生まれる隙は、ほんの一瞬。けれど、その短い時間が、わたしにとってはやけに間延びした感覚だった。
 ギルフォードがわたしの剣を手放す。落ちる途中の剣をひっつかみ、そのまま動揺を隠しきれない王に向かって剣を振るう。
「ッ!」
 直前で気付き、回避に移るも、時すでに遅く。
 わたしの直剣は、王の右腕を剣ごと奪い去った。
「ぐッ……!」
 そこで、さすがと言うべきか、彼はわたしと距離を置いた。その間隙を埋めるように、国王を背中にアリスが立ちはだかる。
「……生きた剣の寓話は読んだ覚えがあるが、なるほどな、まさにその剣は生きているというわけか」
「あなたが気に食わなかったんでしょ」
 剣についた血を振り払う。柄の血は、さすがに拭いようもない。
「予想外だったよ。だが、予想しておくべきだった。まさか、柄から刃が飛び出す仕組み・・・・・・・・・・・・だったとは」
 お父さんの考えだした、そしてそれを発展させたレイチェルの作品は、マナの力を必要とせずに武器の形を変形させる。それを、極端に変えたのがこの剣。理屈だけで言えばヴィンセントの変化する剣と同じものだ。
 実際に使う機会があるとは思っていなかった。だけど、わたしの能力が武器に依存するものであるだけに、武器を奪われる可能性だけは考慮していた。だから、こういう仕掛けを組み込んでもらったわけだけど……、それが功を奏した。
「一矢、報いてやったわ。次は命を貰う」
「させません」
 アリスが飛び出す。両手にはダガー。
 彼女の動きは軍人のそれに近かった。だけど、どこか違う。当然だ、彼女はただの人間に過ぎない。
 ギルフォードと比べると隙があるし、何より――。
「遅い!」
 加速と強化を利用し、アリスの横に。慌てて振るわれた一刀を弾きつつ踏み込む!
「ちょっと寝ててね」
 手加減なんてしなかった。
 思い切り横薙ぎに振り払う。強い衝撃と共に、アリスの体が吹っ飛んだ。その後を確認している余裕はない。
 そのまま剣を構え直し、
「王族を、舐めるなッ!!」
「!!」
 直感でヤバいと感じ、剣を引き戻す。衝撃は、かろうじて刀身で受け切れた。
 滑る。足の裏が焦げついた感触。
「衝撃波……、そういえば、悪魔はそんなものも使えたわね」
 思い出す。連中は、奇怪な叫びと共に、目には見えない衝撃波を打ち出せていた。リュートも、あれには苦戦していたように思う。
「剣を失い片腕を失おうとも、この命、やすやすと取らせるわけにはいかん」
「そうね、こっちも簡単にできるとは思ってないけど」
 横目でアリスの様子をうかがう。彼女はふらふらになりながらも、なんとか体を起こしていた。
「レイチェル! アリスをお願い!」
「あんた人使いが荒い!」
「今さらでしょ!」
 後顧の憂いは他人に任せ、わたしは王に向かって突撃する。
「ふん!」
 残った左腕も傷ついているのに、そんな痛みは感じさせない動きで、ギルフォードは衝撃波を放つ。
「邪魔くさいッ……!」
 剣で衝撃を弾く。目には見えないぶん、厄介だ。感覚でしか弾くことができない。
「どうした!」
 逆に向こうが飛び込んできた。
「ちッ!?」
 剣はなくとも拳がある。そう言いたげな格闘術。間合いが狭くなったうえ、片腕しかないとはいえ、その風圧から感じられる威力は……。とても受けたいとは思わない。
 この人は、どこまでも王族なのだ。最後まで、死ぬ瞬間まで諦めるわけにはいかない。あるいは、それが人の意地。
「意地だけで動くならば、苦労はしない。あなたが言ったことよ、ギルフォード」
「私は常に勝利するつもりだ」
「……そう」
 とはいえ、実際問題、互角にもまだ至っていない。どちらが強いという話をするなら、たぶん国王はわたしよりも強い。腕を失い、武器を失ってなお。これが魔人というもの、というわけか。
「ぬん!」
「くっ!」
 衝撃。かわしきれず、受ける。目の前まで迫られるのを防げない。
「はッ!!」
 突き。なんとか避ける。髪の毛が散った。
「っるァ!」
 体のひねりを利用し、剣を叩きつける。ギルフォードは隻腕でガード。
「ッぅ!?」
 蹴り飛ばされた、というのを後になって気付く。片腕でのガードといい、なんて器用な人だ……!
