リュートの亡骸は、反乱軍の本拠地からほど近い墓苑に埋葬された。
 ここには、殉職した仲間たちが大勢いるという。リュートも、そこならば寂しくないだろう、と。
 埋葬を終え、ウェア流の葬儀を終えても、わたしの足は墓の前から動かなかった。
 小さく盛られた土。その上に突き刺さった杭。
 そこには、暖かさも優しさも感じられない。リュートが持っていた、あの包み込んでくれるような安心感も。
 ここには、もう、何もない。
「いつまで……、そこにいるつもりだ」
 そっと、わたしの隣に誰かが立った。寄り添うような立ち居振る舞いは、どこかリュートに似ていて。わたしは顔を上げる。
 わたしの隣に立つ黒い人狼もまた、リュートの墓石を眺めていた。
「リュートの死亡は事故のようなものだ。誰かの責任じゃない」
「でも、殺した人間がいる」
「結果的に死んでしまっただけのことだ。殺す意思はなかっただろう。捕まえた方が、より情報を得られる。ましてやリュートは、リーダーだったんだから」
 ――だった。
 過去を思い返すような言い草が、それが正しいのだとしても、わたしの胸に刺さる。
「私たちのような外れ者を集め、ひとつの組織にしてくれたのはリュートだった」
 その話は知っている。何をいまさら、という目で見るわたしに、クロスは構わず続けた。
「森に住まう私たち、山に住まう鳥たち、荒野に住まうトカゲたち。それぞれ、存在は知りつつも、会ったことはほとんどなかった。初めて私たちに会いに来たリュートは、本当におかしな奴だったよ。鳥に聞いたとは言ってたが、いきなり面識もない、化物然とした私たちに『仲間になってくれ』ときたもんだ。無条件で信用しろって言う方が無茶だった」
 前置きとか言葉の選択が苦手なリュートらしい。
「けど、鳥やトカゲもすでに賛同しているって知って、私も仲間たちも悩んだ。まあ、結局、軍として参加することにしたのだが。もちろん他の連中と同じで、有志だけと呼びかけたが……、結果的に獣はほとんどが賛同したな」
「やっぱり、森の悪魔が一番、多いから?」
 聞いた話。悪魔がどうして生まれるとか、そういう理屈はさっぱりわからないままだけど、その絶対数は、森が一番だったって聞いている。
「それも理由の一端にはある。けど、それ以上に、森は人里に近すぎたんだ」
 クロスは空を見上げた。わたしもつられて上を向く。木々の隙間から灰色の雲が覗いていた。雲海が重くのしかかってくるようだった。
「獣は人の、人としての生き方を知っていた。それが鳥やトカゲとの大きな違いだ。
 連中はあんな暮らしをしている、なのに自分たちは、化物の存在におびえて暮さなければいけない。
 これが差別でなければ何だ? どうして自分たちだけが不遇を感じなければならない。そんな気運が森全体に広がった頃に、リュートがやって来たんだよ」
 そして、反乱軍が作られた。
 人と獣の混成軍。共通することは、人に反抗する者であるというだけ。
 わたしの目から見ても、反乱軍は決して全員が仲良しというわけではないように思う。鳥と獣では考え方が違うし、トカゲと獣もまた違う。マナが使えないだけの普通の人間に至っては全然だ。
 それだけバラバラな考え方をまとめていたのは、リュートのカリスマ性だったのかもしれない。
 そう、もうひとつ共通なことがあったとすれば、それは――。
「みんな、リュートという人間が好きで、反乱軍になったのかもしれないね」
「……そうかもしれない」
 万人に好かれる人間なんていないと思う。
 けど、それでもリュートは好かれていた。反乱軍に参加した全員とは言わないけど、わたしが見る限り、みんなリュートを好いていた。
 彼が呼びかけたからみんなが集まれた。ひとつの力となって、今、人間に対抗しようとしている。ウェアの総力で。
「エリア。君は帰れ」
 ふと、わたしの思考が途切れた。思わずクロスを見上げる。
 彼の顔に、表情はなかった。
「リュートがいない以上、君がここに残る理由はない。これからウェアは全力で人と戦うことになるだろう。ある種の、いや、明確な戦争だ。その時、君がこちらの側にいてはいけない。もう戻れなくなる」
「そんなの、いまさら……」
「いまさら、何だ? 君は深く考えたのか? 人と敵対するということは、君の親しい人や友人、仲間も殺さねばならないということだぞ」
 咄嗟にセロンや所長、お母さんの顔が浮かぶ。
 クラウディア校長、シエラおばあちゃん、食堂のおばちゃんや学校の先生や子供たち……。
 あの全てを、敵にする?
