魔人。
 そんな名前は初めて聞いた。数多いウェアたちの中にも、悪魔と融合した人はいなかった。そもそも、そんなことが可能なのか? その事実さえ確認しようとした人はいなかった。
「これでわかっただろう、エリア。お前たちがいかに無駄な努力をしているのか、ということが。
 ウェアの、融合の能力は素晴らしい。卓越した身体能力と特殊能力を手にした人間たちは、悪魔にさえ引けを取らない。それを誰より知る人間は君のはずだ、エリア。だからこそ、私には勝てないことも理解できるだろう」
 確かに、悪魔にさえかなわないわたしが、融合によって爆発的に能力を高めた人間に勝てるとは、とても思えない。
 まあ、それは理屈。
 問題として、わたしが国王を倒さなきゃいけない、という事実だけは変わっていない。それがわたしの、仕事みたいなものだ。仕事は、どんなに無茶でもこなさなきゃいけない。
「で、諦めろって言うのね。あなたは」
 いつだってそうだ。あの人は、常に上からものを言う。常に諦めろと促してくる。わたしたちの生きざまは無駄だから、と。
「わかるでしょう? そんなことはできるはずがない、って」
「できるかどうか、という話はしていない。そうすべきだ、という理屈を語っているのだ」
 ……勝ち目はゼロに等しい。
 当然だ。わたしは戦闘経験でギルフォードに劣り、能力で劣り、体格でさえ劣る。何一つとして勝るものはない。
 そんな中で、勝ち目を生み出してくれるものとなれば……、それは、これしかありえない。
 胸元に手をやる。悲しいかな、わたしたちがどれほど憎もうと、どれほど忌み嫌おうと、こんなものに命運を左右される。
 不思議な石マナ。こんなものがあるから、わたしたちの不幸は始まったのかもしれない。
「やるしかない」
 自分の言い聞かせるように呟く。今、この場で全力を尽くす。国王さえ殺せれば、後はどうなろうと構わない。
 国王を殺した人物。それだけは、わたしじゃなきゃいけない。そうなるために!
「お願い、模写コピー。力を貸して」
 剣のマナと、わたしのマナが共鳴する。振動が伝わる。
「コピーでどんなマナを真似ようとも、所詮は猿真似だ。本物でさえないものが、この私に通じると、本気で考えているのか」
「んなこと、百も承知よ」
 だけど、わたしにはこれしかないんだ。
 剣に宿した、いくつもの石たち。その力が、わたしの中に流れ込むような感覚。
 行く!
「はッ!」
 一挙に国王との距離を詰める。斬り結び、すぐ離れ、また剣と剣をぶつけ合う。
 勝機はない。だから結末も見えていた。
 徐々にわたしの剣が遅れをとる。純粋なスピードではさほど差がないように見えるところからして、単純な技量差だ。しかも、ギルフォードにはまだ余裕があるように感じられる。
 実際、悪魔の力を本気で使えば、こんなものでは済まないだろう。その気になれば、彼はいつでも首を落とせるに違いない。
 それをやらないのは、彼なりのためらいだ。わたしを殺すこと、それ自体に躊躇しているわけではないと思う。たぶん、リュートの二の舞を避けたいんだ。
 ウェアを皆殺しにすることは不可能じゃない。ただ、がむしゃらに、死力を尽くした獣たちを相手にすれば、どんな間違いが起きても不思議じゃない。
 その点、わたしが生きていれば、獣たちの怒りを少し減らすことができるし、うまくすれば矛先をわたしに向けることも不可能じゃない。
 だから、国王は下手にわたしを殺すことができない。わたしを生かし、利用するためには。
 そこに付け目がある。
「ふッ!」
 息を吐きながら剣を振るう。切っ先を絶妙にかわし、ギルフォードの剣がわたしを払った。
「ッ!」
 衝撃。バカでかい剣だけあって、重さも相当だった。紙一重でガードするも、全身がバラバラになりそうな痛みを受ける。
「足にきているぞ」
「重すぎ、んのよッ……!」
 まだ剣は握れた。懸命に噛みつく。
 わたしは、負けてもいい。わたしが生き残ることは重要項目じゃない。クロスが生きていれば、獣たちの立て直しも可能だ。
 未来を見たいわけじゃない。
「これが! 獣の意地よ!」
 右。左。左と見せかけて右。
 フェイントを織り交ぜた斬撃。綺麗に受け流されてしまう。
 可能な限り力は使わないように、優しく、テクニックだけで流して受ける。格上の戦い方。
「意地で、気概だけで勝利を得られるのであれば、誰も苦労などしない」
 軽い踏み込みと共に払われる剣。見えているし、さほど速いわけでもないのに、かわせない。受けるしかない!
