その部屋には、窓がなかった。暗く陰湿いんしつで、それが部屋の主をそのまま示しているような部屋だった。
「何か問題でも起きたのか」
 黒いスーツに身を包んだ男は、入り口の近くに立つ者に話しかけた。
 フードを深くかぶり、全身を衣で包んだ、男とも女とも知れぬ能力者。人々に異常な能力を与え、それを楽しむ者が、そこにいた。
「問題などない。私の与えた能力に、誰もがいしれる」
「ならば、わざわざ私の部屋に来る理由があるようには思えないが?」
「少し、聞きたいことがあってな」
 くぐもった声で、フードは問いかける。
「お前の目的だ。今まで、一度たりとも聞いた覚えはない」
「知る必要もないことだ。お前はお前のやりたいことをやっている、そうだろう?」
「それは否定しない。だが、無意味におどらされるのも、嫌なのでな」
「そうか。だが、私は話すつもりなどない」
「……これでもか?」
 フードは、手にきらきらと光るナイフを握りしめた。スーツの男はちらりとそれを見て、けれど、恐怖の欠片かけらさえも顔には浮かばなかった。
「刺しても構わないぞ。私はそれで損することはない」
「そうか」
 ひゅっとナイフが投げられる。それはまっすぐにスーツの男の胸に飛び、突き刺さった。
「――これで満足か?」
 ナイフを胸に突き刺したまま、スーツの男は聞いた。
「お前は、なんなんだ? 本当に人間なのか?」
 フードの声は、わずかばかり動揺どうようしていた。
「私は人間だよ。どこまでも人間で、だからこそ、願うんだ」
 スーツの男はナイフを抜くと、それを軽く放り投げた。
 男はナイフの刺さっていた胸を見つめ、ふと、ひとりごとのように言った。
「スーツに穴が開いたな。これは損だったか?」
 フードはしばらく男を見つめ、急にくるりと背を向けた。
「どうした? もういいのか?」
「お前に聞いても何も言わないだろう。それに」
 扉に手をかけ、フードは言う。
「友人を待たせている」
 フードは別れの言葉も告げず、部屋の外に出て行った。スーツの男は首を鳴らし、つぶやく。
「まったく。世の中は、思い通りにならないものだな」
 その声を聞き届ける者は、誰もいない。

「それにしても、この間のあのボケ。ああいうのはホントに勘弁して欲しいよね」
「むう、だからそれは、謝ったじゃないのー」
「そうですわね。バカップルがバカップルぶりを発揮しまくった後で、謝ってもらいましたわね」
「リナ、シルヴィア、そろそろ勘弁してあげようよ……」
 食堂の丸テーブルを囲むのは、四人の女の子。言わずもがな、リナたちである。
 リナはケーキに突き刺していたフォークを引き抜き、それでビシッとメイを指した。
「甘い。甘いわよメイ。こういう機会に釘を刺しておかないと、この子たちはところ構わずバカップルするんだから。そのせいで、どれだけの生徒がダメージを受けていることか!」
「ですわね。男子生徒は言うに及ばず、女子生徒すらも大ダメージですわ。なにせ元々、学園の関係者は恋愛対象が限られるんですもの」
「それは仕方ないね。ぼくらは不老。一般人とは付き合えないし、そういうことも承知したからこそ、学園と契約したんだろ?」
 リナは自分のひざの上に当たり前のように座っている少年を見つめ、聞いた。
「ティノ。どーしてそんなとこに座っているのかな?」
「いいじゃん、別に。それにしてもリナって胸がないね。本当に女の子?」
「なッ、しっつれいな! これでもシルヴィアよりはあるもん!」
「それは聞き捨てなりませんわね……」
 リナとティノの会話に、シルヴィアがずいと割り込む。
「わたくしとあなたは大差ないと思っていましたけれど?」
「あたしだってBくらいはあるもん! シルヴィアなんてAAじゃない!」
「なんですって!? あなたのどこがBですのよ! それに、わたくしだってAで留まりますわ!」
 ガタリ、とふたりとも立ち上がる。ティノはすでに、『瞬移』で逃げていた。メイはふたりを止めたいらしいが、おろおろとするばかりで行動には移れていない。
「いやあ。女の子の戦いって怖いねー」
 ティノは完全なる観客状態だ。その背後に、ふっと女の子の影が立った。
「ティノ?」
 瞬間、ティノは逃げた。同時、リンダはフォークをななめ後ろに向かって投げた。
「っだ!?」
