「近いよ」
 ラルスが声をかける。リナも、無言でうなずいた。
 場所は繁華街はんかがいのど真ん中。昼間であるためにどの店もシャッターが閉まっており、当然ながら人の姿はない。動く影と言えば、住みついているらしい猫くらいなものだ。
「ここなら、見られることは意識しないで能力が使えそうね」
「それはいいけどね。でも、オレがやるにはちょっとせまいな」
「……そういえば、あんたの能力ってまだ聞いてなかったわね。どんなの?」
「能力の名前は『打骨だこつ』。骨に作用する力、ってところかな? 体を持ち上げたりもできるけど、基本的にはただの格闘術が多いかな。そっちは?」
「あたしは『炎矢えんし』。炎の矢よ。一撃で五本まで」
 なるほど、とつぶやき、ラルスは前を見た。
「じゃ、後方からの援護は任せたよ。敵さんのご登場だ」
 通りをふさぐように、男が立っていた。十代をなんとか脱出した、と言える年代。線が細く、色白だった。
「あんたらが、敵ってヤツか」
「そっちからすればね。こっちからすれば、あんたが敵なんだけどな?」
 ラルスはリナをかばうように前に出た。リナもあえて前に出ようとはせず、後ろで両手を合わせる。
「素直に封印を認めれば、それでよし。抵抗するなら容赦ようしゃはしない。どっちがいい?」
「それ、言う必要があんのか」
「ないね」
 ラルスが飛び出そうとすると、その前に小さな子猫が飛び出した。
「っとっと。猫までぶっ飛ばすところだ――!?」
 右から、左から。屋根の上から、物陰ものかげから。あちらこちらから、子猫親猫、この猫、子猫。猫ネコねこ。様々な猫たちが飛び出してきた。
「な、何よコレ!?」
「これが、あいつの能力ってわけね」
 ラルスは軽く敵と距離を置き、冷静に言った。
「猫の操作、かな。やっぱり猫はぶっ飛ばしちゃダメ、だよね?」
「当たり前でしょ! 操られているだけだし、あんたほどの力でぶっ飛ばしたら、死んじゃうじゃないの!」
 どいて、とばかりに、リナは前に出た。
「それとも、猫たちの操作を解く方法とかある?」
「無理だね。一時的に動きを止める、くらいならできるんだけど、オレは複数に力をかけるのに慣れていない。止められて二、三匹だよ」
 今、ここに集まっている猫は数十を越える。それだけ止めたところで、焼け石に水でしかない。
「じゃあ、ここはあたしがなんとかする」
「なんとかって、焼き猫でも作るの?」
「そんなわけないでしょーが」
 リナは、両手をぎゅっと握って歩き出した。まっすぐ、男に向かって。
「やれ」
 男が短く指令を出す。瞬間、猫たちがリナに襲いかかった。
 猫の爪や牙が、リナに刺さる。それでも構わず、リナは男に向かって歩く。
「あんたさ、最低よ。自分では動かず、自分よりも弱い者に戦いを任せるなんて」
 リナの手足はすぐさま傷だらけになった。それでも、表情すら変えず、リナは男に向かって歩く。
「リナ。無茶が過ぎるよ」
「あんたは役に立たないんだから見てなさい」
 ラルスにはピシャリと言い放ち、リナは猫たちの攻撃など受けていないかのように、歩く。
「あたしは、能力を使って幸せになれるなんて思わない。でも、それでも、みんな自分の力で戦った。正しい方法で得ていない力でも、きちんと、自分で戦った。それで勝ち取った勝利は、たしかに自分のものになる」
 でも、とリナは続ける。
「あんたは自分で戦おうとすらしない。こんな、猫なんかに戦いを任せて」
「……これが俺の能力だ。それを使って、何が悪いってんだ」
「悪いに決まってるでしょ。猫たちの意志は関係なく、ムリヤリに命令を押しつけて、あげく傷つくのは猫だけ? そのどこが悪くないって言うのよ、バカ」
