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谷底はだいぶ深く見えた。 そよそよと流れる川が見える。谷間を流れる河川は、さほど急な流れではないように見えた。 左右は斜面状の崖だ。露出した地肌のところどころに、たくましくも草木が生えている。どんなところでも生きられるんだ、と主張しているようにも思えた。 「だめなんだよ、人は」 「……? 何が、ですか?」 「ん、なんでもない」 川幅はなかなかのものだ。すでに、川面にはいくつもの舟が浮かべられ、続々と反乱軍のメンバーが乗り込んでいっている。みんな、いい顔をしていた。これから死ぬかもしれないのに。 いや、実際、この中のいくらか、下手をすれば全員が、生きて帰ることはできないだろう。 戦争だ。これから始まる戦いは、生きるか死ぬかの二択。殺さねば生きられない。それなら、殺すしかない。 「準備は予定通りだ。各班に分かれ突入、その後、王城を目指していくことになる」 「わかってる」 わたしは振り返った。 クロスの後ろに、ミント、ヴィンセント、レイチェル、ガルシア。各種族のリーダーが揃ったわたしの班。 「エリア、これを」 クロスが筒のようなものと、小瓶を差し出してきた。受け取り、作業服のポケットに突っ込む。 「筒の方は発煙筒、小瓶の中身はそこの川からくみ上げた水だ。国王を倒したら、発煙筒で合図してくれ。水を注げば、すぐに大量の煙が立ち上る。もしも単独で逃げなければならないような場合にも使えるだろう」 「ん、ありがとう。だけど、いいの? リーダーが突撃なんかしちゃって」 「実質的な指揮は私が行うんだ、問題ないだろう。護衛には十分に信頼できるメンバーを選んだつもりだしな」 「そりゃ信頼できるでしょーよ。あんた、舐めてんじゃないの? それぞれの種族のトップなんか選んじゃって。死んだらヤバいんじゃないの?」 レイチェルが呆れた眼差しをクロスに向ける。が、クロスは肩をすくめるばかり。 「いいよレイチェル。それで構わないって言うんだから、そうしよう」 「……ま、あたしはどっちでもいいんだけどさ」 なんだかんだと言っても乗ってくれる。優しい子だ。 「それよかレイチェル、お前の方こそいいのかよ」 「何がよ、ヴィン」 「これから何をすんのか、わかってないわけじゃないんだろう」 ここ数日で、ヴィンセントは少し痩せたような気がする。準備に忙殺されている姿は、わたしも見かけたことがあった。それだけ今回の作戦に全力を注いでいるんだろう。 だからこそ、気になるのかもしれない。半端な覚悟の人がいては、邪魔になるかもしれないから。 「これから起きるのは戦争だ。善悪以前に殺すか殺さないか、それしかねえ。お前らに人が殺せるのか?」 「んなのいまさら。やるしかないならやればいい! ごちゃごちゃと難しいこと考えないでよ」 「――はは」 レイチェルらしい。そうだよね、やるしかないんだ。迷う時間はもう過ぎている。 「よし、行こう」 わたしの言葉にみんなが頷く。それぞれの得物を手に。 川はすぐ洞窟に繋がっていた。たいまつの火に照らされる洞窟は、どこか恐ろしい雰囲気が漂う。 冷たい空気の中、川を下っていくと、やがて外の光が見えた。 抜けた先は、本当に帝都だった。リュートとデートしたことを思い出す。もうあれからどれだけ過ぎたんだろう。 「……」 そんなことを考えている場合じゃない。本当に本気の戦争なんだ。 見上げれば岸が見えた。川の左右は整備されており、岸までは多少の高さがある。普通によじ登れば少し時間がかかるだろうか。 見える範囲に兵士の姿はない。偶然かもしれないけど、好都合だった。 「行け!」 クロスの指示と同時、舟に分乗していた軍兵たちが飛び出す。そこはさすがのウェアたち、この程度の高さはものともせず跳びあがっていく。 「こっちも出るぜ」 「ん」 わたしはヴィンセントに抱きかかえられ、上まで跳び上がった。続けてレイチェルとガルシア、クロスも上がってくる。 「では、作戦通りに」 「任せろ」 胸を叩くヴィンを見て頷き、クロスは駆け出していった。この先、クロスは陣頭指揮に当たることになる。