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私室で本を読んでいると、声がした。 「陛下」 呼ばれ、顔をあげる。見知った暑苦しい顔がそこにあった。 「その、陛下ってのやめてくれない? わたしは王様じゃないんだから」 「だが、我々が国として名乗りをあげる以上、トップは必要だ。そして、実務はともかく、頭を名乗るのは君だろう?」 「なら他にも色々とあるでしょうが。姉御とかエリア様とか。ほら、様付けて言ってみ?」 「それはそうと陛下。他国の動きだが……」 「華麗にするーしやがったわねクロス。で、他の国がなんだって?」 クロスと会話を続けながらも、頭の中はほんの一ヶ月くらい前のことが占めている。 わたしたちは、勝利した。犠牲を払って。 今回の襲撃で命を落とした仲間は少なくない。あれだけ派手に仕掛けたのだから、死なない方がおかしいのかもしれない。 国王は死に、この国は新たに獣たちが支配する国となった。もちろん、人間を皆殺しに、なんてことはしていない。 わたしたちの目的は、こうして街に、悪魔におびえることもなく、胸を張って生きられる場所を確保することだ。決して虐殺じゃない。 ただ、まあ、それを信じてくれない人は多いわけで。大半の人間は軟禁状態にしてある。確かに、ウェアたちの外見いっぱつ、すでに信用とは程遠い場所にある。コウモリはただの人間だけど……、そもそもコウモリが一般社会では信頼されていない存在だ。 他にも問題は山積。たとえば、この諸外国に対する対応に関してもそう。 大半の国は、少なくともトップクラスならば、ウェアの存在は知っているはずだ。だけど、ここまで大きな動きをするとは考えていなかったはず。どこも国内には『調査中』というお触れを出したきりだけど……。 「やっぱり交渉でどうこうできる雰囲気じゃないわけ?」 「想定通りではあるがな」 クロスの言う通りだ。わたしたちは、平和的な交渉抜きに、いきなり仕掛けた侵略者。おまけにトップは国王暗殺犯。そりゃ交渉で平和的に解決〜、なんていまさら言っても誰も信じてくれないだろうと思う。 「まあ、焦ることないわね」 「ふむ。随分と泰然としているのだな」 「んー、まあね」 ここで、すぐに誰かが死ぬわけじゃない。何がどうなるわけでもない。 他国だって、すぐさま戦争を仕掛けることはできないだろう。ウェアの戦闘力は見せつけるだけ見せつけた。他の国だって、おいそれと仕掛けることはできない。 特に、帝都の周囲は開けている。隠れる場所もないとなれば、正面突破以外に方法はない。挙兵だって時間は必要だろう。 つかの間の平穏だけは手に入れたんだ。 「とりあえず、他にも国内でやることあるでしょ? 先にそっち任せるわ」 「だが、他国をないがしろにはできんぞ」 「こっちが何を言っても、向こうからすれば信用できないでしょ。慌ててもしょーがない、ってね。じゃ、ちょっとわたしは用事があるから」 「おい、エリア!」 席を立ち、私室を出る。クロスは追ってこなかった。 廊下を歩いていると、窓が見えた。ふと思いつき、外を眺めてみる。 王城からは街が十分に見渡せた。遠くの城壁まで。 城下町は、あれだけの戦闘があった割には、比較的きれいなままでいると思う。無事な家も多い。壊れた家々も、ウェアたちが協力して再建している最中だ。 人間の大半は、戦闘力なんてない、一般市民だ。そのため、派手な動きをしない限りは、特別な監視や束縛を置いていない。危険だ、とか、監禁すべきだ、って意見もあったけど、わたしは反対した。 わたしが人間だから、じゃない。そうすべきじゃないと思ったから。少なくとも、リュートはそういうことを望まなかったように思う。 コウモリたちは虐げられて育ち、死んでいった。それと同じことを繰り返しても仕方ない。それは、わたしの気持ち。 「エリアじゃない。こんなところで何してんのさ」 「ん、レイチェル?」 廊下の反対側から、直情的な友人が歩いてきた。彼女は、ここ一ヶ月で少しだけ痩せたように思う。 その隣には、袖をたらした少年もいた。 「こんにちは……」 ラウルは疲労を隠すように笑みを浮かべた。 彼は、旧王制の人間だ。それでもレイチェルが強硬に進言し、いまや彼女の補佐官みたいな役目になっている。 