リナたちは、ファミレスの一角に陣取った。昼前のせいか、客の姿はまばら。話を盗み聞きされる心配もない。
「アタシがティノと出会ったのは、アタシが学園に入ってちょっとしてからなの」
 両手で包み込むようにコーヒーカップを持ち、リンダはポツポツと話し出した。
「初めて会った時は驚いた。いきなり抱きついてくるんだもん」
「リンダにすらそういうことをしたのね……」
 ティノの守備範囲は、かなり広いらしい。
 リンダは曖昧あいまいな笑みを浮かべ、続けた。
「それから、少しずつ彼と付き合うようになった。それで、段々と気がついたの。彼の持つ、暗闇みたいな部分に」
「ティノに?」
 リナは片眉をはね上げ、首をかしげた。
「やっぱり、そう思うよね。ティノ、普段はすごく明るいから。でも、たまにすっごくさびしそうな顔になるの。それに、気がついちゃった」
 両手で持ち、コーヒーを傾ける。ほんのりとした苦味のあるかおりが広がった。
「その顔が、気になるようになった。それで、ティノと話す機会も多くなったの。話してみてわかった。ティノは軽いし、すぐに女の子に手を出すけど、それはさびしさをごまかすためのものなんだって」
「それで、その正体不明の何かを、どうにかするつもりだったってわけ?」
 アイスミルクをストローですすり、リナは聞く。リンダは、小さく首を横に振った。
「アタシにどうにかできるなんて、思ってなかった。でも、ほっておくこともできなくなっちゃった。それで、ああ、好きになったんだなって、そう思ったの」
 それも、もう終わりかなぁ。最後の言葉はあまりにも小さく、あっという間に消えてしまった。
 リナはそんなリンダを見つめ、いきなりガバッと抱きしめた。
「え!? ちょっと、リナちゃん!?」
「ホントにいい子! もう、リンダってかわいすぎ!」
 机にひじをつき、シルヴィアもため息をつく。
「まったくもって、ティノにはもったいないくらいですわね」
 仕方ありませんわ。口癖をつぶやき、シルヴィアはにこりと笑った。
「新しい彼氏を紹介しますわ」
「そっちじゃないよ、シルヴィア……」
 つっこみ、メイはオレンジジュースを口に含む。
「まだ浮気と決まったわけじゃないし、もうちょっとだけ、ティノを信じてみようよ? ティノ、リンダだけは大事にしていたんだから」
「そう言うメイも、過去形なのね」
 メイはちょっとばかり顔を赤くしながらも続ける。
「私、もうちょっと調べてみる」
「だったらあたしも付き合うわよ。どうせ、今日は暇だし」
「あなたたちに任せると不安ですわね。わたくしも同行しますわ」
 やる気に満ちた三人と比べ、リンダだけは元気がなかった。
「――ごめん。アタシが言い出しといてアレなんだけど、アタシ、元気が出ない。もう、帰るね」
 力なく立ち上がるリンダを、三人は何も言えず、ただ見つめるしかできなかった。

 ファミレスから出た三人は、リンダと別れ、先ほどのアクセサリー店に戻っていた。
 ティノの姿はすでにない。メイによると、かなり離れた場所にいるようだ。
「で、結局、何もわからなかったね」
「明らかに口止めされていましたわね」
 ティノの呼び出した店員に話を聞いたのだが、ティノのことを聞くと、にやにやと笑って、『何も話せない』と言われてしまった。
「こうなったら、もう本人に聞くしかないね」
「リナ。あなたの単純思考は、時々、うらやましく思いますわ」
「でも、いいかも」
 ぽつりとこぼしたメイの肩をつかみ、シルヴィアはハッキリと言った。
「メイ。リナのマネをするとろくな大人になれませんわよ?」
「シルヴィア。それってどういう意味?」
「うん。でもさ、他に方法はないでしょ? リンダは聞けないだろうし……」
 シルヴィアは否定せず、じっとメイを見つめた。
 そして、口を開く。
「メイがそう言うのなら、反対はしませんわ」
「あたしが言うと反対するけど?」
 シルヴィアはリナを見返し、
「あなたの場合は考えずに行動するからですわ。メイは何も考えずに行動しませんもの、当然の差ですわ」
 リナは反論できず、面白くなさそうに口をとがらせた。
 それでもメイを振り返り、聞く。
「ティノはどこにいるか、わかるんだよね?」
「うん。歩いて行ける場所だよ、行こ」
 メイを先頭に、三人は通りを歩き出した。
 人の多い通りを抜けると、人影の少ない住宅街に出た。メイはさらにすたすたと歩き、住宅街すらも抜ける。そして、ふっと立ち止まった。
「ここ、かな」
 メイが足を止めたのは、行列のできた店だ。しばらくその前で待っていると、ティノが店から出てきた。
「ごちそうさまー、って、あれ?」
 店から出たところで、知り合いが三人も待っていたという事実に、ティノは少し驚いたようだ。
「リナにシルヴィア、おまけにメイリンまで? どしたの、そろいもそろって。ここは女の子に向いた店じゃないよ?」
「は?」
 看板を見ると、心臓の弱い人はご遠慮ください、と書かれている。
「何の店なの、ティノ?」
「んー。知らないほーがいいと思うよ。それで、ぼくに何か用?」
「ちょっと、聞きたいことがあるんですの」
 ずい、とシルヴィアが顔を寄せる。ティノはその剣幕けんまくに、じり、と後退した。
「ええと、なんかヤバめな話っぽい、ね。ちょっと移動しようか?」
 顔を引きつらせたティノと共に、リナたちは住宅街へと戻った。ここなら、歩いている人はいない。
「そんで、なんなの」
 歩きながら、ティノは問う。三人は軽く視線を合わせる。最初に口を開いたのは、リナだった。
「ティノ。さっき、アクセの店にいたよね? 有名なとこ」
「……見てた、の?」
「うん。店員さんと仲良くお話しているとこまで、バッチリ」
 じろりとにらみ、リナは続けた。
「ティノ。あの人と、どういう関係?」
「一応、言っておくけど。君が思っているような関係はないよ」
 ティノは平静そのものだった。まるで心が動いているようには見えない。
「じゃあ、どうしてあの人と親しげに話していたんですの? わざわざ指名してまで」
 ちらりとシルヴィアを見つめ、続けてリナとメイを見つめた。
「三人とも口は堅い、よね?」
「あたしは他言しないよ」
 メイとシルヴィアも、黙ってうなずく。
 それを確認し、ティノは渋々しぶしぶといった感じで話し出した。
「なら、誰にも言わないでよ。特にリンダには。で、実は、ね――」