 リナが手を払うと、つきまとっていた猫が投げ飛ばされた。それでも猫たちは、必死に立ち向かう。遠慮のない攻撃が、深くリナの体に傷をつけていく。
「だいたい、これで攻撃のつもり? あたしは、こんなのじゃ、死なないわよ!」
 強く、地面をった。猫たちを振り払い、男に肉薄にくはくする。
「させるか! 猫バリア!」
 猫たちが飛び出し、男の盾となる。リナは、両手を合わせた。
「ラルス! あたしを浮かせて!」
「――はいよ」
 ラルスは指揮をするように、手を上げる。途端、リナはふわりと浮き上がった。高く高く、男を見下ろす位置まで。
「離して!」
 リナの合図と共に、ラルスの力が止まる。支えを失ったリナは、重力の通りに落ちていった。
「猫じゃ、ガードになんかならないわよ!」
 男をかばおうとする猫の群れに頭から突っ込み、猫を吹き飛ばす。
 着地した場所は、男の目の前だった。
「くッ! ね――」
「最後くらい、自分で戦いなさいよ!」
 リナは、両手を合わせることさえしなかった。ぎゅっと握ったこぶしを、男の腹にたたきこむ。
 男はよろめき、倒れた。と、急に猫たちはバラバラと逃げ去っていった。力を失った主を、見限ったかのように。
「て、テメエ……」
 荒い息を吐く男を、リナは冷たいまなざしで見下ろした。
「あんたには、能力を使うまでもないわ」
「そもそもたいした能力でもないけどね」
 ちらりとラルスを見上げ、リナは言った。
「悪かったわね、たいした能力じゃなくて」
「能力はたいしたもんじゃないけど、気合はたいしたもんだったね」
 リナの全身の状態を見つめ、ラルスは小さく笑みを浮かべた。
「やるね。オレにはあんなことはできない。よくまあ、耐えきったね?」
「あたし、よくケガしてるからね。ちょっとくらいは大丈夫なのよ」
「ちょっと、ねえ?」
 手も足も、顔にすら傷を作っているリナを見て、ラルスは軽く首をかしげた。
「ま、いいや。疲れたろ、休んでいなよ。封印くらいは、オレがしといてあげるから」
「悪いけど、痛くて休めない。あたしがやるわ、気がまぎれるから」
 リナは倒れこんでいる男に手をかざす。そして、小さくつぶやいた。
封呪ふうじゅ
 光が、男を包む。

 人通りのない繁華街はんかがいを、リナとラルスは肩を並べて歩く。
「ねえ、このへんでゲート出しちゃダメなのぉ?」
「ダメだよ。ここらは住宅でもあるからね、誰かが見ていたら冗談じょうだんじゃ済まないだろ?」
「うー……」
 リナは全身に走る痛みをこらえながら、渋々しぶしぶといった感じで歩く。多少は手持ちの包帯でどうにかしたが、これだけ全身に傷が走ると、それだけではどうにもならない。
 かと言って、リナやラルスの能力では傷の手当はできないのだから、帰るまではどうしようもなかった。
「こりゃ、帰ったら病院に直行だね。つきそいでもしてあげようか?」
冗談じょうだん。あんたにつきそいなんかされたら、傷が倍に増えるわ」
「倍で済まないかもねー」
「……あんたさ、わかってんなら言わないでよ」
「ただの冗談じょうだんだよ」
 リナがにらんでも、ラルスは平然と流した。
「でも、君には興味が出たよ。これは本当」
「あんたの場合、どれが本当でどれがギャグなのか、ぜんっぜんわかんないわよ」
「そう? それは残念」
 ちっとも残念そうに見えないラルスを見つめ、リナはこっそりとため息をついた。
「あー、もう! 痛い!」
「おぶっていってあげようか?」
「ティノじゃあるまいし。それも、冗談じょうだん、なんでしょ」
「正解」
 一緒に歩くふたりの距離は、出発する前より、ちょっとだけ縮まっていた。
 ただ、リナだけはその事実に、気がついていない。