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セロンのナイフがミントをかすめる。紙一重でかわしたミントは翼で反撃をしようと試みるけど、その瞬間には、セロンは別の場所に移動していた。マナを上手に使いこなすことで、攻撃ではなく守りに重点を置いている。 ミントは自分の体術だけでセロンの攻撃をかわしている。ただ、守りを重視する彼に、決め手となる攻撃を打ち込めないでいるようだ。 「ッ!」 また危ないところだった。 「……」 ミントにとって、セロンを殺すなんて造作もないことのはずだ。けど、今のミントは、セロンを相手にしてさえ攻めあぐねているように見えた。 そういえば、わたしはミントが本気の本気で戦っているところを見たことがない。いつだって手加減をしているか、殺気を見せるだけで相手は引いた。それだけの能力を持っていながら、でも、使うことはない。 いつもはそれでいいかもしれない。いざとなれば逃げればいい。けど、今だけはそれじゃいけない。相手が持つ反撃の意思を潰すことが求められている今。そして、絶対にあきらめないセロンという人間。 わたしたちが選択すべき道はひとつしかないんだ。 「ミント!」 「!」 高く飛びあがり、セロンの突撃をかわす。その間隙にわたしが飛びこむ! 「せッ……!」 一瞬、本当に一瞬だけ、セロンの動きが止まった。それはわたしにとって最大のチャンス。 遠慮はしなかった。本当に殺すつもりで剣を振る。 「っとお!?」 けど、その攻撃はかすめただけだった。腕に浅い傷が走る。 あのギリギリで回避できたのは、セロンの反射神経がよかったおかげだろう。厄介だな、とちょっとだけ思った。 「先輩、本気でオレを殺すつもりなんですね」 「なに? セロンは違うの?」 上空のミントは様子をうかがっているらしかった。わたしは剣を構え直す。 「なんで、そんなことになっちゃうんですか……! あんな男の亡霊に! いつまで振り回されているんですか、先輩!」 「さあねえ。お姉さんにもわからないな」 ぐっと強く握り、思い切り横薙ぎに振るう。屈んでかわしたセロンに、追撃の蹴り。これは腕でガードされた。 さらに回転する勢いを利用して剣を振り下ろす。今度は転がってかわし、セロンは跳び上がる勢いを乗せてナイフを突き出してくる。これは軽く上体をそらすだけで避けられた。 「先輩、目を覚ましてください! どれだけの人が死んだと思っているんですか!」 「そんなの、わたしが知るわけないじゃない。数えていたらキリないよ、実際」 「このッ……!」 感情任せの攻撃。かわすのは難しくなかった。 「ほら、乱れてるわよ」 そのまま足を払う。同時、剣の腹でぶっ叩いた。 「ぐッ!」 重量物の一撃。剣のように切れ味はないけど、衝撃はかなりのもの。それでも吹き飛ばされずに堪え切ったのはたいしたものだ。 セロンは成長している。すごい速さで。 「ほら、殺すつもりで来なさい。そうでなきゃわたしは潰れないよ」 「できるわけ、ないでしょうッ……!」 「どうして? わたしは犯罪者。法律に従えば確実に死刑よ? だから、気にしないで殺しても、誰も咎めたりしない」 「そういう問題じゃない! どうしたってんですか! 哀しいって、それだけでそこまでやるんですか!?」 ……哀しい。 そうね、リュートがいなくなったのは、とっても悲しいこと。みんな泣いていた。あの時、苦しい顔をしていなかった人はほとんどいなかった。みんな、心に傷を負った。 でも、わたしがここに来たのは、きっとそれだけが理由じゃない。 「ウェアに同情の余地があることだってわかる。リュートが死んで悲しいってのも理解できます。でも! 革命なんて、これだけ大勢の人間を犠牲にしてまでやることじゃないでしょう!?」 「崇高な理念なんて、わたしにはないもの。そんなこと言われても困るわ」 「なら、なんでっ……!」 「セロン。理屈じゃ割り切れないの」 ふと見上げる。つられるようにセロンも上を向き、 「ッ!」 