戦火の悲鳴が街から流れてくる。
 王城の窓辺に寄れば、赤々と燃え上がる炎がそこかしこに見て取れた。火を放ったにしては盛りが甘い。おそらくは、倒れたろうそくか何かが燃え移ったのだろう。あるいは彼らが落としたたいまつか。
 それは、明確なほどの“破壊”だった。
「どうした、アリス」
 そっと、私の隣に大きな影が並ぶ。
「いえ、何も」
 答えつつも、私の視線は窓の向こうから離れなかった。
「恐ろしいか」
「いえ。町などいくらでも作り直せますので」
「民なき国に意味はあるか?」
「わたくしにとって、国など形骸に過ぎませんので」
 魂なき人形と同じ。水の入っていない器と同じ。
 それだけでは意味をなさない。別の、もっと大切な何かを生かすために、国というものがある。
 そう、私にとって最も大切なものは、国などではない。
「陛下」
「よい、言わずとも」
 見上げる国王の姿。無骨な鎧に身を包み、巨大な剣を背に負った、歴代国王の中でも最強と名高い帝王。
 私は、このお方を守りたい。
「だが、それはならん」
 首を横に振る陛下。いつだって、彼は国王として生きている。
 否、国王とは、常に国王として生きねばならない。それは、この国に王家という存在が生まれたときから決まっていたことだ。
「陛下、わたくしは……」
「わかっておる。それでも、国王は国王なのだ」
「……相変わらず、頑固なんだから」
 見上げる彼の姿はいつだって頼もしく。
 もう少し、上手に生きられれば。せめて、彼にこれほどの重責がなければ。
 ほんの少しだけ、幸せになれたかもしれないのに。
「頑固は生まれつきだ、ほうっておけ」
「ほうっておけるわけないでしょう。何のための従者だと思っているの?」
「従者だから、なのか?」
 ギルの視線がちょっと下を、私のほうを向く。いたずらな笑み。
「いじわる」
「少しくらいわがままを言ってもいいだろう? 私に自由などないのだから」
「もう」
 王者の視線は再び町に向けられた。
 その横顔を眺めていて、気づく。いつもはない、微細な変化。私だから気づけるほどの、小さな小さな変化。
「ギル」
「どうした?」
 私に向ける笑みが、いつもより少しだけ優しい。
 ああ、きっと、この人は――。
「勝手ね」
「すまんな」
 いきなり、ぐっと抱き寄せられた。鎧越しでは、ぬくもりを感じることもままならない。
 そのまま、口をふさがれた。
 長いような短いような、不思議な時間が過ぎた後、ギルの体が私からはなれる。
 その時には、もう王者の顔に戻っていた。
「さあ、おでましらしいぞ」
 国王陛下は玉座へ。私はそのかたわらへ。
 いつでも来なさい、エリア。
 あなたが彼の前に立ちはだかるなら、私はあなたを殺すだけよ。



 
戻る