レイチェルたちと別れたわたしは、中庭の方に出てみた。
 ここには、まだ撤去しきれないガレキが集められている。もっとも、大半はミントの崩した城壁だ。
 そんなところに、狼面の仲間がいた。
「ヴィンセント」
 振り向いた彼。ここ数日で、彼はどことはなしに老けたように思う。狼の顔をしているから正確な年齢なんかわかるはずはないのに、どこかしらに老人みたいな雰囲気が漂っている。
「なんだ、エリアか」
「こんなところで何をしてるの?」
「黙とう」
 そう言って、ヴィンセントはガレキの山に目を向ける。
「昔はよ、このくらいの力を持ったウェア、結構いたんだぜ? だから、あれだけいやがった悪魔どもを殲滅できたんだ」
「あれだけ、って言われても、わたしはその時代を知らないんだけど」
「知ってたらおかしいわな。
 ……ウェアは森の木々をぶっ倒し、山の形を変える能力があった。一方で、そんなバカみたいな力を出せば、いくらなんでも体に負担はかかる。そうやって、早死にした仲間も少なくねえ」
「――あんたも、できるの?」
「いや」
 狼の口元には苦笑が浮かんでいた。
「そんな力は持っていない。だから生き残れたのかもしれねえ」
「前に一線級じゃない、みたいなことを言っていたけど、そういう意味なのね」
「ああ。オレは武官だが、最強じゃない。ただ、手慣れているってだけだ。無駄に長生きだからな」
 ヴィンセントの目は遠い。遠く、昔を見ている。
「ガルシアたちも強い。今の世代にしちゃあ、な。けど、言っちゃ悪いが昔の世代とは比べられない。あいつがいくら強いって言っても、それは人間と比べてって話だ。昔のウェアと比べてじゃない」
「だんだん人間に近づいているみたいね」
「……そうかもな。どんなに生きても、オレたちは人間なのかもしれねえ」
 ウェアも人。
 その言葉は、全ての獣たちを救っているような気がした。
「ヴィンセントはこれからどうするの?」
「あぁ? どうもしないさ。今まで通りだよ」
「一応、革命は成功したのに?」
「言っただろ。オレはもともと興味がない。リュートに乗っただけさ。今まで通り、気に入った奴のために剣を振るい、気に入らない奴に剣を向ける。そういう生き方してきちまったからな、これからもそうするしかない」
「じゃ、今のおきにいりは?」
 ヴィンの瞳がこちらを捉えた。じっと見返す。真実は、あんまりよくわからない。
「内緒だ」
「……ふうん」
「んだよ、文句あんのか?」
「別に。あなたがしたいようにすればいい。リュートはそうさせたでしょ?」
 虚をつかれたように押し黙ったヴィンセントは、そっぽを向く。
「ちっ、わかったような口ききやがって」
「なんでもわかってるのよ、お姉さんには」
「うるせえ、オレからすりゃ、お前はまだちんちくりんのガキだよ」
「ふふ、そうね」
 彼は自然体で、少しだけ安心した。
「ああ、そうだ。ガルシアがお前に用事あるとか言ってたぜ?」
「ガルシア? なんだって?」
「さあな。本人に聞けよ。たぶん、門のあたりにいるからよ」
「ん、了解」
 街に出て怒られないだろうか。
 ちょっとだけ考えたけど、用事があるんだし、クロスなら別にいいやと思い直した。

 お城から、海とは反対側の方向に歩き、街を抜けると城壁がある。奇襲の時、ここを通ったのは鳥だけだったから、特別に崩れた様子もない。
 そんな中に、ガルシアの大きな体があった。他のウェアたちに指示を飛ばしている。
「ガルシアー」
 呼びかけると、トカゲの長は振り向いた。顔の半分弱が包帯で隠れていた。
「ああ、エリアか。探したぜ」
「ん、どうしたの」
「街の再建なんだが、建材も人手も足りねえ。人は捕虜の人間どもを使ってもいいが、建材ばかりはどうにもならん。森か何かで調達するか?」
「まあ、他の国に頼むわけにもいかないしね。てか、そういうのって、わたしに相談すること? クロスあたりに言わなきゃしょうがないでしょ」
