「だー! いい加減に当たりなさいよ!」 「ヤダ! そっちこそ出てきなさいよ!」 「嫌だ!」 会話だけ聞けば、まるで子供のケンカのようにも見える。だが、これは殺し合いだった。ほんの一瞬でも気を抜けば、リナとて一撃で殺される。 「正々堂々と戦わないなんてヒキョーよ!」 「能力を使いこなして何が悪いのよ!」 リナは両手を合わせる。そして、炎の矢を適当に撃ち放った。 矢は木や地面に当たり、弾けて消える。さっきから、その繰り返しだった。 その中で、リナはちらちらとドームを見ていた。そして、ようやく、目的のものを見つけた。 「……そこ、か」 リナの小さなつぶやきは、少女には聞こえない。 気合を込めて炎を生み出す。そして、リナはドームに向かって炎矢を放った。 五本の矢が、ドームに向かって飛ぶ。少女は防ごうともしない。そもそもドームを貫くほどの威力がないのだから、気にするまでもない。 だが。リナとてただのバカではない。 「――!」 少女が気がついた時には、すでに炎矢がドームに迫りすぎていた。根が慌ててガードする。三本の矢は弾かれ、しかし、二本の矢はドームまで届いた。 小さな切れ間。少女がリナの動きを監視するために作った、隙間に向かって。 音は案外と小さかった。ぽん、という音と共に、炎矢はドームの中に入り込んだ。 「これでどーよ!」 小さな胸を張るリナに、少女の声が届く。 「やって、くれるわね……。でも、ざーんねーんでした。当たってないよ」 不自然なことではない。監視用の隙間から、強引にねじ込んだだけだ。それが能力者に当たる可能性は、それほど高くない。 「でも。反撃できるってことは、証明できたでしょ?」 「そうね。で、それが何?」 その存在を見せびらかすように、根たちがうごめく。ぐねぐねと動く存在たち、その数は全く減っていない。 「結局、根を砕く方法がないあんたじゃ、あたしには的確なダメージを与えられない。その上、攻撃をいつまでもかわせないわよ。どうするの?」 リナに反撃が可能だと言っても、状況はちっとも改善されていない。まだ、リナが不利のままだ。 「ま、どっちでもいいわよ、あたしは。どうせ勝つの、あたしだもん!」 空気すら巻き込んで、五本ばかりの根が突っ込んでくる。リナは後ろに飛んでそれをかわす。 続けざま、左右から来た根はジャンプするようにかわし、逆に踏み台にしてさらに遠くに移動を続ける。 「ああもう、うっとーしいわね……」 少しずつ、リナの周囲に根があふれてくる。どうやら、根で囲んで逃げ道をなくすつもりらしい。 「あれをやられるとヤバイ、かも?」 だが、どうにもできない。 逃げ続けるリナがイライラと周囲を見渡した時、 「苦戦しているようですわね!」 大声が響いた。 ほぼ同時、根が三本ばかり、砕けて散った。 「仕方ないですわね。わたくしが手伝ってさしあげますわ!」 「シルヴィア!?」 リナと背中合わせになったのは、くせっ毛を揺らす金髪少女、シルヴィアだった。 「緊急だったもので、出遅れましたわ。後はわたくしが決めますわ」 「後から来て、いいとこ取りなんてさせないよ」 「でも、見たところ、根のひとつも砕けないように見えますけど?」 う、と声を詰まらせる。言い負かされるのは、リナにとっては『いつものこと』だ。 「しょうがない。じゃあ、とにかくあのドームを砕いて。あそこに本体がいるの」 「了解ですわ。では、その後は任せましてよ?」 「りょーかい!」 だん、と走り出す。ドームに向かってまっすぐに飛び出したのは、シルヴィアだ。 「ちょっとー! 二対一って、ヒキョーじゃないの!」 「戦いに卑怯も何もありませんわ!」 シルヴィアは、何もない空間をぎゅっと握る。すると、まるで最初からそこにあったかのように、光り輝くハンマーが現われた。巨大な、持ち手の半身ほどの大きさもある武器。 「行きますわよ! わたくしの『光撃』のハンマーが持つ威力! とくとご覧あそばせ!」 先ほどのリナと同じ。五本ばかりの根が、シルヴィアに攻撃をしかける。対するシルヴィアが選んだ行動は、リナとはまったく違うもの。 手に握るハンマーを、大きく振り回した。一撃で、轟音と共に、根たちは吹き飛ぶ。 「わたくしに! その程度の攻撃は通じませんわ!」 襲ってくる根はハンマーで打ち砕き、シルヴィアは一気に距離を詰める。 ドームまでは一直線。邪魔になるものは何もない。 