浸ってしまった。
 リュートに感じていた、淡い恋心……、のようなもの。そこまで具体的な形さえなくて、ああ、この人はいいなって思う程度のもの。
 子供の頃の幼い感情の一端、今はそんなの関係ない。お互いそこそこ大人になって、ただ大人になるってことを夢想していた頃とは違う、現実を知った間柄だ。
 だから、まあ、恋愛とか、そーゆーことはないよね。ない。うん。
 でも、こう、ねえ。昔にいいなと思った、その延長線上に今のわたしとリュートがいるわけで、それはすなわち、今もいいなって思う可能性があることに違いはないのよね。だから、そーゆーことになるとは思わないけど、でも、そーゆー雰囲気になってしまうかもしれないような可能性は多分に存在する、と。
 そうなってしまった時。わたしは、どうするだろう。今のリュートは根なし草だし、わたしだってそんなに安定した生活をしているわけでもない。この仕事はむしろ時間的にも収入的にも不安定と呼べるようなもの。
 この状態で、うーん、わたしとリュートねぇ。そもそもわたしの気持ちはどうなんだろうか。好意を持っていることは否定しないけど、だからといって付き合うとか、そういうのはちょっと違うような気も。
「先輩! ちょっとは助けようとか考えてください!」
「おお。とうとうわたしの思考を読むまでになったか。いやあ、後輩の成長は嬉しいねえ」
「エリア先輩っ!」
「もう、やっかましい後輩だね」
 ふと、わたしは部屋の隅に目をやった。
 少し離れたところに女の子がいる。セロンに群がる無駄に元気のいい子供たちとは違い、どこか大人しい雰囲気がある。たぶん、ああやってセロンに群がりたいのに、それができない性格なんだろう。
「ほら、ちょいちょい、おいで」
 最初は自分のこととわからなかったのだろう、きょろきょろし、自分以外にはいないと気付き、とてとてと寄ってくる。
 ここに来ている子の中でも特に幼い子らしい。だから、余計に気後れするのだろう。
「ほーら、セロン兄ちゃんにとつげきー!」
「突っ!?」
 子供を持ち上げ、ひょいとセロンに向かって放り投げる。セロンは慌てて子供をキャッチ。
「いきなり何するんですか先輩!」
「ははは、まあいいやないの」
 女の子は目を丸くしていた。しかしやがて、笑顔を浮かべていく。
「ほらほら、セロンで好きに遊んでいいのよ?」
「オレで!?」
 うおわー、とセロンが子供たちの中に埋もれる。
 わたしは、改めて教室を見渡した。
 いくらかの遊び道具はある。本とか積み木とか。でも、そんなのじゃ、外を駆け回りたい年齢の子供たちには不足だろう。
「だから、まあ、セロン。あんた子供たちのストレス解消役になりなさい」
「オレのストレスは!?」
「仕事ってのはストレスがたまるもんなのよ」
 適当にあしらう。実際、セロンは子供たちとも真剣に向き合ってくれるから、子供たちもよく懐いていた。いつだって、子供は自分たちのことを見てくれる人の方が好きだ。
「いいねえ、平和で」
「オレはちっとも平和じゃないんですけど!?」
「自分が平和なら平和を感じられるのよ、人間って」
「とっても汚い!」
 大人は汚いものなのよ。
 さすがに子供の前でそこまでは言えない。
 そうして可愛い後輩を眺めていると、廊下の方をばたばたと駆ける音が聞こえてきた。廊下は走っちゃいけないってのに。
「エリア!」
 扉が蹴破られかねない勢いで開く。顔を覗かせたのは、わたしも知っている男性教師だった。
「エリア、通信室に」
「通信ん〜? 誰からですか」
「アルト・アージュという人だ」
 所長? 所長がなんでわざわざ。
 通信するほどの情報なんて、そうそうない。ましてわたしたちは、期限知れずの仕事をしている。事務所メンバーとしての数には入っていないはずだけど……。
「緊急だというから急いで連絡に来たんだ。お前も早く行け」
「はいはい。じゃ、セロン、ちょっとお願い」
 考えてもわからないことを考えても仕方ない。聞けばわかることだし。
 後のことはセロンに任せ、わたしは通信室に急ぐ。
 ――嫌な予感、びんびんだね。これは。



 
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