門の前で、リナはさけぶ。
「どっち!?」
「向こう、ですわね」
 素早く視線を走らせ、シルヴィアがリナを先導する。遅れて、土人形が門を破壊しながら追ってきた。
「ここ、ですわ!」
 フェンスを乗り越えて降り立った先は、プールだった。季節が外れているせいか、水は汚く、とても泳げるようには見えない。
「では、行きますわよ! 『光撃こうげき』の、ハンマーシート!」
 シルヴィアは気合を込め、握った光をさらに巨大なハンマーに変える。そして、それでプールの上を覆ってしまった。それでも手はしっかりと握ったままだ。シルヴィアの能力では、手を離した瞬間に光も消えてしまう。
「リナ、この上に!」
「え? う、うん」
 シルヴィアに導かれるまま、リナは光のシートの上に立った。
「それで、どうするの?」
「大丈夫ですわ。メイを信じて」
 すぐさま、フェンスすらもぶっ飛ばして土人形が姿を見せた。
「ようやく見つけた。ったく、さっきはよくも言ってくれたわねぇ? このド貧乳が」
「女性の魅力を胸にしか見出せないんですの? それとも、頭に回すだけの栄養が足らなくなったのかしら?」
 土人形も、リナたちと同じように光のシートを踏みしめた。
「もう逃がさないよ」
「今さら謝ったって許さないからな」
「誰が謝るのよ、デブ。そっちこそ今すぐに謝れば、見逃してあげるわよ?」
 太めの少年の顔が赤くなった。長身の少年が必死に笑いをこらえている。
「今!」
 どこからともなく、メイの合図が響いた。それこそ、シルヴィアが待っていたものだった。
「消えなさい!」
 シルヴィアがぱっと手を離す。同時に、プールサイドに向かって軽く逃げた。
 何も聞かされていなかったリナも、反射神経だけでプールサイドに避難する。
 だが、土人形はそうもいかなかった。あまりに大きすぎて機敏きびんな動作ができず、そのままプールに落ちてしまった。
「ちょっとー! 何をやってんのよ! 水がかかったじゃない!」
「ご、ごめん!」
 土人形が水中に落ちたのを確認し、それを取り囲むように、シルヴィアは再び光のハンマーシートを作り出した。
「これで逃げられませんわ」
「ふん! こんなの、こいつの力でぶっ壊してやる!」
 メガネ少年が叫ぶと、それに反論したのは、シルヴィアではなかった。
「残念だけど、それは、許せないの」
 少年たちの背中を見る位置に、メイは立っていた。
「一気に打ち砕き、再生もできない状態にする。それが、この一撃!」
 メイは手の平をプールに向けた。
「プールの水を、一気にこおらせます!」
 キン、と高い音が響いた。直後、ひどくにぶい音が、腹に響く。
「な、ちょ、動けない!?」
「んだコレ!? 再生ができねーぞ!」
 メガネの少年と長身の少年が慌てて修復しようとするが、土人形は動かず、氷の中に閉ざされたその体は、すでに人の形を保っていなかった。
「あんた! 何したのよ!」
「ご、ごめんなさい。水を氷に変えた、それだけなんです」
 攻めたのはメイなのだが、なぜだか攻められた少女のほうが強気だった。
「え? え? 氷にしただけなのに、土人形が再生できなくなるの?」
 状況がわかっていないのは、敵だけでもなかったらしい。むしろ、この場で理解できているのは、シルヴィアとメイだけのようだ。
 シルヴィアは軽くため息をつき、
「リナ。水は氷になると、体積が増えるんですわ。メイはわたくしのハンマーシートでフタをした状態で、氷にした。ギリギリの体積で、増えたぶんは行き場をなくし、土人形を押しつぶしたんですわ」
「それって、水を一杯まで入れたペットボトルを冷凍庫に入れると、爆発するみたいな?」
「そういうことですわ」
