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先に飛び出したのは、わたしだった。 ギルフォードは完全に受ける構え。構わず、わたしは突っ込む。 「はッ!」 渾身の力でリュートの剣を振り下ろす。が、それはあっさりと受け止められた。 「まだまだ!」 矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。二回、三回、四回と繰り出すたび、ギルフォードは的確に刃先を変えて受けに入る。 「な、らッ……!」 剣を握る。その中で息づく魂を感じ取る! 「でえい!!」 わたしの剣を、王は最前と同じ通りの手順で受けようとした。そのガードを、わたしの剣はすり抜ける! 「ッ!?」 急激に加速した、可視領域ギリギリの攻撃を、なんとまあ、ギルフォードはかわしてみせた。頬に浅い線が引かれる。 「どういう反射神経してんの、あんた!?」 「その、程度! どうということではない!」 まったく予期していなかったはずの急加速であるはずなのに、この男はかすめるだけだ。まったくもって、王家は化物という評価は正しい。 「ふッ!」 さらに剣を重ねる。時にはパワーで、時にはスピードで。緩急とフェイントを織り交ぜ、ひたすら狙い続ける。 それを、ギルフォードは的確に受け、あるいはかわす。何度か勢いの乗った斬撃はかすめているけど、重厚な鎧の前では、こんな剣ではダメージにもならない。 「加速と、強化か! 複数のマナを使い分けているな!」 「……見極めが早すぎだって、のッ!」 突きさえかわされたわたしは、諦めて距離を置いた。このまま普通に攻め続けても、体力がすり減るだけだ。さすがに、あの化物じみた体格のおっさんと体力勝負をする気は起きない。 「ったく、その体格で、かわせるだなんて……」 呼吸を整えながら悪態をつく。 ちらりと見下ろすわたしの剣は、リュートの剣をベースに改造してもらったものだ。 ウェアの砦にも、いくつかマナが置いてあった。人間たちが残していったものを拾い集めたものだ。わたしの剣には、そのマナが埋め込まれている。 わたしはヴィンセントと同じ。特別に優れるものは何もない。ましてや、彼のような戦闘経験さえない。そんなわたしが、曲がりなりにも王と戦うには、複数のマナを使いこなす必要があると感じていた。 その結論が、これ。レイチェルに頼み、本来なら人間の中になければ発動しないマナを、コピーを経由することで使えるようにしてもらった。 もちろん、それぞれのマナを極めた人と比べれば、その効力は格段に劣る。加速だけでいうなら、きっとセロンのほうが上だろう。それでも、肉体強化や、その他もろもろの効力と使い分ければ、ごまかしくらいにはなるはずだった……、ん、だけど。 「ぜんっぜん通じないじゃないの」 「んなもん、あたしに言われても困るわよ」 そりゃそうなんだけど。 わたしを眺め、ギルフォードはくつくつと笑う。 「それはそうだ。付け焼刃の浅知恵が通用しては沽券に関る」 「あなたのプライドなんて知ったこっちゃないんだけどね」 でも、と、わたしは言葉を続ける。 「確信できたことはあるわ」 「ほう、何かな」 「あなたはマナを使えない」 わたしの指摘にも、ギルフォードは顔色を変えなかった。 「どういうことかな」 「最初に疑問を持ったのは、あなたの部下が分身使いだってわかった時」 分身を扱う人を見たのは初めてじゃない。だけど、王様の、しかも直属の侍従が使うには、あまりにふさわしくないマナだった。 「分身は一見すると便利に見えるけど、実際はそうじゃない。サブの操作は複雑で、人間なみの動作をさせようとすると、どうしても本体がおろそかになってしまう。動きながらもうひとりも動かせないんじゃ、ダブルがいる意味がない。そういう意味で、このマナはすごく使いどころを選ぶはずなのよ」 「それが何か?」 「それだけ扱いの難しいマナを、王様専属の侍従が使う必要はないわ。もっと便利で活用できるマナはたくさんある」 加速のほうがまだ使い道がある。分身は、それほどまでに用途がないマナだ。 「じゃあ、どうしてそんなマナが必要なのか? それに対する回答は、あなた自身が持っていたのね」 王は答えなかった。それは、わたしの回答が正解であると認めているように思えた。 「あなたからはマナを感じない。珍しいマナだからわからないんじゃなくて、本当に何も感じないのよ。いくらなんでも、それは分身を持っている以上に不自然だわ。 仮にも王家筋ともあろうものが、マナのひとつも持たないなんてこと、現代では考えられない。