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ミントの姿は周囲に見えなかった。きょろきょろと見回し、 「おーい……、助けろー……」 力のない声に気づく。崩れた壁の近くにレイチェルが倒れていた。 駆け寄る。ラウルはレイチェルの下敷きになっていた。気を失っているらしい。 「何してんの、あんた」 「巻き込まれたに決まってんでしょうが……。てか、あんた、なんでこんだけの状況を目の当たりにして平然としていられるわけ?」 「さあ」 手を貸し、助け起こす。 改めて見ると、周囲の惨状はひどい有様だった。 ところどころに倒れた死体。崩れた瓦礫の破片がそこらに散らばり、あれだけ美しかった宮殿が、今は見る影もない。 ヴィンセントは相変わらず壁際で気絶したままだ。ミントの姿は、やはりどこにも見えない。 「まさか、外に落ちたのかな?」 わたしの言わんとすることを察したのだろう、レイチェルは壁の大穴から外を覗いた。わたしもそれに習う。 大穴の外は、城の中庭が広がっていた。こちらの惨状はこの部屋よりもひどい。突き崩された壁材が、庭園の細工をことごとく粉砕、もしくは台無しにしている。 「あ、あれ」 レイチェルの指し示す先に、緑色の羽毛が見えた。ミントだ。 「ミントー! 大丈夫ー!?」 声をかけてみるが、彼女は動かなかった。 「仕方ないわね。ねえ、こっから飛び降りれる?」 「あたしは人間よ」 「だよね。じゃ、ここで待っていて」 高さは、およそ三階分くらいだろうか? 普段のわたしなら、まあ飛び降りたら骨折するだろうって高さ。けど、今なら特に問題となる高さじゃない。 「いよっ」 掛け声と共に、わたしは飛び降りた。芝生の上に降り立ち、ミントに駆け寄る。 「ミント!」 名前を呼んでも返事をしなかった。体をあおむけにする。 「――」 一目でわかった。 わたしはミントの体をその場に横たえると、そっと離れた。 一息にジャンプし、大穴から戻ると、レイチェルが涙を流しかねない顔でわたしを見た。 「ミントはさ、老齢なんだ。ああ見えて」 「……うん」 「初代の生き残り。普段も戦おうとはしなかった。それは、彼女が優しかったってのもあると思う。だけど、ああいう理由も、あったんじゃないかな」 全力を出せば体に負担がかかる。それに耐えられないから、彼女は戦おうとしなかった。 「そう、かもしれないけど。それなら、なんで今は無茶をしたの?」 「ここでの勝利は獣の悲願だよ。何をおいても、これだけは成し遂げなきゃいけない」 「だって、鳥はそんなに執着してなかったじゃない。ミントだって!」 「誰も犠牲になっていなければそれも許されたかもしれない。でも、もうたくさんが犠牲になっているの。残るは0か1か、どっちかなんだよ」 あるいは、他にも理由はあったのかもしれない。そう思ったけど、言わなかった。いまさら知ることはできないし、知ったところで意味もないから。 だから、わたしは進まなければいけない。 わたしは剣を強く握り締めると、最奥の扉に近づく。その意図を理解し、レイチェルも緊張の面持ちでついてきた。 大きな扉だ。それを、無造作に押し開く。 扉の向こう側は、赤いじゅうたんが連なっていた。そして、その先には玉座。 中に踏み入れる。広々とした部屋には、たった二人しかいなかった。 「ようこそ、謁見の間へ」 玉座には王。そのかたわらに従者。それは、半ば以上に予想された光景だった。 出迎えた従者は、歩み寄るわたしとレイチェルを見比べ、 「ここまでたどり着いたのはお二人だけですか。少々、見くびっていませんか?」 「そういうつもりはないけどねえ。しょうがないじゃん?」 アリスは王を守るように前に出た。応じるように、レイチェルがチューナー片手に出張る。その顔を見て、アリスはほんの少しだけ表情を変えた。 