四階の二号室、つまりはリナの部屋。そこには主であるリナとシルヴィアだけでなく、メイまでもが集まって、なかなかにぎやかなお喋りを楽しんでいた。
 ふっと、会話が中断した時。コンコン、という音が聞こえた。
「はーい、誰?」
 声をかけながら立ち上がり、リナは扉を開いた。
「はいはい、って、リンダじゃないの。どうしたの?」
 廊下に立っていたのは、ひっくり返って見ても子供にしか見えない少女、リンダだった。
「うん。ちょっとリナちゃんたちに相談したいことがあって。メイちゃんもここにいるんだったよね?」
「いるよ。なんかワケありっぽいね。とりあえず、中に入って」
 リンダをイスに座らせる。隣にはメイが座っていた。リナは、シルヴィアと一緒にベッドに座った。
「で、どーしたの」
「なにやら、深刻そうですわね」
 いつも明るいリンダは、今日に限っては落ち込んでいるのが目に見えた。
 三人は、リンダから話し出すのを待った。リンダは座ってしばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……ティノがね、最近、変なの」
「どういう風に?」
 リナに合わせた高さのイスは、リンダには高すぎて足が届かない。ぷらぷらと足を揺らし、床を見つめていた。
「なんだか冷たいし、話しかけてもすぐにどっかに行っちゃうし、今日なんか女の子に手を出さなかったんだよ!?」
「え!?」
 反射的にリナは立ち上がった。
「あのティノが!? スケベで変態で、女の子を見つけたらすぐに飛びつくティノが!?」
「どうしたんですの!? ありえないにもほどがありますわ!」
「……ええと、ちょっとひどくない?」
 メイのか細い声は、ふたりの声にかき消された。
「それにね、最近、よく現世に行ってるみたいなの。もしかして、現世で何かあったんじゃないかって思って、でも、聞いても教えてくれないし……」
 顔を上げたリンダの表情は、不安で満たされていた。
「お願い! ティノの監視を手伝って! 何をしているのか、心配なの!」
 三人はさっと顔を見合わせ、それぞれにうなずいた。
「恋人に何も説明しないのはよくないですわね」
「私にできることなら」
「ほっといたら天変地異とか起きちゃうかもしれないしね!」
 快諾かいだくした三人を見つめ、リンダは小さく、弱々しく笑った。
「あり、がとう。三人とも」

 翌日。男子寮を出たところで、ティノは女子生徒に話しかけられた。
「おはよう、ティノ。早いね」
「ん? ああ、メイリンか」
 メイは、よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味な服装だった。三つ編みやメガネも合わせて、ちょっと古い感じがする。
「メイはまた図書室かコンピュータルーム?」
「うん。ティノは?」
「ぼくはちょっと、現世に用事。たいした用じゃないんだけどねー」
 じゃ、と軽く手を上げ、ティノは姿を消した。得意の瞬間移動だ。
 直後、茂みから三人が顔を出した。
「やっぱし怪しい。あのティノがメイを見て手を出さないなんて」
「間違いないですわね。問題は、理由ですわ。悔い改めたというのなら、問題はないのですけれど」
「それはないと思う。ティノだし」
「それは、彼女が言うことじゃないと思う……」
 ガサガサと三人も茂みから出てきた。全員、今日は任務ではないために、それぞれ私服を着ている。
「で、上手くいったの?」
「うん。ティノに氷の印をつけた。これで、現世に行っても追えるよ」
 瞬間移動を得意とするティノを追うのは難しい。特にティノは、現世と学園すらも能力で行ったり来たりとできるため、やっかいである。
 だが、メイの能力『凍衣とうい』で生み出した氷は、メイ自身が追跡可能だ。
「よっし! それじゃ、現世に行こ!」
 ティノは自分の能力で現世との行き来ができるが、そんなことは瞬間移動系の能力者だからこそ。リナたちにはマネできない。
 ゲートルームに移動したリナたちは、リンダの許可によって現世に移動する。
 ゲートを抜けた先は、どこかの廃屋だった。
「すごい! 今日は普通の場所だ!」
「……リナ、いつもはどういうとこに出てるの?」
「メイ。世の中には知ってはいけないこともあるんですわ」