 勢いを殺さず、むしろ利用するようにして転がる。なんとか距離を稼げた。
「はぁ、はぁ、ったく!」
 厄介だ。これ以上ないほどに。飛び道具もそうだし、パワーもそうだし、格闘センスもそうだし。どれかが突出しているわけじゃなく、全体的なレベルが高い。隙がない。
 何か、何かないだろうか。もっと彼を弱らせる方法。
「――!」
 頭を回転させ、ふっと思いつくことがあった。
 そうだ、彼は悪魔との融合を果たしたと言っていた。実際に衝撃波も使える。
 問題は、どこまで悪魔の性質を受け継いでいるか、だけど……。それは、やってみなければわからない。
「……」
 わたしは剣を片手で構える。じりじり、と間合いを測りつつ、隙をうかがう。
 何回もできる作戦じゃない。一発勝負だ。
 だけど、わたしが考えた通りなら……、これで、確実に刺せるようになる。
「何か思いついたようだな」
「あら、そう見える?」
「人の顔を見ればわかる。今のお前は、何かをしでかしそうな顔だ」
 腹芸は得意技ってわけじゃない、と。
「ひと勝負、か。いいだろう、受けてやる」
 あくまで、『受ける』側。彼はいつだって迎え撃つ側だ。
 侵略者は、わたしたちの方。
「余裕ぶっていられるのも今のうちよ」
 わたしはポケットに手を入れた。中のものを掴み、力を込める。細い部分がひび割れる感触を確かめ、わたしはギルフォードをにらむ。
「なら、受けて……、みなさい!」
 剣を片手に駆け出す。加速、背後に回り、ポケットから道具を投げる!
「ふん!」
 放たれる衝撃波。その時にはすでに、隣に加速移動している。弾かれる筒を横目に、わたしはさらにポケットのものを投げつけた。
 それは、小さな瓶。
「ッ!」
 紙一重。ギルフォードは小瓶をかわす。
 ただ、かわしても瓶の蓋は割ってある。中身は王に降りかかった。
「な、んだ……? 酸ではないのか……、ッ!?」
 それはまさに劇的な変化だった。
 かかったとは言っても、そう多い量じゃない。なのに、ギルフォードは立っているのも苦しげで、実際に膝をついた。
「こ、れは、なんだ……!?」
「ただの水よ。川の、だけど」
「水? バカな、そんなもので?」
「知らない? 悪魔は川を越えられない」
 王様はお風呂に入っているようだし、飲み物も普通に飲んでいた。だから、ただの水は大丈夫なんだと思う。
 でも、川の水は?
 もともと、悪魔が超えられないというのは、川や海の水だ。それを避けている。
 そこらの水は大丈夫だけど、川の水だけはダメかもしれない。その可能性に思い当たった時、ためしてみたくなった。
 結果は、予想以上。
「おしまいよ、ギルフォード」
 剣を突きつける。絶対的な死を前に、ギルフォードの瞳はいまだ敗北を認めていないように見える。
 敗者の目ではなかった。
「――エリア。お前は、この先に何を望む」
 すでに王様は見上げることしかできない。それが、少しだけあわれだった。
「さあ。先になってみてから考えるわ」
 両手で剣を握り、思い切り振り抜く。
 魔人の首は、簡単に斬り落とせた。



 
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