主な役目は陽動と兵士の殲滅。可能な限り敵を引きつけ、同時に兵士の数を少しでも減らしておく。その間に、わたしたちが王城まで駆けあがり、一気に攻め落とす算段だ。 「走れ!」 ヴィンセントを先頭に、わたしとレイチェル、ガルシアが続いた。その後ろにはさらに四、五人の兵士が続いている。 徐々に街中が騒がしくなってきた。兵士たちが侵入に気付いたんだろう。ほとんど同じタイミングで、外から鳥たちが城壁を超えて突入してくるはず。 今回の作戦、メインはわたしたちだ。クロスの考えた作戦は、いかにしてわたしたちを無傷のまま王城まで届けるかに重点を置かれている。それは、人数で劣るわたしたちが勝つための、最重要項目だ。 内側からはクロスが、外側からはミントが、それぞれ街中をかく乱する。混乱の極みとなって手薄になった瞬間を狙い、王城に突撃する。そういう作戦だった。 ふと、先頭を走るヴィンセントの耳がぴくりと動いた。 「散!」 考えるより先に横に跳ぶ。わたしが今まで走っていたところに矢が突き刺さった。 「上だ!」 見上げる。どこから登ったのか、屋根の上に兵士の姿があった。 「邪魔くせえ!」 ヴィンセントが跳びあがろうと膝を曲げた途端、 「イイイイイイイイイイイイイイラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 高音が空から響いた。それが声だと判別できた時には、屋根上の兵士はバラバラになっていた。 「いっ……、馬鹿テメエ! こっち来てどうするんだ!」 「……? ヴィンセント、どうしてこんなところに?」 ぱたぱた、と空から舞い降りてきたのは……、ミント? 「ちょっとミント、なんであんたこそ、こんなところにいるのよ」 「何故と言われても、突入の合図が見えましたから」 「それはそうだけどさ……」 まあ、街中をあちこち飛び回るのが役目だから、間違いじゃないんだけど。 「――ちっ、厄介な連中に気取られたようだぞ」 「あれは、番犬?」 正規軍が王城の方から駆けてくる。屋根の上にいたせいでよくは見えなかったけど、もしかするとさっきの兵士も番犬だったのだろうか。 数は、十人ちょっとだろうか? よほどの相手でなければ、そう苦戦するほどじゃないけど……。 「面倒だ、お前たち! 頼むぜ!」 「はっ!」 ガルシアは後ろの兵士に声をかけ、わたしを担ぎあげた。……え? 「ヴィンセント、レイチェル頼むぜ!」 「ちょっとガルシッ!?」 急激に持ち上げられる。勢い屋根の上まで来てしまった。そのまま、屋根上を駆け出すガルシア。 「ちょ、あん、たっ!」 「こっちの方が安全なんだ、我慢しやがれ!」 「〜〜〜〜〜!」 ガシャガシャと揺れる場所だけに、話をすることもままならない。後ろからも音が聞こえるのはヴィンセントだろうか。見れば、わたしたちに並走してミントが付いてきている。 「おい! お前はかく乱じゃなかったのか!?」 「その体勢ではさすがに迎撃が難しいでしょう?」 どうやら、ミントは状況を見てサポートに回ることにしたらしい。 「まあ、なっ! っと!?」 どこからか飛んできた矢を、ガルシアは剣一本で弾き飛ばす。鈍重な外見に見えて、なかなか機敏な動きだ。 「もう少しで王城だ、飛び降りるぞ!」 「!?」 もはや何を言うこともできなかった。舌を噛まないよう、必死で歯を食いしばる。 ドシン、という強い衝撃の後、ようやく下ろしてもらえた。 まわりを見渡せば、確かに王城のすぐ近くまで来ている。遠くに悲鳴みたいなものは聞こえた。 「よし、このまま一気に……」 「見つけたぞ、化物!」 「……ちっ!」 城の方から兵士たちがやって来た。後発組らしい、面倒なのに出会ってしまった。 「俺がルートを作る。ヴィン、ミント、頼む」 「いいのか?」 「突破するだけなら俺が一番だろ?」 ガルシアらしくない、とちょっと思った。彼なら突撃したかろうに。 「……んだよ。時間がない、早く行け」 「う、ん」 ガルシアは巨剣を振り上げ、兵隊の群れに飛び込んだ。直後に弾かれる兵士たち。ほんのわずかに作られた間隙を、わたしたちは駆け抜ける。 ガルシアを振り返る余裕はなかった。 |