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「せんせー!」 机に向かって書類を読んでいると、舌っ足らずな声と共に、小さな少年が飛び込んできた。 「あら、ポール。どうしたの?」 学校で預かっている子供のうちの一人だ。特に活発で、すぐどこかに行ってしまうから、私もよく記憶している。 「せんせ! エリアがおーさまころしたってほんと!?」 「あら。そんな話、誰から聞いたのかしら」 「アディせんせ!」 ポールは子供たちの面倒を看ている先生の名前をあげた。おしゃべりな先生だ。後で叱っておかないと。 「そうねえ、本当のところは、先生にもわからないわ」 実際、あのエリアがそんな大それたことをしたとは、今をもって信じられない。だけど、伝え聞く話は、間違いなくそうなっていた。 あの日。夜半に起きた、人と人ならざる者の争い。その頂点に立っていたのは、エリア・ダルクハルトであると。 私自身、エリアの姿を見たわけでもない。ただ、その噂は、真実らしい。 あの子がそんなことをするようには思えなかった。もしも彼女がそうしたのなら、それだけの変化があるような出来事が起きたのかもしれない。 人が生きれば、そういうこともあるかもしれない。ただ、何の相談もなかったのは、少しだけさびしかった。 みんな、大人になっていく。 「エリアがおーさまころしたってことは、エリアつかまっちゃうの?」 「あら、どうして?」 「だって、ひとをころすのっていけないんでしょ?」 子供は純粋だ。ポールの瞳には疑いの欠片もない。 「そうね、人を殺すのはいけないことよ」 だから、私は教師として、教えるべきことを教えよう。 「でもね、エリアは捕まらないわ」 「なんで?」 「そうね……。たとえば、ポールのお友達がいじめられていたとするわね。その時、ポールがいじめっことケンカするのは、悪いことかな?」 「えっと、いいこと……?」 「答えはね、いけないことなの。ケンカで解決しちゃだめ。先にお話をしないとね」 「そっか、そうだね」 「でも、先生はポールを怒らないわ。やり方はよくないけど、お友達を助けようってすることは、いいことだものね」 「うーん……?」 「エリアも同じことをしたの。誰かのために、誰かのためにならないことをしたの」 「……?」 まだ子供には難しい話だと思う。だけど、この子たちには、いずれ学んで欲しい。 彼女の選択肢は間違っている。それでも、彼女が作り出したこの世界を、歓迎している人もいるだろう。 それぞれの立場があり、それぞれの損得がある。悪はなく、正義もない。そのことを学べば、世界はほんの少しだけ変わるように思うから。 「つまり、エリアはわるいの? いいの?」 「それを考えるのがみんなのお仕事よ」 「えー」 「大人になると、みんなが自分で良いことと悪いことを考えなければいけなくなるわ。だから、今の間に練習した方がいいのよ」 「うーん、そうなの?」 「そう。ほら、お友達とお話してみなさい? どんな結論になってもいいわ、みんなの答えが出たら、また先生に教えてね」 「はーい!」 ぱたぱた、とポールは部屋を出て行った。きっと友達と議論を交わすだろう。 答えはなんでもいい。正解なんてない。そうやって、話をすること、考える力を育てることが子供に必要なこと。 「……エリア、か」 あるいは、大人にも必要なのかもしれない。彼女は、それを身をもって教えてくれたのだ。 私は椅子に座り直し、また書類を手に取った。 静かに時間は過ぎていく。 |