砦の中には食堂がある。さすがにウェア全員が入れる大きさはないが、それなりに広い。
 俺はそこの一隅を占めていた。テーブルの上には酒と、いくらかのツマミ。もっとも食べ物はほとんど減らず、酒ばかりを消費していた。
「ここ、いいか」
 そんな俺の前に立つ影。見上げれば、クロスが俺の向かいにいた。手に木のコップを持っている。
 俺が承諾するのを待たず、クロスは向かい側に座った。
「荒れているようだな」
「そうでもねえ」
「普段のお前からすれば考えられない酒量だと思うが」
 それは間違いない。俺は普段、さほど酒は飲まない。というか、トカゲに酒好きが少ない気がする。それが種族的な特徴なのか、単なる偶然なのか、俺は知らない。
 俺はコップの中身をあおり、
「お前ならなんかしらの理屈もこねてるんだろうな?」
「まあな。それだけが私の取り柄みたいなものだから」
「いいところじゃねーよ、そんなもん」
 はは、と笑い、クロスはコップをテーブルに置いた。中の紫色の液体が揺れる。
 クロスのこういうところは、数少ない友人にしか見せない。俺がクロスを知ったのはこの森に来てからだが、意外と気があった。それ以来、ふたりきりだと、こういう顔を見せるようになった。
 普段はこいつなりに気を張っているんだろう。似合わないことをする。
「やはり、気に入らないか。あの遺言は」
「そりゃ、まあそうだろうよ」
 リュートは後継者に、俺でもクロスでもミントでもない、あんな人間の女を選びやがった。
 俺は、あいつを認めていない。能力的には普通の人間。リュートのようなカリスマ性があるわけでもない。仮に、あの女が集合を呼び掛けたところで、ウェアが一堂に会することはなかっただろう。
 だから、気に食わない。あんな女がウェアの頭となる、その事実は。
「そんな細かいことを気にしても仕方ないだろう。もう決まったことだ」
「だけどよ……」
「お前が気に入らないのは、彼女が普通の人間だからか? それとも、単に女だからという理由か?」
「……」
 痛いところをついてくる。そう、確かに俺は、女が頭にいるというのは気に入らない。頭はオスであるべきだ。
「そうだな、くだらねえことだよ」
「下らないとは言わないさ。心が納得するかどうか、それは最も大事なことだと言っていいかもしれない」
「お前の口から心なんて言われると胡散臭くてしかたねえ」
「心外だな」
 クロスはコップを傾け、
「我々が戦うというのは、究極的にはそういう意味だ。森の生活では満足できない、人間の生活に憧れる、悪魔におびえない生活がしたい。そういう、当たり前の心理的欲求が原動力になっているのだからな」
「わかりにくい」
「要するに、心を納得させるために戦うということだ。森で、お前で言えば砂漠の生活でも不満はさほどないだろう?」
「……俺は不満だぜ」
 砂漠は生きるには辛い場所だ。水の在り処におびえることも、悪魔の存在におびえることもない場所。それは理想郷だ。
「私は不満ではないよ。だが、戦うのさ。より良い環境を求めて、ね」
「そのへん、獣とトカゲは考え方が違うな」
 トカゲは生活に不満を持っている奴もかなりいる。それでも戦う選択肢を取ったのは若い連中が中心だが、少なくとも、砂漠で生活しろと言われて、ハイそうですかと納得できるような奴はそう多くあるまい。
「私が言いたいことは、心の中にため込むな、ということだ。辛いことは吐き出せばいい」
「わかったような口、ききやがって……」
 コップの中身を見つめる。揺れる水面。そこに、ひとりの男の顔が浮かんで、沈んだ。
「ああ、わかったよ。もっとも、俺もそんなにぶちまけるほどの不満はねえんだ。なんとなく納得いかねえ、ってだけでな」
「それはそうだろう。突然あらわれた人間の女がトップと聞いて納得できるほどまとまった集団でもあるまい」
「はは、違いねえ」
 そうだな。俺たちは烏合の衆。それぞれが、それぞれの考えを持って集まっている。動機も違う中で生きている。そういうものなんだ。
「ま、やってやるさ。新しい頭領様のためによ」
 どっちにしろ、俺たちに選択の余地はもうほとんどないんだ。なら、やれるところまでやるしかない。
 それが、リュートの弔いにもなるだろう。
 俺の向かいで、クロスはかすかに笑っているように見えた。



 
戻る