屋上には、白いシーツが、風によってはたはたと揺れていた。
 そこは、病院だった。静かなのは人がいないからではなく、病院だからだろう。
 そこには、松葉杖をついた少女と、フードを目深まぶかにかぶった誰かがいた。
「……本当に、この力でどうにかなると思うの?」
「どうにかするもしないも、あんた次第だろう」
「それは、そうね」
 ふん、と鼻を鳴らし、少女は続ける。
「で、あんたは何がしたいの。あたしが誰かを殺すとこでも見たいわけ?」
「それもある」
 少女はちらりとフードを見る。顔も見えないため、何を考えているのかわからない。
「ま、いいわ。あたしは、あたしのやりたいことをするだけだし」
「それでいい。与えられた力をどのように扱うのかは、得た者が決めることだ」
「偉そうな言い方ね」
 不満げに言い、少女は松葉杖を放り投げた。杖はくるくると飛んでいく。
 少女が杖に向かってぎゅっと手を握った。杖は、まるで何かに握りつぶされたように、粉々に砕け散った。
 その直後、かたり、と音がした。
 少女たちが振り向くと、そこには、パジャマ姿の少年がへたりこんでいた。目の前の光景にこしを抜かしているらしい。
「見ちゃった、のね」
 少女は、残酷ざんこくな笑みを浮かべた。そして、手を少年に向ける。
「あ、イヤ、――!」
 少年の言葉は、途中で途切れた。ぱきり、という小さな音。そして、赤い液体が屋上を流れていった。
「それの後始末あとしまつくらいはしてくれる?」
「まあ、いいだろう」
 フードが短く手を動かすと、少年の体は氷に閉ざされた。軽く握ると、その姿が、粉となって消え去った。

 リナがゲートを抜けた先は、またもや公衆トイレだった。そこから走ること、数分。目的の相手は、高校の校庭にたたずんでいた。
 時刻は夕刻。ほどなく夜になるだろう。当然、生徒の姿はない。さらになぜか、教員の姿もなかった。
 校庭はしっとりと濡れている。雨でも降ったのだろうか。学園には天気がないため、よくわからない。
「や。あなたが能力者ね」
 リナはいつも通り、気軽な調子で話しかけた。できることなら、戦わないで決着したい。そのためには、対話が必要不可欠だ。
 声をかけられた少女は、ゆっくりと振り向いた。
「……あなたが、あたしの能力を封じるっていう人?」
「へえ? 封呪ふうじゅ能力者について、知ってるの?」
「ちょっとだけね」
 振り向いた少女と、リナの視線が合う。その時になって初めて、リナはおかしな点に気がついた。
「あなた、目が?」
「やっぱりわかる? そう。右目、見えないの」
 少女の右目は、白く混濁こんだくしていた。何の光も映さない瞳。見ているだけで、心をざわつかせる光景だった。
「それだけじゃないよ。右足は折れてるし、内臓もちょっと欠けてる。
 事故に遭ったのよ。その時の後遺症でね。これのせいで、付き合ってた彼氏にもフラれた」
 わかる、と首を傾けた。
「あたしにはどうしようもない理由で、あたしは傷つけられた。その悲しみ、苦しみ、痛み、わかる?」
「それ、は――」
「世界中が憎くなった。何もかもをぶっ壊したい衝動にかられた。そんなあたしに、力を与えてくれた。最高だと思わない? あたしは、願いをかなえる力を手に入れたのよ!」
 彼女も、同じだった。説得してどうにかなる相手には見えない。
「待っていたのよ、あなたを。追っ手よりも強いって証明しちゃえば、もうあたしをねらう相手もいなくなるでしょ? しかも、戦うほどに強くなる。なら、どんどん戦わせてよ!」
 ザッと地面をすり、少女は構えた。
 眉をひそめ、リナは両手を合わせた。
「仕方ない、ね。なら、思いきり戦ってあげるわよ!」
「そう、ありがと。なら、こっちから行かせてもらうわ!」
 少女は手の平を地面に向けた。途端、ぐらぐらと地面が揺れる。
 そして、校庭を砕き、それらは現われた。
「う、嘘でしょー!?」
 まるで生きたヘビのようにかま首をもたげた存在。それは、巨大な木の根だった。
「はは! あなたの能力で、これだけの根っこが相手にできる!?」
 現われた根は、全部で二十本以上。それらがまとめてリナに向かって襲いかかる。
「くッ! こんなのぉ!」
 手を引き、炎を生み出す。リナの『炎矢えんし』は、両手を合わせることで発動する、彼女だけの能力だ。
「木なんか、燃やしちゃうんだから!」
 リナの手元から離れた炎は矢となって木々を襲う。小さな爆音すら響かせて、炎は弾けた。
 命中した木は、しかし、何も受けていないかのごとく、健在していた。
「って、なんで燃えないのー!」
「あなた、案外とバカなのね」
「しかもバカにされた!?」
「当たり前でしょ! バーナーであぶってるならともかく、たかだか一瞬だけ火に触れたって、湿った木が燃えるわけないじゃないの!」
 水を吸った木の根。それは、リナの炎矢のレベルでは、とても焼き尽くせるものではないのだ。
 しかし、リナにはこれ以外の能力はない。これひとつで、なんとか勝負するしかなかった。
 リナは地面をけ出す。暴れまわる木々はかわし、時に飛び越え、少女との距離を詰めていく。
本体あたしを攻撃しようっての? そんなの、させるわけないでしょ!」
 木々が、少女を取り囲むように巻きついた。さながら、根っこのドームだ。
「ちょっと! それじゃあ当たらないじゃないの!」
「当てられないようにしてるの!」
 冗談じょうだんでは済まない状況だが、冗談じょうだんだと言って欲しい状況でもある。現状では、リナには何もできないのだから。
「どうしろって言うのよ――!」
 悔しがったところで、リナに打つ手はない。
「ああもう! なら、そっちが疲れるまで付き合っちゃうんだから!」
 開き直ったリナは、横に向かって飛ぶ。その直後を、根がたたいた。

「頑張るな、リナも」
 ふたりの戦いを、学校の屋上から見ている者がいた。言わずと知れた、フードをかぶった、男女すらも知れない能力者である。
「だが、炎の矢ではその能力には対抗できない。おまけに、いかに運動神経のいい人間でも、あれだけの攻撃からは逃げ続けられないだろう。どうするつもりだ、リナ?」
 ふふ、とフードは楽しげに笑った。
「あがいてみろ。そうすれば、そいつはもっと強くなる。強くなるほどに狂っていく。どうせ狂った世の中だ、狂うほどに、面白い。
 力なき者の悲しみの詩。それほど心地よいものもあるまい?」
 誰よりも純粋に。能力者は、ただ戦いを楽しむ。