「そんなとこに出てるの……?」
 気にしたら負け、と口の動きだけで答え、シルヴィアは歩き出した。
 一行が外に出ると、まずはティノの位置を確認。
「結構、近くにいる。たぶん、三つくらい向こうの通り」
 メイが案内し、四人は裏通りから表通りに出た。若者も多い、人通りの多い道だ。おしゃれな店が通りに並んでいる。
「あ、あそこ!」
 ティノは、道路の向こう側を、ひとりで歩いていた。ぼそりと、リナは言った。
「見つからないように追うわよ」
「誰よりも見つかりそうな人に言われたくありませんわね」
 不自然にならないように、けれど、見つからないようにこっそりと、四人はティノの後を追う。
 ティノはしばらく、ぶらぶらとショーウインドウを眺めながら歩いていた。
「買い物に来たの、かな?」
「それにしては、やけに時計を気にしていますわね」
「うん。まるで誰かと待ち合わせしているみたい」
 それからもしばらく、ティノは通りを歩いていた。やがて時間になったのか、歩き方はぶらぶらとした感じから、明確な目的地に向かってのものに変わった。
 ティノの目指した場所は、とある店だった。アクセサリーを売る、そこそこに名の売れた店だ。
「あ、あそこ知ってる。けっこー高いのよね」
「ティノがアクセサリーをしているところなんて、見た覚えがありませんわよ?」
「――うん。ティノ、ああいうのはあまりしない。学園の時計だけだよ」
「だったらどうして、あんなお店に……?」
 四人の戸惑いなど知らないティノは、平然と店に入っていった。
「ここからじゃ遠すぎて、何をしているかわかりませんわね?」
「あたし、見えるよー。店員さんを呼んでる」
「リナの視力って、いくつなの……?」
 メイがあきれるのも無理がないほど、かなりの距離がある。
 ティノが呼んだのは、大人びた雰囲気の女性店員だ。さすがにアクセサリーのショップに勤めるだけあって、なかなかにオシャレでもある。
 リナたちは、道路を渡って店の前にやってきた。外に飾られている商品を眺めるフリをして、中の様子をうかがう。
 ティノは、店員とかなり親しげに話していた。特定の店員を呼んだことから考えても、顔なじみなのだろう。
「ここ、学園が経営する店だっけ?」
「ううん。学園はこのあたりにお店を持ってない」
 リンダは小さく首を横に振った。
 学園は、現世にいくつかの企業や店を持っている。その利益が学園の運営資金で、生徒たちは任務をこなすことによって学園から給料をもらっている。一方、現世組は、能力を使って目立たない程度にかせいでいる。昔からの、学園運営システムだ。
 が、教員であるリンダが言うのだから、その点に間違いはない。
 ティノはそのまま、店員と一緒に店の奥に入っていってしまった。こうなると、外からは見えない。
「……なんだか、すごく親しそうだったよね」
「まさか、浮気?」
「驚くことではありませんわね。いつもの行動を考えると」
 その言葉を、誰も否定できない。
 なにせ、女子と見ればすぐさま飛びつくような男だ。彼に言わせれば、相手は選んでいるそうだが、それにしたって普段から浮気の下地は十分にあるようにしか見えない。
「でも、その、まさか、あの、本気で浮気なんて――」
「少なくても、最近の行方不明は、ここに来ていたと見て間違いなさそうですわよ?」
 ただひとり、リンダだけは、ティノの浮気という存在を認められないようだった。ぷんぷんと頭を振り、それは違うと言いたげでもある。
「でも、これってどう見ても浮気っぽいよ?」
「だって、ティノはアタシの彼氏で、だから、大丈夫だよね?」
 すがるような目で、リンダは三人を見た。けれど、答えようがない。
「そろそろ、終わるべき時ではありませんの?」
 腕を組み、ため息すら混じらせて、シルヴィアは言う。それに、リナも同意した。
「うん。ティノってスケベだし、変態だし、性格とか悪いし、すぐ逃げるし、いいとこなんてないじゃないの。比べてリンダは、真面目だし、優しいし、かわいいし。どうしてティノなんかに付き合うの?」
 リンダはうつむき、答えなかった。
 じっと地面を見つめたまま、小さく、つぶやくように言った。
「ちょっと、長くなるの。どこか、お店に入ろ?」
 顔を上げたリンダは、今にも泣きそうだった。