 数日後。すっかりふさぎこんでいるリンダのところに、リナたちが訪れた。
「リンダー、生きてる?」
「リナ。この場合、それはジョークにはなりませんわよ」
 扉をノックすると、本当に死にそうな顔のリンダが顔を出した。
「リナちゃん? アタシ、ちょっと元気がなくて……」
「わかってるわよ。だからこそ、元気を出してあげよーって思ってね? というわけで、一緒に行こう!」
 強引なまでに引っ張り出す。戸惑うリンダに、メイが話しかけた。
「大丈夫だよ、リンダ。それに、たぶん元気も出ると思う。リナがいつもやっている無茶とは、ちょっと違うから」
「メイ。さらりと失礼なことを言ってない?」
 乗り気ではないリンダを、なかばムリヤリに引っ張っていく。
 寮を出て、しばらく歩く。向かった先は、校庭すらも突っ切った南の方向。
「ねえ、こっちって……」
「わかった?」
 リナはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
 四人が訪れたのは、スリバチ状になった盆地。花が咲き乱れる、美しい場所だ。咲き乱れる花は、季節を選んでいない。春夏秋冬、様々な花が輝いている。
 ちなみにこの場所、学園の関係者には、告白スポットとして有名な場所でもあった。
 その中心に、ひとりの少年が待っていた。
「ほら、行ってきな」
 とん、と背中を押され、リンダはよろめきながらも歩き出した。
「いや、まさかあんなにベタな話だとは思わなかったよ」
「浮気はベタではありませんの?」
「それはむしろ当然、かな?」
 ふふ、と笑い声が風に流れる。
「でも、本当に浮気じゃなくてよかったよね?」
「まあ、ね。でも、結局――」
 苦笑いを浮かべ、リナはため息と共にこぼした。
「バカップルのアホらしい悩みじゃないの」

 花畑の中心で、ティノはリンダを待っていた。
「やっほー、リンダ。元気?」
「これ見てそう言うの?」
 はは、と小さく笑い、ティノは続けた。
「リナたちに聞いたよ。ぼくが浮気したと思ったんだって?」
「違う、の?」
 上目づかいに見つめるリンダの頭に、ぽん、と手を置いた。
「ぼくってそんなに信用がないのかなぁ?」
「だったら普段から信用できるような行動をしてよ」
「はは、それは、まあね。男が女に興味を持つのは、種を保存しようとする本能なんだよ」
「ごまかしになってない」
 ティノは答えず、ポケットに手を突っ込んだ。
 出てきたものは、平たく、細長い箱。
「これを選ぶのに苦労したよ。ぼく、最近のアクセって詳しくないからさ。店員に聞いて、何回も通って。で、ようやく決められた」
 それは、クロスのネックレスだった。銀色に輝く、シンプルな、それだけに丁寧な作りがよくわかる物だ。
「覚えてる? ぼくが、告白した日のこと」
「覚えてる。あれ、今日だったんだね」
「そう。せっかくの記念日だからねー」
 プレゼントを受け取り、リンダはそれをじっと見つめた。
「――ありがとう、ティノ。でも、言いたいことがふたつあるの」
「なんとなく想像できるけど、何?」
「まず。まぎらわしいことをしないで」
「あー、それは、ね。せっかくのプレゼントだし、驚かせたいじゃない?」
 くすりと笑い、続けた。
「もうひとつ。いつもプレゼントなんてしないのに、今年になっていきなり始めるなら、少しは何か言って欲しいの」
「ああ、まあね。それは、日頃の罪滅つみほろぼしってヤツだよ」
「自覚はあるのね?」
 ふたりは知らない。
 遠くから見つめる三人の目が、微妙になまあたたかいという事実に。
 お幸せな、ふたりだった。