その部屋は、バスケットコートくらいの大きさがある部屋だった。何もない、ただ空間が広がるだけの部屋である。 リナとシルヴィアは、そこで正面から対峙している。リナは両手を胸の前で合わせているし、シルヴィアは両手で光のハンマーを握りしめていた。 「行っくよー、シルヴィア!」 声をかけ、リナは両手を開き、炎を放つ。シルヴィアは動きをそれぞれに変えて飛んで来る矢をじっと見つめ、タイミングを合わせてハンマーを振るった。 ハンマーの強力な一撃は炎の矢を吹き散らす。だが、一本だけ消しきれず、残った矢は正確にシルヴィアに向かって飛んできた。 「ふっ!」 シルヴィアはそれを、転がってかわす。外れた矢は床に突き刺さり、弾けて消えた。 その様を見つめ、リナはため息すら混じった声で言う。 「シルヴィアぁ、まだまだ狙いが甘いわよぉ? あたしは五本しか出せないけど、もしたっくさん出せる相手だったらどうするのよ」 「それを言うなら、あなたこそ。わたくしは今のままでも負ける可能性は低いですわ。けれど、あなたは今のままでも負ける可能性があるんですもの。もっとレベルアップしないといけませんわね」 「むう。それはそうだけどさ、そうそうできたら苦労はしないわよ」 「もちろんですわ。むしろ、そんなあっさりとやられたら、わたくしの立場がないですわよ?」 立ち上がったシルヴィアは、ハンマーを消し、服をぽんぽんとはたいた。 ここは学園生徒が戦いの練習をするための場所。地上七階、地下にまで広がる建物の名前は修練塔。壁や床、天井などは能力によって壊れない設計になっている、特別な場所だ。学園の生徒たちは、ここで技をみがく。 ふたりが今の攻防から、今後の問題点を言い合っていると、ドアが開いた。 「リナ、シルヴィア。そろそろおしまいにしない?」 部屋に入ってきたのは、メイだった。軽く息が切れているのは、ここが五階だからだろう。体力バカのリナやシルヴィアと違い、メイには普通の女の子よりも低いくらいの体力しかない。 「えー? もうそんな時間?」 リナが腕時計を見ると、時間はもう、七時を回っていた。戦いに夢中になっていたせいで、時間の感覚がおかしくなっていたらしい。 「ですわね。じゃ、行きますわよ、リナ」 「んー、しょうがないな……」 まだ暴れ足りないと顔の全てで語りながらも、リナは首を縦に振った。 リナがシルヴィア、メイと共に食堂に行くと、中心近くに人だかりができていた。 「……何、あれ」 よくよく見れば、集まっているのは女子ばかりだ。生徒も教員も、そこにおいては差がない。あまりに人が多くて、その中心に何がいるのか、見ることさえできなかった。 「あれは、ラルス様のファンクラブですわね」 シルヴィアはメンバーの顔を確認し、答えた。 「ラルスの? ファンクラブなんて本当にいたんだ」 「バッ――!」 シルヴィアが注意するよりも早く。ざかざかざか、と三人ばかりの女子がこちらをにらみ、近寄ってきた。 「やってくれましたわね、リナ」 「あ、謝ったらなんとかなるかな?」 「え? え?」 状況が理解できていないリナの前に、女子たちは立ちはだかった。 「あなた。今、なんて言った?」 「え? あ、そっか。ごめんごめん、言い間違えただけ」 リナは顔の前で手刀を切ってみせた。以前、シルヴィアに『ラルスを呼び捨てにするとファンクラブがすっ飛んでくる』と注意されていたのを、すっかり忘れていたのだ。 ファンクラブ会員は疑わしげにリナの顔を見つめ、視線を徐々に下ろしていく。そして、胸のあたりで視線は止まった。 しばらくそこを見つめ、会員は鼻を鳴らした。 「まあ、いいわ。あなたならラルス様も相手になさらないでしょうし」 「ちょっと待った、それはどこを見て判断したの?」 今度はリナが反抗しようとするが、それはメイとシルヴィアが止めた。 「リナ。ここはおとなしくしたほうがいいですわ」 「ケンカはまずいよ、リナぁ……」 ふたりの顔を見つめ、仕方なく、リナは引き下がった。会員たちはリナを一瞥し、その場を立ち去った。 「もう。なんなのよ、あれ」 「あのファンクラブとは関わらないほうがいいですわ。それこそ、冗談なんて通じない人たちですもの」 「ったく、もう。やけ食いでもしちゃおっかな」 「リナ、それをやると後で泣くよ」 リナはメイの言葉も聞かず、人だかりをにらみつけていた。 