「レイチェル様、お父上がお探しです」 「もう戻らないからって手紙を書いとくわ。そのうちね」 くるんと鉄棒を振り回し、構える。 「いかに王家筋であろうとも、傍流のあなたが、戦えるなどとはゆめゆめ思われませぬよう」 優美に、あくまで優雅に、レイチェルは大振りのダガーを引き抜く。 「レイチェル、あの人は分身するよ」 「分身……?」 わたしの言葉に眉をひそめたのは、レイチェルだけじゃなかった。 「よくご存知で」 「あなた、わたしに会いにきたことがあったでしょう」 城門で彼女と会った時のことを思い出す。 王家に来ないかと誘った時、わたしは彼女が本体ではないことに気づいていた。そういうマナがあることも知っている。操作が非常に難しいマナだ。 自分と瓜二つの幻影を生み出し、操作する。幻影とは言いつつも実体があり、物に触れることもできる。ただ、あくまで幻に過ぎない体は、衝撃を受ければ消えてしまう、脆い代物だ。 「ついでに言えば、わたしは従者であるあなたが、ダブルを使わなきゃいけない理由も知ってるわ」 「それはそれは」 口調は丁寧かつ冷静。だけど、殺意が少しだけ強まる。 「そこまで理解が及んでいるのなら……、アリス、お前が戦う必要はなかろう」 ゆっくりと、玉座から立ち上がる王。 ギルフォードは、以前に見た通りの巨体を、黄金色の鎧で包み込んでいた。その重厚感、完成された戦士のたたずまいに、思わず圧倒される。 「ですが、陛下」 「よい。もとより、私はお前に戦わせるつもりなどなかった」 巨剣を振りかざし、国王はわたしの前に立ちはだかる。 「ようこそ、エリア・ダルクハルト。我が親友の娘」 「そんな芝居がかった話し方しなくて結構です、陛下」 「そうか。なら、お前もその取ってつけたような敬語はやめたらどうだ」 「ん、そうね」 わたしの前に立ちはだかるギルフォードの姿は、やはり大きく見えた。 「何が望みだ。破滅か。自由か。束縛か」 「どれでもないわ。ウェアにはね、必要なのよ。こういう戦争が」 「これだけ多くの人間を犠牲にしても、か」 「みんな苦しんでいるのよ。憎しみはあるのに、それをぶつける相手がいない。明確な敵役がいない。だからフラストレーションがたまる。あなたには悪いんだけど、人間という敵役がいれば、ウェアは生きていけるの」 「そんな理屈で、お前は人という種を巻き込むのだな」 「タガを外したのはあなたたちよ」 話していて、感じた。 無駄なんだ。会話で納得できるような関係じゃないし、わたしが納得したところで、すでに動き出した獣たちは矛を収めることはできない。 だからミントは命をかけたし、ガルシアは自ら囮になった。ヴィンセントは気を失うまで戦い、クロスは今も戦っている。 ギルフォードには、彼なりの正義がある。自分が強く信じるものがあるから折れないし、力強い。芯がある。 そういう人に意見を曲げさせるのは難しい。ましてや彼は王だ、自分が間違っているとわかっても、素直に認められない立場でもある。 となれば、選択肢もおのずと限られてくる。無限の可能性は、ここにはない。 「ギルフォード、人間に残された選択肢は二つよ。わたしたちを残らず殺すか、獣に従うか」 「ならば、この手で一人残らず刈り取ってやろう」 やはり、曲がるつもりはないのだろう。それが人間の、王の意思だ。 それなら、腹をくくる他にない。 わたしは深く息を吸い込み、 「できるもんならやってみなさい。獣は首ひとつになったって噛み付くわよ」 その気概がなければ、こんなところまではやってこなかった。 ギルフォード。あなたを殺す人がいるとするなら、それは、わたしでなければいけない。 他の誰にも任せられない大役。わたしの力が及ばずとも、彼だけは……、わたしの手で。 「勝負よ、ギルフォード」 応対する彼は、喜んでいるように見えた。 「いつでもこい、侵略者」 |