「いいわねえ、あんたは。ふらふらしている余裕があんだから」 「何を言ってんのよ超いそがしいわー、ああ忙しい」 「テメエぶん殴ってやろうか」 レイチェルの隣で、ラウルは苦笑を浮かべている。その姿がなんとなく懐かしくて、かえって心が痛んだ。 「ラウルはどう? ちゃんと寝てる?」 「……意地の悪い質問ですね、それは」 顔を見れば、眠れていないのはすぐわかった。 ラウルはため息をつき、 「軍属になった時点で、知り合いが多く死んでいくのは覚悟の上でしたが……。これほどとは思っていませんでしたからね」 「でも、あなたは生きているんだから。前を見て生きなきゃね」 ラウルはちらり、とわたしを見上げる。 「あなたはできますか?」 「――意地の悪い質問をするのね、あんた」 「お互い様です」 これだけの口がきけるなら、まあ十分だろう。時間は少しかかるかもしれないけど、彼はいずれ立ち直る。それは、レイチェルという底抜けに明るいバカのおかげかもしれない。 「エリア。あんたすっげー失礼なことを考えなかった?」 「何の話?」 「……。あんた、ときどきムカつくわね」 レイチェルは気を取り直すように髪をかきあげ、 「そうだ、時間があるなら、あたしに付き合わない?」 「構わないけど、どこか行くの?」 「ううん、王城の中。だからクロスにも叱られないんじゃない?」 クロスは、わたしが外を歩くといい顔はしない。それもそのはず、わたしは前国王を殺害した張本人だからだ。今はよく我慢しているけど、わたしという、明確な怒りの対象を見た時の反応はどうなるのか……、想像したくない。 「ま、城の中なら大丈夫かな。どこに行くわけ?」 「地下」 さらりと答えたレイチェル。それだけで、わたしは行き先がなんとなく想像できた。 王城の地下には牢屋がある。罪人を幽閉しておく場所だったのだろう、辛気臭く、空気もよどんでいるように思う。 そんな場所に、彼女がいた。会いに来るのは、王城を陥落させて以来、初めてのことだった。 「……何か」 檻の中にいる彼女は、猛禽を思わせる目付きでわたしたちを見上げた。 「そう睨まないでよ、アリス」 「よくまあ、そんなことが言えたものね」 「厚顔でなきゃ生きていけないでしょ?」 ふん、と鼻を鳴らすアリス。入浴くらいは許可しているせいか、囚人のようにくたびれた感じはない。 「仕返しのつもり? リュート・クリスティを殺した腹いせに」 「まさか。でも、そうね、わたしは直接的にあなたの大切な人を奪ったわけね」 アリスにとって、国王が特別な人間だったというのは、想像にかたくない。それを、よりにもよって目の前で殺したのだ。恨まれても仕方ない。 ところが、意外なことに、アリスはどこか悲しげに顔を伏せた。 「……陛下は、服を着る時は常に自分でやっていたわ」 話が読めない。わたしが口ごもっていると、返事など期待していないのか、アリスは勝手に語り出す。 「陛下はコウモリであることを常に隠して生きていた。何をするにも、常に私の手を借りなければできなかった。だからこそ、せめてマナを使わないような事柄は、自分だけの手で成すことを望んでいた。素の姿を見せるのは、私の前でだけだったわ」 「それで?」 「ようやく、ギルフォードは休めるの。偽りなく」 顔を持ち上げたアリスの目は、少し赤かった。 「感謝なんてしない。だけど、恨みもしないわ」 「ふう、ん」 それだけを返すのが精いっぱいだった。 なんて、強い女性。 そのままアリスは、わたしの後ろに視線を送る。 「ラウル……、聞いた限り、あなたはそれなりに自由ができるようね」 「はい、アリス様」 彼の中ではいまだにアリスが上官なんだろう。アリスの、言いかえれば国王直属のスパイだった彼にとって、彼女は上司だ。 「好きにしなさい。すでに陛下は亡くなられた、私はあなたの上司でもなんでもなければ、あなたも軍人でもなんでもないのだから」 「はい、アリス様。ありがとうございます」 膝をつき、頭をたれる。 そんな彼を見つめながら、アリスは言葉を続けた。 「それと」 「……?」 「今まで、ごめんなさい。あなただけに背負わせてしまったわね」 ラウルは顔をあげなかった。 きっと、あげられなかったのだろう。 「――勿体ないお言葉です、アリス様」 なんとか、それだけを絞り出していた。 |