すでに手遅れ。急降下を仕掛けたミントは、セロンの体を床に叩き伏せた。 「くぅ……!」 「あのね、セロン。わたしは自分の行動が正しいとか、どういう考えがあってとか、そういう気持ちで帝都に戻ってきたわけじゃないの」 あの日。わたしの目の前でリュートが倒れたあの日から、時間が止まった。 理屈では理解できる。リュートが死んだのは事故のようなものだったし、ウェアが現状に対して不満を持つのもわかるし、国がそうしなきゃいけなかったのも理解はできる。 みんな、仕方なかったんだって。 わたしは誰の味方をするつもりもない。みんなが正しくて、みんな間違ってる。一方の側面からだけじゃ正解は出せないし、いくつもの側面を見れば、正解なんてなくなる。 ただ、王として生きるか、獣として生きるかの選択肢を与えられた時。わたしは、こうすべきだと思った。だからこの道を選んだ。 王様になっても、わたしの止まった時間は動きださないって思ったから。 ギルフォードさんを殺せば解決するとも思えない。そもそも、リュートが死んだことに、あの人は何の関係もないのだから。それでも、そうしなきゃいけないように思った。 そうやって、初めてわたしは、エリアとしての人生を歩み直せるのだと。 「まあ、わたしもよくわかってないんだけどね」 「せん、ぱい……」 「ごめんね、セロン」 剣を閃かせる。一撃は、確実にセロンの意識を奪ってくれた。 「あとはヴィンセントだけ、か」 「加勢しましょうか?」 「できるの?」 「そういえば無理ですね」 そう、無理なんだ。 ヴィンセントの斬撃は早い。獣特有のパワーと柔軟性から繰り出される剣閃は、わたしには目で捉えるのがやっと。けど、アルトはそれに十分な余力を残したうえで反応している。 わたしの腕では到底、割り込めるものじゃない。レイチェルも同様。ミントは見えているだろうけど、あれだけのスピードにコンマ1秒のレベルで割り込むのはなかなかできることじゃない。 「けど、ほっておくわけにも……」 「いえ、捨て置きましょう。ヴィンセントに任せて」 「理由は?」 「彼は優秀な戦闘力を有しています。ならばこそ、国王との戦いにおいて、そういった能力を持つ彼が乱入してこないというのは、とてもありがたいことです。ここはヴィンセントに遊び相手をしてもらいましょう」 なるほど、そういう考え方もあるか。 見たところ、どちらもまだ全力ではない。それはつまり、どうなるかわからない、ということ。あんなのを眺めて時間を潰している暇もない。 「なら、ヴィン、ここはおねが……ッ!」 言いきる前に背中に衝撃を受けた。思わず吹っ飛ばされる。 ダメージはほとんどない。転がりながら起き上がると、なぜだか後ろにはミントが立っていた。 「ミント……?」 「危ないところでした」 ミントの視線が壁側に向く。その先を追うと、壁に一本のナイフが刺さっていた。 「あれは?」 「おいおい、獣ってのはこんなに勘が鋭いもんなのかよ」 チャリッ、と足音。軍靴の音だ。 「軍、人?」 ガルシアが逃したんだろうか。その顔はどこかで見たことがあるような気がした。 「よーうやくだ。ようやく、お前らに恨みを返せるってもんだぜ」 「恨みというのはよくわかりませんが、恨まれるほど動いたでしょうか?」 「ああ、思い切りな。といっても、お前にゃ用事はない。俺が戦いたいのはそっちの狼でよ」 剣でヴィンセントを指す軍人。やっぱり、どこかで――。 「あん時はやってくれたな。剣を折られるなんて、恥もいいところだ」 「……あ」 こいつ、リュートが殺された時にいた番犬のひとり? そうだ、ヴィンセントとそこそこ切り結べた軍人だ。道理でどっかで見たことがあるはずだ。 「おい、なんでも屋! そいつは俺によこせ!」 「……いいだろう」 ひときわ強くアルトが剣を打つ。ヴィンセントもその流れに抗さず、勢いに乗ってこっちに跳んできた。 「んだよ、人間の知り合いなんざいねーぞ」 「すぐ思い出させてやるよ、この剣でな!」 嗤う軍人の顔は、狂気に満ちていた。 |