「ぐッ……!」
 体重がなくなるような恐怖感。壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。わたしの手から、剣が滑り落ちる。
 ガシャリ、と足音が近づいてきた。顔をあげる余裕は、あまり残ってなかった。
「手加減はしたつもりだ。まだ意識もあるだろう」
「へ、え……。サディスト、ね、あんた。女いじめて、楽し、い?」
「戦争など、いつだって楽しくはないさ。だが、やらねばならん。だからやる。私は殺人狂ではない」
「――そりゃ、そうね」
 チャンスはここしかない。
 十分に引き付ける必要がある。重い口を動かし、なんとか国王を寄らせる。金臭い味がした。
「わたしを……、屈服させても、獣は止まらないよ。リュートがみんなを止めていた。あいつが、ゴーサインを出さなかったから、獣は動かなかった。
 今はもう、誰も止められないよ。あいつはいない」
「戦士を止めるものは死だけだ。そして、戦士であれば死ぬ覚悟もできているものだ」
「死にそうになって嫌がるのは、戦士じゃないからだって?」
 男は、みんな、そういうものなのだろうか。わたしには、よくわからない。
 生きるより大切なことはいくらでもある。でも、死ぬことに恐怖するのは、生き物であればみんなそうだ。
「ウェアが死をおそれないのであれば、与えるまでのこと。だが、その前に、お前に死なれても困る。アリス、治療を」
「はい、陛下」
 国王の重い足取りが止まり、軽い足音が近づいてくる。
「あんたらッ!」
 レイチェルが激高する声が聞こえた。走る音、弾く音。
 まあ、チューナーで勝負になるようなバケモノではない。
 視線を少しだけ持ち上げる。レイチェル相手にはあまり手加減しなかったらしい、なんとか立ち上がろうとしている彼女は、ただ一撃を受けただけのはずなのに、遠目にも足が震えていた。
「やめ、なさいっ……!」
「言っただろう、レイチェル。私は彼女を殺すつもりなどない」
「利用するつもりでしょうが!!」
 レイチェルの叫びが響く。
「あんたらの都合で、どれだけの人間が利用されたと思ってんの!? 必要だった、そうしなきゃいけなかったって理屈をつけて!
 利用する側はそりゃいいでしょうよ、痛みなんかない! でも、利用された人間は死ぬまで痛いのよ!? 忘れられっこない! あんたらのプロパガンダに、エリアを利用するなんて! そんなの許さないから!!」
「では、どうすると言うのだ。君には彼女の代わりはできないだろう」
「だから何よ!」
 ……レイチェル。
 わたしは、いい友達を持った。
「その通りよ」
 ギルフォードの視線がこちらに向いた。
「誰も、誰かの代わりにはなれない。リュートの代わりはいない。わたしは、あいつの代理にはなれなかったもの」
「――?」
 ガシャリ、とわたしの前に立ちはだかった王。わたしのやることは、決まっていた。
 剣に手を伸ばす。それを阻むように、王様の足が伸びた。
「むやみに殺すつもりはないが、反撃されても困る。武器は預からせてもらおう」
 ギルフォードはわたしの、リュートの剣を手に取った。
「よい剣だな。ノルンの剣を、レイチェルが鍛え直したのか? マナを埋め込むとは恐ろしい発想だ」
「ん、そうね、天才よ。あの子は」
 レイチェルのおかげで、わたしはこの剣を手に入れた。この剣がなければ、わたしは万が一にもギルフォードに抵抗などできず、結果的に、ここで倒れることもなかっただろう。
 そういう意味じゃ、疫病神かもしれない。いや、疫病神は、わたしの方か。
「そうね……、ごめんね、リュート。レイチェル」
「む?」
 見上げた先。わたしたちの敵は、そこにいた。
「リュート……、あんたが始めたことでしょう。あんたが、ケリつけろ! この大バカ!!」
「!?」
 剣が、わたしの叫びに応じてくれた。
 国王の左手から、血が溢れる。



 
戻る