王様にはそれ相応のマナがあるはずよ。何も持っていないということは、つまるところ、あなたもコウモリと同じ――マナが使えないんだわ」 「根拠が薄いな」 「そうかしらね? あなたからマナを感じないという事実、そして、その従者が分身使いという事実。このふたつを重ねると、答えが見えてくるわ」 「……まさか」 漏れた声は、レイチェルのものだった。 「アリスが、王様の代わりにマナを使う?」 「そういうこと」 王様はマナを使えない。そう仮定すると、今度は日常の支障についても思い当たる。 リュートが灯具さえないボロアパートに住んでいたのは、コウモリであることを隠すためだった。言い換えれば、“明かりさえ満足につけられない”自分を隠すためだった。 ギルフォードがリュートと同じなら、彼もまた、明かりひとつ点灯させることはできなかったはずだ。それを隠すには、常に王様の代わりに日常用のマナを使う存在が必要だった。 それこそが、アリスの役目。 もちろんアリスだって人間だ。常に王様のそばにいるわけにはいかない。時にはそばを離れなきゃいけないし、そういう用件ができる時もあるだろう。だからこそ、アリスには分身が必要だった。 常に王様のそばにいる、実体を伴った自分。彼女にとっては、それが不可欠だったんだ。 「……なかなかの慧眼だな」 「お褒めに預かり光栄ですわ、陛下」 この事実に気づいた人は、そう多くはないと思う。 王様が自分の手で明かりやらを操作しなくても、何も不自然じゃない。王様のそばに従者がいるのも自然なことだ。コピーのマナを持っている変人はそうそういないし、仮にいたとしても、王様に近づきマナを発動させなければ、その事実を感じ取ることはできない。 側近なんかには多少、変に思っている人もいるかもしれないけど……、王様がマナを使えない、なんて発想をする人は、そうそういないはずだ。 それだけに、多少は動揺するかと思ったけど、ギルフォードの顔色には微塵の変化も見られなかった。 それどころか、彼は口元に微笑さえ浮かべていた。 「即決に述べよう。私はコウモリだ」 「――へえ」 「私だけではない。王家筋の、特に歴史ある王家は、すべてコウモリの血筋だ」 人ではない。けれど獣でもない。 マナが使えない人間、コウモリ。 「その昔、悪魔という存在が知れた時、人間は狼狽した。連中は人の力が及ばぬ存在だ。我々が持つ拙い技術さえ飲み込む能力、圧倒的な力、物理法則を無視した存在。今もって、あれがどういう存在なのか、解明の糸口さえ見つけられていない」 そういえば、ウェアでさえ悪魔がどういう存在なのか、知っている人はいなかった。生きる者の敵。それしかわかっていない。 「対抗策を模索した人間たちは、とうとう融合というマナを発見する。獣と身体的特徴を混ぜ合わせることで、人も獣も超越した能力を手にすることができるマナだ。それを使い、なんとか人間は居住区域を確保することに成功した」 その話は古いウェアも知っている。 「そこで、人類は二手に分かれた。獣と混じり、悪魔が住まう場所にて、連中を見張る存在。すなわち現代のウェアだ。 もう一種は、戦う力を持たない、ただの人間。言うなれば、軍人と民間人の関係のようなものだ」 「ウェアは望んで軍人になったわけじゃない」 「そんなことは百も承知だ。だが、そうせざるをえなかった」 そうなのだろうか。本当に他に道はなかったのか? それは、詮無きことだ。ここで叫んでも、誰も、どうにもできない過去だ。 「だが、それでも心配の種は残った。もしもウェアが反乱を起こしたら? 対悪魔用の能力を備えた連中だ、いくらマナを使ったところで、人間が必ずしも対抗できるとは限らなかった」 ましてや、ウェアは虚無のマナを手にした。マナを封じる手法を手にしたウェアにとって、今の人間は赤子のようなものだ。 「そこで、人間側にもウェアに対する対抗策を残すことにした。それが王家だ。 王とは、ただひとりでウェア全軍に抵抗しうる力を持つ存在。そのためだけに生まれ、そのためだけに生きる存在だ」 ただひとりで。 どれほどのマナを使おうとも、それはありえない。マナは不思議な力を発揮するけど、たったひとつで戦況をひっくり返す力はない。 もしあるとすれば、それは一種類しか存在しえない。 「融合したのね、あなたも」 格別の力を手に入れる方法はそれしかない。そして、融合によって融合した人たちを超えるには――。 「いかにも。私は悪魔と融合した人間の末裔。魔人、とでも呼ぶべき存在だ」 ……レイチェルの感覚は正しかった。 化物どころの話じゃない。彼は本物だ。 |