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調査は慎重に行われた。 ウェアの中でも泳ぎが得意な者が選ばれる。まずは水深、それに水の温度。そして、川の勢い。 谷底にある川は、川辺というものがない。舟を下ろすのは少し上流から、あとは綱だけで行われた。失敗すれば誰かが命を落としかねない作業が続く。 川の表層部分を調査し終えたところで、とうとう地下水脈部分の調査が始まった。こちらは、より慎重に。何があるかわからないし、もしも逆流ができないということになれば、死はまぬがれない。 幸いだったのは、ここが半人の領域だったということ。どれだけ時間がかかろうとも、怪しむ人はいなかった。 じりじりと時間が過ぎる。十日も過ぎた頃、また会議が開かれた。 その席で、クロスが発言した。 「可能性は十分だ」 それが彼の出した結論だった。その結論に、みんなが沸き上がる。それを、指揮者がそうするように手で制し、 「昨夜の調査で、とうとう調査員が帝都まで繋がっていることを確認できた。場所は帝都のどまんなか、最高の立地だ。 川の流れはさほど急流というわけじゃない。水温は低め。地下道はそれなりの広さがあるが、鳥が飛んでいくには向かない大きさだな。いくつかの舟で流れに乗り、メンバーを運ぶことになるだろう」 「いけるのか?」 クロスは静かに頷いた。 「作戦はもう少し煮詰める必要があるが、この川は使える。舟を用意させ、船頭となる者はある程度の泳ぎをマスターしてもらわなければいけないな。トカゲは泳げない者の方が多かろう?」 「ああ。ましてや水が冷たいんじゃ俺たちにとっては致命傷になりかねない。そのことだけは留意しておいてくれ」 「危険や無茶は承知の上だ。だが、これが最も多くの兵士を無傷のままで帝都内部に送り込める方法だと思う」 「……人間は、この件に関しては気付いていないのでしょうか」 ぽつりと、ミントが言う。それに対してもクロスが、 「気付いた可能性は低い。もしも本当に川が外に繋がって、しかも我々のテリトリーにその入り口があると知っていれば、連中とて何らかの対策はするだろう。名目を置いて軍隊の詰め所を近くに設置してもいいし、そもそも帝都には入れないように埋めてしまえばいい。それをしていない、ということは……」 「考えてさえいない、ってわけだ」 好都合だ。その方が安全に軍を動かせる。 ――好都合、か。いつの間に、そんな風に考えるようになっちゃったのかな。 頭の片隅で、そんなことを思う。 わたしの意気など関係なしに、みんなは高揚しているように見えた。それもそのはず、ようやく見えた作戦のための光明だ。あとは、その場の努力次第で、長年の悲願が達せられる。 よくも悪くも、これで結論が出るだろう。全滅か、勝利か。ふたつにひとつ、いずれかの結論が。 「早急に準備をしてくれ。作戦決行は二十日後を想定する。いいか、今回の作戦は訓練じゃない、本物の戦争だ。みな、そのつもりで準備を進めてくれ」 『了解!』 綺麗に調和した声。反乱軍は、動きだす。 いよいよだった。 作戦の日程は決まり、実務的な準備に入る。そうなってしまうと、今度はわたしに仕事がなくなる。戦争、なんて、わたしにはわからないから。 ウェアの準備は手慣れたものだった。いつも悪魔と戦っていたからかもしれない。 わたしは自室にこもるしかない。何ができるわけでもない。 ふと思いついて、わたしはクローゼットから包みを取り出した。それをテーブルの上に置く。 包みを開く。リュートの剣だった。 リュートの持っていた剣はかなり大きく、重量もある。これはお父さんの作った品らしく、身体能力を爆発的に高める機構が織り込まれていると聞いた。リュートが悪魔と渡り合えるほどの動きを見せたのは、そのおかげだとか。 両方とも、ある種の武器だ。ひとつは平和な時に使うもの。ひとつは戦いの中で使うもの。 わたしは、チューナーを自ら捨てた。そして、剣を手に取った。 この選択が正しい自信はない。ううん、世間的に見れば、わたしは間違っているのだろう。それでもわたしは、この道以外を選ぶ気はしなかったんだ。 「入るよ」 相変わらず何の脈絡もなく、部屋の扉が開き、レイチェルが顔を覗かせた。今日は背中に自前のチューナーを背負っている。 「……だから、わたしの部屋を休憩室に使わないでって」 「まあまあ、そのあたりは置いといて。それはそれとして、今日は別件」 ぼふっと椅子に腰を落とし、 「エリア、あんたは武器とかいらないの?」 「へ?」 「だから、武器、よ。あんたも突入組に入るわけでしょ?」 まあ、そのつもりではある。わたしは頷いた。 「なら、武器がいるじゃない。別にリュートの剣でもいいけどさ」 ばっと手を広げ、 「どうせなら、もっと自分にあった武器の方がいいじゃない! だから、あたしが作ってあげるって言ってるの。あんたのためにさ」 「いいの?」 「良いも悪いもないでしょ。あんたは頭。実質的にクロスやガルシアが実権を持っていると言っても、正しく獣の頭はあんたなのよ。だから、あんたもそれなりの見栄えがある武器を持たなきゃ意味ないじゃない」 「……そういうものかな」 正直、自分の武器についてはあまり考えていなかった。どうせ、本物の軍人と戦うことになれば、わたしは役立たない。そのわたしが立派な武器を持っていたところで意味はないからだ。 わたしはただ、獣の長として、王に会いたいだけで。 「そういうもんなの。んで、どういう武器がお好み? 今ならたいていのもんは作れると思うわよ」 レイチェルはだいぶ成長したらしかった。もっとも、毎日まいにち、あれだけ大量の武器を作っていれば、嫌でも成長するかもしれない。 「それなら」 ひとつ、閃いたことがあった。それが実際にできるかわからなくて、レイチェルに相談してみる。 レイチェルは首をかしげ、続けて横に振った。 「いやいや、うん、なるほどね。理にかなっている。それに、あんたには最適な武器って言ってもいいかもしれない」 「うん、でも、材料を揃えられるかな」 「それなら大丈夫。砦の倉庫に、いくらか転がってるのを見たことあるから」 「わたしが言いだしておいてなんだけど、なんでそんなもんがあるわけ?」 「人間と獣は決して交わるものじゃないけど、関係がないわけじゃない、ってことよ」 まあ、わたしたちみたいに森に入る人もいないわけじゃないだろうし。そういうものなのかもしれない。 改めて気付く。そういえば、わたしは何も知らないんだ。色々なこと。 「そう、どうせなら」 わたしはテーブルの上に置いてあった剣を取った。それをレイチェルに差し出す。 「これを使って」 「いいの? 形見でしょ」 「形見を大切にできない女なのよ」 「……あっそ。あんたがそう言うなら」 レイチェルは剣を手に取った。じっくりと刀身を眺める。 「いい剣ね」 「お父さんの作ったやつだからね」 「それだけじゃない。使い手の心意気ってのが武器にも表れるもんなのよ。この剣にはそれがある」 ああ、そういうことか。 リュートの魂はまだ残っているんだ。そこかしこに。 「ま、これは預かるわ。すぐ作るから、ちょっと待ってて」 そう言い残し、レイチェルは部屋を出ていた。相変わらず、あわただしい子だと思う。それが彼女の魅力なのかもしれないけど。 それにしても、そうか、決戦……、か。 「ギルフォード」 あなたには、わたしが会って言わなければいけないことがある。人としてのダルクハルトではない、クリスティとしてのわたしが。 「待っていなさい」 必ず、やってみせる。 誰が望まないとしても。 |