 お見事、と言いたくなる光景だ。リンダの投げたフォークは、テレポートしたティノの額に正確に突き刺さっていた。目標を見ながら投げても、なかなかこう上手くはいかない。
「リ、リンダ。最近、なんだか容赦ようしゃがないね? 気のせい?」
「ティノ相手に手加減なんてしてられないもん。すぐ逃げるティノが悪いんだからねー!」
 一方、リナとシルヴィアの戦いも、バカップルを置いてヒートアップしていた。
「あたしはちゃんと努力してるもん! 牛乳とか飲んでるし! シルヴィアみたいに諦めてないんだから!」
「わたくしは長年の経験から、この体になったらもう遅いと知っているだけですわ! あなたこそ、無駄な努力はおやめになったらいかが!?」
 ふたりの間にバチバチと火花が散る。不毛な争いだ。
 それにあきれたのか、それともオロオロするメイに同情したのか。ため息ひとつ、ティノはふたりの間に割り込んだ。
「まあまあ。そう争わない。どっちもダメージを受けるだけの争いなんて、やめておきなよ? 疲れるだけだって」
「う……。ダメージを受けるのは、否定しないけど」
「わたくしは、無意味な争いをするつもりはありませんわ」
 ふたりの間を一度だけ、視線が飛びかう。この場は、それでおさまった。
 ほっと一息つく。そこに、電子音が響き渡った。
「あ、任務だ」
 リナはポケットから携帯電話を取り出した。正確には、携帯電話型の指令機だ。ただ、本当に電話としても使えるので、どちらとも言いがたいのだが。
「ええと、明日。あれ? この任務って?」
 シルヴィアとメイも、同様に携帯電話を開いていた。そして、気がついたのも、ほぼ三人同時。
「明日の任務、あたしたち三人じゃない」
「そのようですわね。となると、かなりの大物が相手ということになりますわね?」
「住宅街。イヤなとこ……」
 普通、任務はひとりで行う。だが、相手の強さによっては、複数人で任務にあたる場合もある。今回は、それらしい。
「へえ。リナとシルヴィアが一緒ってならともかく、メイリンまで一緒なんて珍しいね?」
「そうですわね。エースクラスがひとりで相手にできないなんて、そうそういるとは思えないですわ」
「もしかすると、同時に何人か発生するのかも」
 それぞれの推測が飛ぶなか、リナは結論を言った。
「要するに、明日になればわかるってことでしょ? なら、その時のことはその時に考える。任務って、そういうもんだよね?」
「間違い、ではありませんわね」
 開き直った考えではあるのだが。そこまでは、シルヴィアも言わない。

 翌日、リナたちは住宅街を歩いていた。時刻は夕刻。それでも予定の時刻より少し早かったせいか、敵の姿はまだない。
「そういえばさ、異常能力者って、出たらすぐに退治するんでしょ? なのに、なんで事前に任務の通知が来たりしてるの?」
 ふとした思いつきを口にしたリナに、シルヴィアが答える。
「ウワサですけど。なんでも、教員の中に予知能力者がいるという話ですわ」
「予知? ってことは、未来がわかるってこと?」
 シルヴィアはうなずき、
「けれど、それが誰であるのかは、学園のトップシークレットと言われていますわ。予知能力は大事で貴重な能力ですもの」
「命をねらわれたりってこと?」
「それもありますわね。けれど、それ以上にみんなが集まるのを恐れているんだと思いますわ。未来がわかるとなったら、知りたいと思う人も多いでしょうから」
「あー、つまりはよく当たる占い師みたいなものってことねー」
 今まで、あらかじめ通知された任務の時間が外れたことはない。相手の強さには多少の差があったりしたが。
 そう考えれば、かなり正確な予知能力者がいる、ということになるだろう。
「そんな人がいたら、ちょっと会ってみたいかも」
「会って、どうするの?」
「そーだなー。やっぱし、恋愛運でも見て欲しいかな」
「……リナ、占い師と間違えてない?」
 えー、と口をとがらせるリナに、メイは苦笑いしか浮かばない。
「じゃさ、メイだったら何を聞きたい?」
「私? 私は……」
 少し考え、メイは答えた。
「私はどうすればいいのか、かな」
「どうすれば? それって――」
「無駄話はそこまでですわよ」
 腕時計を見つめていたシルヴィアは、前方を指差した。
「現われましたわ。まっすぐ、かなり近い……いえ、これは、近づいてきてますわ!」