「光に、なっていただきますわよ!」 回転まで加えたハンマーが、ドームの壁をぶっ叩く。まるで紙の壁であるかのように、ドームの壁は吹き飛んだ。 中では、根の破片と共に、少女が倒れていた。 そして、その目の前。炎の矢を手に構えた、リナが立っていた。 「あたしたちの勝ちってことで」 「……あなた、何もしてないじゃないの」 「う、うるさいわね! どうせあたしは弱いですよーだ!」 ふっと炎が消える。リナは屈み、少女と目線を合わせた。「どう? 気持ちは落ち着いた?」 「落ち着いてるわよ、元から。あたしはいつでも冷静そのもの」 「じゃあ、自分が何をしたのかも、わかるわよね?」 振り返れば、地面を掘り返され、ボロボロになった校庭が見える。 そして、リナとシルヴィアは、一歩でも間違えれば、目の前の少女に殺されていた。 その、罪の重み。 「後悔なんてしないわよ。むしろ、負けた自分に後悔する」 少女は視線をそらさなかった。リナの目を見返すその瞳には、珍しいほどの強い意志が宿っている。 その瞳に、リナはため息をもらした。 「それは、とっても残念ね」 額に手をかざす。そして、リナは、小さく言った。 「封呪」 光が、包み込む。 「ありがとね、シルヴィア。今日は助かった」 人のいないところまで移動する途中。リナとシルヴィアは、並んで歩いていた。 「たいしたことはしていませんわ。わたくしは、任務をこなしただけですのよ?」 「うん。でも、あたしじゃあの子には歯が立たなかったもん。シルヴィアが来てくれなかった、どうなってたかわからないし」 学園の関係者は、総じて不老だ。だが、不死ではない。心臓を貫かれれば息絶えるし、毒を飲めば生きられない。 もしあの根の攻撃を受けていれば。リナの体は、打ち砕かれていただろう。 「そう思うなら、強くなればいいんですわ。誰と戦っても負けないように。わたくしだって最初からクイーンだったわけではありませんもの」 「うん。あたし、もっと強くなりたい。今度はシルヴィアを守れるくらいに、ね」 「それは百年以上は早いですわね」 リナは隣を歩く少女を見た。ツンとすましたその顔は、いつもいつもの照れ隠し。 へへ、と笑ったリナは、シルヴィアに抱きついた。 シルヴィアは頬を赤く染め、慌てた。 「ちょ、ちょっと、リナ!?」 「へっへー。愛情表現!」 「それは人目のないところでしてくださいまし!」 じゃれあう少女たちは、楽しそうに歩いていく。 その頭から、悩みなど、軽く吹っ飛んでいた。 校庭に、その少女は呆然と座り込んでいた。少女の、たったひとつの目は、校庭の端に注がれている。 そこには、リナも気づかなかった、ひとりの男が倒れていた。血にまみれ、もはや動くことなどない、男が。 少女はただ、その男のことを見つめていた。 そこに、フードをかぶった、男とも女とも知れない能力者が近づく。 「……あなた、誰?」 気づいた少女が問うと、フードは薄い笑い声をもらした。 「お前は私を知っているはずだ。覚えてはいないだろうがな」 「どういう、こと?」 「知る必要はない」 フードは手を少女の額にかざした。そして、つぶやくことすらなく、力を使う。 瞬間、少女の頭は吹き飛んだ。 「殺したんだ」 背後から、声が飛んだ。フードは振り返りもせず、問い返す。 「いつからそこにいた」 「さっき。能力者の戦いを感じたから来ただけ」 それは、男の声だった。男は、さらに続ける。 「どうして殺したんだ? そこまでしなくても、その子から能力のことはバレないはずだろ?」 「――、全ての罪は法に則って定められている。けれど、当人からすれば、それは世間と呼ばれる、目に見えない他人の基準でしかない」 「で?」 「彼女は自身の基準に逆らわなかった。行うべきと考えたことを行った。その結果、人が死んだ。それだけだ。それだけなのに、世界はそんな彼女を否定する」 「秩序ってそういうものだろ? 一定の基準がないと、世の中は今よりもなお、混乱する」 「そう、だから私は彼女を殺した。この世界では彼女の行いは認められず、理解もされない。なら、そんな闇夜を打ち払うのは、慈悲とすら言えるだろう?」 「ダウト。それはあんたの基準であって、彼女の基準でも、世間一般の基準でもない」 「正解。結局、人は己のルールに従属するしかないのだよ」 言い、フードはその場を立ち去った。 男は少女の死体を見つめ、同じように、その場を去った。 |