「んなことはわかっているさ。ただよ、名目ではお前が頭だぜ。話を通さないわけにはいかないだろう。何かあったら、まずはお前に質問がいくんだぜ?」
「何かって何よ」
「色々とあるだろうがよ。ま、そういうことだから、森あたりに調達にいく方向で話を進めておくぜ」
「あい、了解」
 ふと、ガルシアの顔を眺める。
 ガルシアの顔を覆っている包帯は、目を隠すためのものだ。戦いのさなか、彼は左目を傷つけてしまった。
 医者代わりのウェアいわく、完全に失明することはないだろうけど、視力はだいぶ落ちるとのこと。
「……なんだ」
「ん、別に?」
 ガルシアは顔に手をやり、
「これが気になんのか? お前が気にすることじゃないだろう」
「まあね。どう? 慣れた?」
「もともと、それほど問題じゃねえ。トカゲってのは目だけで物を捉えているわけじゃないしな」
「へー、そうなの?」
「知らなかったのか? トカゲは熱の動きとか空気の動きに敏感なんだ。暗闇の中で敵と戦うことだってできる。ましてや日常生活くらいなら、そう問題にはならん」
「ふうん」
 口ではそう言っているけど、実際のところ、問題にならないわけがないと思う。熱に敏感といっても、じゃあ手元を見る時はどうするんだって話で。
 それでも、そういうことを口にしないのは、ガルシア流の強がりなんだろうか。あるいは、優しさ?
「戦争だったんだ、怪我のひとつで命を拾ってんなら、儲けもんさ。死んだ連中もいるんだ」
「そりゃあ、ね。たくさん死んだわ」
「こっちが死ぬのは、ある意味で仕方ないことだけどな。仕掛けたのはこっちだ。
 ――そういや、新しい鳥の長は決まったのか?」
「ううん、まだ。今は山に残った連中と連絡を取ってる。でも、たぶんこっちに来ているメンバーから選ぶことになるだろう、って」
「妥当って言えば妥当なところだな」
 ミントを失って、鳥は泣いた。だけど、次の日にはケロッとしていて。淡白なのは鳥の性質と知っていても、少し驚いた。むしろ、他のメンバーがぐちぐちしているくらい。
 そういえば、ガルシアもその一人だったか。
「ガルシアは、ミントのことをどう思っていたの?」
「どうってなんだよ」
「だからぁ、そういう感情よ」
 むぐ、と口をつぐむ。見下ろす瞳が、わたしをバカにしている気がした。
「あのな、俺とあいつは親子以上に歳が離れているんだ。そういう関係じゃない。お互い長だから話をする機会は他より多かったかもしれねえが」
「そういうもんですかい」
「そうだよ。だが、まあ、一言だけ言うなら……、バカ、ってところだな」
「バカ?」
 確かに頭の悪い子だったけど。
「たぶんお前が考えているのと違う意味だな。戦争で死ぬなんて、ろくな死に方じゃないさ」
「ほーう」
「……なんだ」
「意外だな、って。初めて会った頃のあなたなら、自ら進んで特攻しそうな勢いだったけど」
「……」
 ごり、と首筋をなでるガルシア。
「俺は今まで戦争らしい戦争は経験してきてねえ。そりゃ戦いはいくらでもあったし、その過程で死んだ仲間もいたが、ここまで大規模なものじゃなかった」
「初めての戦争でビビった?」
「言い方はムカつくが、そんなところかもしれねえな」
 実は、そういう話をしていたのは、ガルシアだけじゃなかった。
 今までは血気盛んだった若い部類のウェアの中に、おとなしくなった人がいる。あれだけの地獄を見た後、もう一度、自分たちの手で起こそうという気はなかなか起きないのかもしれない。
「どうせ次の戦争も起きるんだろう? その時は、なるべく殺させないようにしてやるさ」
「この間もそうだったじゃない。なんだかんだで、あなたも長なのね」
「ああ……、いや、当たり前だな」
 彼らは生き伸びた。でも、本当の地獄はこれから始まる。
 長い時代になる。その中で、丸くなった彼らは生き残れるんだろうか。
 少しだけ、心配になった。



 
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