「よくよく考えてみろ。君に親が殺せるのか? 旧知の仲間を傷つけられるのか? 君を信じた、無垢な人たちを裏切れるのか?」
「そ、れは……」
「君が我々の側につくとは、そういうことだ。あらゆる仲間、あらゆる友人、あらゆる人間を敵にまわすということだ。今までの過去、その全てを否定するということだ」
 ――クロスの言っていることは、間違っていない。
 もしもウェアが帝都に仕掛ければ、帝都にいる人に対して遠慮する余裕はない。非戦闘員である人を故意に傷つけようとはしないだろう。でも、何かの具合に殺してしまう可能性はある。立ちはだかったら、殺さなきゃいけない。
 お母さんは……、ひょうひょうとした人だし、あんまし気にしないかもしれない、けど。
 所長は、敵になるだろう。セロンは、どうするかな。
 校長には怒られるだろうな。おばあちゃんは呆れるかも。
 色々な人の、色々な顔が浮かぶ。きっと、そんな考えは、甘いんだろう。
 殺すか、殺されるか。
「帰れ。ミントに頼めば送ってくれるはずだ。今日だけは、いつも通りに」
 初めて理解した。わたしは、ここでは部外者なんだ。
 わたしは、ただリュートの恋人だったというだけの、ただの人間。マナも使えるわたしには、本当の意味でウェアの気持ちを理解することができない。
「……うん」
 反論することは、できなかった。

 帝都から少し離れたところでミントはわたしを降ろしてくれた。時刻はまだ明け方。遠く、明けの日が見える。
「ここでお別れですね」
「そうなる、のね」
 ミントの表情は相変わらず乏しくて、悲しんでいるのか何も感じていないのか、いまいち伝わってこなかった。
「ねえ。あの時、なんて言おうとしたの?」
「あの時?」
「彼が……、あの時」
 ミントはじっとわたしの顔を見つめ出した。その視線が耐えられず、思わず目線を下に向けてしまう。
「エリア」
「……何?」
「そんなことありましたっけ」
 ガクッ、と思わず脱力した。そうだ、この子はこういう子なんだ……。
「よくわかりませんが、難しいことばかりを考えても始まりません。結局、いつだって強いのは、頭のよい人間ではありません」
「はぁ、どういうこと?」
「何かを考えても答えなど出ないのです。答えなどないのですから。足し算には答えがあるでしょうが、この世の問題に解答など出せるはずもないのです」
「余計なこと考えるな、ってわけ?」
「少なくとも、クロスたちの考えることを真に受けてはいけません」
 真剣な表情にも、間抜けな表情にも見える。
 本音かどうかはわからない、なんて考えて――気付く。この子はいつだって本音なんだ。
 この子は考えていないんじゃない。考えないようにしているんだ。
「彼らの頭にあるのは、あなたのためではありません。特にクロスはそう。常に獣のことを考えています。それがゆえにこそ、彼はウェアの頭目にふさわしく、そして、あなたが人生を託す相手にはふさわしくないのです」
「ん、わかった。考えておく」
 バサリ、と翼を広げる。最後にミントは私の顔を見て、
「三日後のこの時間、もう一度だけここに来ます」
「え?」
 その時、初めて……、ミントの顔に表情が生まれた。
「これでお別れになってしまっては、二人も友人を失ってしまいます。それは寂しいですから」
 ふわりとミントの体が浮き上がる。自然、見上げる形になった。
「あなたが人の道を選ぼうとも獣の道を選ぼうとも構いません。それはいずれにせよ、あなたの選ぶ道です。ただ、その道が一緒になれればいいなという、小さな願望です。
 ……個人的には、あなたは人の道を選ぶべきと思いますが」
 それでは、と言い残し、ミントは日を背に森の方へと飛び去った。
「ずるいなぁ、それ」
 言葉は、たぶんミントには届いていない。



 
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