任務のため、ゲートルームに向かうリナは、背中に痛いほどの視線を受けていた。下手をすると、実際に刃物でも飛んできそうな勢いだ。 リナがちらりと横を見ると、三人ばかりの女子生徒がリナをにらんでいた。リナと視線が合っても、そらすどころか、ますます強くにらんでくる。 「ああ、もう。今日は厄日よ」 「まーまー、そう言わず。オレ、これでも人気者なんだぜ? そんなオレと一緒にいられる。これってラッキーじゃない?」 「そのおかげで迷惑しているんでしょうが」 リナがにらむと、ラルスは軽く肩をすくめてみせた。 今日の任務は、よりにもよってラルスとの合同任務。どこをどう伝わったのか、その事実はファンクラブにも伝わっているらしく、リナは朝一で『ラルス様と任務を行う際の諸注意』とやらを二時間近く受けている。不機嫌になるのも、無理もない。 「さっさと現世に行くわよ。でないとうるさくってしょうがないんだから。本当に現世まではついて来ないのよね?」 「もちろん。オレ、任務の時に誰かをかばったりするの、苦手だからね。現世には来ないようにって言ってあるし、たぶん大丈夫だよ」 「たぶん、なのか、絶対、なのか、どっちなのよ?」 「さあ。それは、彼女らがオレに嫌われたいかどうかにかかっているんじゃないかなー?」 「じゃあ、早く歩きなさい」 ラルスの返事も待たず、リナは足早にルームに向かう。 ゲートルームにまで入ると、他人の目は感じられなくなった。リナはほっとしつつ、扉を開く。 出た場所は、廃ビルの中らしい場所だった。地下室らしく、窓はない。床の上にはアルコールの缶やら、雑誌やらが転がっている。若い連中のたまり場になっているのかもしれない。 「今日は当たりかなー。最近、こっちの運だけはいいわね」 「何が?」 ラルスは聞くが、リナは答えず、そのまま地下室を出て行った。ラルスは軽く頭をかき、その後に続く。 「ねー、リナちゃん。ちょっとはさ、なかよくしよう? でないと、任務にもならないじゃないか」 「あんたねー、そういうセリフはちょっとくらい自分の行動と言動と立場を反省してから言いなさいよ」 「……ちょっと多くない?」 廃ビルを出たところでくるりと振り向き、リナは怒りの表情を向けた。 「あたしが仮にあんたとなかよくしてみなさいよ。学園に帰ったら、あたしはとってもスリムで美白な女の子になっちゃうわよ」 「それはいわゆる、白骨というヤツだね」 でもなあ、とラルスは続ける。 「オレだって好きでファンがいるわけじゃないし、このままじゃ任務にならないからね。君が好きでなかよくしたいとかじゃないんだから、大丈夫じゃないかな?」 「そりゃ、あんたはいいわよね。ダメージないもん。こっちは自分の身を守るためなんだから、ちょっとくらい協力しようとしなさい」 はあ、とため息がもれる。 「あーあ。なんであたしがファンクラブ持ちの人気者と組まなきゃいけないのよ」 「それは、オレのせいじゃないからね。決めたのは学園だし」 「そう、それが問題よ。だいたい、男女ペアなんて普通じゃないじゃないの。どうしてあたしだけがこうなるわけぇ?」 「それだったらオレも同じなんだけど」 たぶん、と前置きし、ラルスは言った。 「リナちゃんは学園でも最低に近いレベルだからね。最高レベルのオレと一緒に戦わせることで、レベルアップを図りたいってところじゃないかな」 「何よ、それ。能力のレベルアップに、戦うパートナーなんて関係があるの?」 「ないよ。ただ、自分もああいう風になりたいって思うかもしれないだろ? 心構えが違うと、レベルアップのスピードはかなり変わるもんだよ」 「あたしは十分に努力してますー。レベルアップが遅いのは、単に才能がないだけよ」 「そこまでハッキリと言う人も珍しいよね」 ふと、ラルスはポケットから懐中時計を取り出した。 「異常能力者を発見。東、だね。ちょっと遠いみたいだから、急がないとまずいんじゃないかなー?」 ラルスはためすように見上げる。リナは舌打ちすらしかねない勢いで、けれど、きちんと声をかけた。 「じゃあ、急ぐわよ、ラルス。あたしたちがケンカして、そのせいで誰かが迷惑を受けるなんて、イヤだもん」 「いやー、君はほんとーに真面目だねぇ」 リナには、ラルスのその言葉が、なんとなくバカにされているように感じた。 |