王城までもちらほら兵士の姿は見られた。けど、お城にしては極端に数が少ない。きっと、突然の襲撃に浮き足立っているんだろう。好都合だった。わたしたちの役目は王の殺害、そして王座の奪取。それ以外のことは考えなくていい。
 邪魔しようとする人は殺し、そうでない者は捨て置き。玉座までのルートを一直線に駆け抜ける。
 いくつもの扉を蹴り破り、廊下を駆け抜けた先の先。
 わたしたちの前に、大きな扉が立ちはだかった。高さはわたしの背丈を倍にしてもなお届かないほど。複雑な模様は、一目で高価なものだとわかる。
「この先に玉座までの最後の通路があるの。んで、その先に王様がいるはず」
「ここまで来ておいてなんだけど、王様がここにいないって可能性は?」
「それはないと思う。王って、そういうものよ。ことギルフォードなら、絶対に逃げない。逃げないでいる場所なんて、ここくらいじゃない」
 確かに、あの巨漢が尻尾を巻いて逃げる姿は想像できなかった。
「行くぜ」
 先頭を抜けたのはヴィンセント。続けてレイチェル、わたしが進み、しんがりはミントが務める。
 扉を抜けた先は、神殿のようにも見えた。背の高い柱が並び、赤いじゅうたんが奥にあるもうひとつの扉まで続いている。
 その通路上。ちょうど扉と扉の中間あたりに、三人が待っていた。
「ここで待っていれば会えると思ったよ、エリア」
 長大な剣を握る男。アルト・アージュ。わたしの元上司にして、おそらくは最大級の難敵。
「……先輩」
 ナイフの握っているのはわたしの後輩。セロン・アルフィード。
 そして、
「あんたがここにいるとは思わなかったわよ、ラウル」
 ラウル・コミュール。リュートが死んだ、その直接的原因に関る人物。
「エリア……、あなたには謝罪しなければいけないと思っていました」
「あんたに謝ってもらってもリュートは生き返らない」
 白々しい台詞だ。そんな言葉で気が休まるなら、それだけ楽だろう。
 そういうことじゃないんだ。加害者が被害者の気持ちを理解する日は来ない。彼が、加害者である限り。
 ラウルはショートソードを持っている。戦闘能力はよくわからないけど、スパイをやるくらいだし、軍人ではあるんだろう。それなりの訓練は積んでいるのかもしれない。
「陛下はこの奥にいらっしゃる」
 代表するように、アルトが言う。
「そして、陛下は私たちに『余計な者は通すな』を命ぜられた。エリア、お前以外の者だ」
「わたし以外、ね」
 どういう意味だろう。わたしを殺せば、反乱軍が瓦解するとでも思ったのだろうか。
 確かにわたしはリュートを引き継いだ、獣たちの頭目だ。けど、実質的な頭はクロスであり、ミントでありガルシア。わたしじゃない。
 わたしが死んだところで、困る人はもういない。
「エリア、お前がひとりでこの通路を通りたいと言うのであれば、我々は喜んで通そう。だが、仲間も一緒に、と言うのであれば。加減はできない」
 それぞれが武器を構える。まさか、一騎当千の半獣を相手に、たった三人で立ち向かえると思っているんだろうか。
 ――アルトは、可能性がないことはやらない。
 自信がある、んだろう。わたしたち全員を相手にしても、あのメンバーで戦える自信が。あるいは、自分だけでも?
「ヴィン、ミント、レイチェル。遠慮しなくていいよ、思い切りいって」
「よろしいのですか」
「いいの」
 どちらの意味だか、聞かないよ。ミント。
 直後、両方の陣営が飛び出した。
 ヴィンセントとアルトが斬り結び、ミントとセロンは横っ飛びに他のメンバーと距離を置く。ラウルはほとんど動かす、レイチェルの攻撃をかわした。
 ヴィンとアルトは互いにものすごい勢いで手数を稼いでいる。ヴィンはともかく、アルトはあれだけ馬鹿でかい剣なのに、ヴィンのスピードに食いついている。しかも、どちらもまだ余裕があるのが見て取れた。恐ろしい技量だ。やはり、自信があったんだろう。
 セロンはだいぶ早くなった。動きも機敏になったし、ナイフの扱いも腰が入っている。ただ、ミントを相手にするにはまだ足りない。しかも、天井面がこれだけ高ければ、彼女は空を飛ぶこともできる。優位は揺るがないだろう。
 ラウルとレイチェルは……、よくわからなかった。もともとレイチェルは戦士じゃない。そういう訓練もしていないし、今回の武器も、いつものチューナーだ。必殺の武器じゃない。けど、そんなレイチェル相手でさえ、ラウルは攻めあぐねているようにも見える。戦いが苦手なんだろうか。それもあるだろうけど、たぶん、メインの理由は他にある。
 となれば、わたしの取る手はひとつ。
「お願い」
 背負った剣を引き抜く。アルトと同じ、長大な剣。彼のそれと違うところは、表面に刻まれた文様の内容と、そこここに輝く宝石のような石。
 一気に、戦いを収束させる。それが、わたしの役目だ!
加速アクセル!」
 体が引っ張られる、その瞬間に剣を振り下ろす!
「ッ!」
 急な割り込みに対応しきれていない。なんとかわたしの一撃をかわすも、続く攻撃までは避けられない。
「ラウゥゥゥルッ!!」
 レイチェル渾身の一撃がラウルの腕に直撃した。思わずショートソードを取り落としたところで、さらにわたしの剣が追撃。
「ぐッ……!」
 リュートの剣は、いとも簡単に彼の左腕を斬り飛ばした。
「……さすがですね、エリア・ダルクハルト」
「わたしは別に軍人じゃないわ」
「軍に所属しているかどうか、というのは関係がありません。それだけの覚悟があるのかどうか、ということです。究極的に、修練とは気持ちを整えるための手段にすぎませんから」
 ラウルは残った右腕で左腕をつかむ。血が流れている。本当なら気絶するほどの激痛だろうに、彼はそれを表情にさえ出さない。ただ、体の方は本当に限界らしく、脂汗が浮かんでいた。
「そういう、性分なんですよ」
 わたしの考えていることを察したのか、ラウルは続ける。
「僕は軍の中でも特殊な部隊に所属しています。表向きは一般人を装い、その実、国家に仇成す存在を探す役割。表に出す顔と、そうではない顔を使い分けねばならない。どんな拷問にも耐え、苦痛を受け流せなければならない。そういう訓練ばかりを積んできました」
「あなたの身の上なんて聞きたくもないわ」
「……そうですね、僕の贖罪にしか、ならないかもしれない」
 ラウルは視線を背中側に向ける。その先には、王座への扉がある。
「陛下はあなたと話がしたいそうです。もちろん、軍うんぬんもそうですが、それ以上に、あなたの父の友人として」
「いまさらよ」
「今だからこそ。
 ――もしよければ、一人で会ってあげてくれませんか」
 レイチェルの視線がわたしに向かったのがわかった。わたしは、ことさら語気を強める。
「わたしは革命を成しに来たの。勝ちに来たのよ。話をしたり、感傷に浸りに来たわけじゃない」
「……そう、ですか」
 すでにラウルの顔は真っ青だった。もういくらも血が通っていないのかもしれない。
「エリア、少しだけいい?」
「ん?」
 時間は惜しい。けど、レイチェルが言うなら。
「ラウル、あんたは顔を作るって言ったわよね」
「ええ、それが?」
「じゃあ、笑ったり呆れたりしてた、あの顔はぜんぶ嘘だったってこと?」
「……全部がぜんぶ、演技というわけじゃないよ」
「そう」
 レイチェルは引き下がる。
「もういいの?」
「うん。こうなったけど、やっぱりラウルとは友達でいたいし」
 ほんのわずか、ラウルの瞳に、何かが浮かんだ気がした。それをごまかすように、彼は顔を横に向けた。
 見れば、ヴィンたちはまだ戦っていた。
「レイチェル、ラウルはお願い」
 そのまま、わたしは剣を手に駆け出す。決め手に欠けるならわたしが決定打になればいい。
 現状という名前の水面を揺り動かす投石。それは、わたしの今をそのまま表しているようにも思えた。



 
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