 ざっと四人を、リナたちが取り囲む。
「さあ。これであなたたちの切り札である土人形は使えなくなりましたわ。おとなしく敗北を認めてもらいますわよ?」
「そんなの……」
「ああ、もちろんだ」
「当然、認められないよ!」
 動いたのは、三人。
 太めの少年はリナに向かってパチンコ玉を放り投げ、現代風の少女は突風でシルヴィアに襲いかかり、メガネの少年は砕けた土人形の欠片かけらをメイに向かって放った。
「それで攻撃のつもり!?」
 リナは炎でパチンコ玉を撃ち抜き、爆発させる。シルヴィアはハンマーを壁にし、風から身を守る。メイは氷の壁を生み出し、土を弾く。
 四人がそろえば圧倒的な力を持つが、個々では、リナたちに勝てる要素はない。
「メンドくさい! ちょっと気絶してもらうからッ!」
「手伝いますわよ!」
 逃げ道のない四人に、リナとシルヴィアがしかける。
 立ち上がろうとした太めの少年にリナのりが刺さり、慌てて逃げようとした長身の少年にはシルヴィアのハンマーが襲いかかった。
 メガネの少年は能力を使おうとして、メイの氷玉に頭を撃たれ、気絶した。
「さて。ゆっくりと封呪ふうじゅさせてもらうからね」
 現代風の少女を見下ろし、リナは言った。少女は、目に涙を浮かべていた。
「な、なによ! あんたたち、それで正義でもしてるつもり!?」
「正義じゃないわよ。ただ、やるべきだって思ったことをやるだけ」
 リナとシルヴィア、ふたりの手が少女の額を覆う。
「やだ、待って、まだやりたいことだってあるのに! せっかく得た、ウチの力なのに!」
「違うよ。それは、あなたの能力じゃない」
 リナとシルヴィアは一度だけ目を合わせ、同時につぶやいた。
封呪ふうじゅ
 光が少女を包み、少女は気を失って倒れた。
「本当の能力は、努力しないで得るものじゃないもの」
 リナの小声は、少女には届かない。

「あー、疲れた」
 学園に戻ってきたリナは、うーんと背伸びをした。
「まだ報告書を書いていませんわ。今回はわたくしも関係しているのだから、きちんとやってもらいますわよ?」
「うへえ、勘弁して欲しいかも」
 げんなりとするリナ。シルヴィアは軽く息を吐き、ふと、メイに目をやった。
「どうかしたんですの、メイ? 元気がありませんわよ」
「え?」
 何かをずっと考えていたらしいメイは、話かけられたということに、すぐさま反応できなかった。
「あ、ごめん。何?」
「本当にどうしたんですの、メイ。何かありましたの?」
「え? ケガしたとか? だったら、リンダのとこに寄ってく?」
 心配そうに見つめるふたりに、メイは軽く手を振った。
「ううん、そんなのじゃないの。大丈夫、どこもケガしてないよ。それより、リナこそ。どこかケガしたんじゃないの?」
「あたしこそ大丈夫よ。こんなのケガの内には入らないから」
「ってことは、しているということですわね。ほら、リナ。行きますわよ」
 ガッとリナの肩をつかみ、シルヴィアは引きずるようにして連れて行く。
「あ、ごめん、シルヴィア。私、他に用事があるから……」
「そうですの? じゃあ、今日はここで」
「お疲れ、メイ」
 別れの挨拶あいさつと共に立ち去るふたりに背を向け、メイは走り出した。
 施設から外れ、それでも人の目がないように、しばらく走る。学園の施設が並ぶ主要部を抜け、それでも走り続け。本当に誰もいない草原まで走って、メイは立ち止まった。
 そこで、メイは荒い息を整え、自分の手を見つめた。
「もしかした、ら」
 ふっと手を動かす。その動きに沿って、氷が空中に描かれていく。
 続けて、メイは手を突き出した。途端、氷龍が生まれ、空中に作られた氷のアートを打ち砕く。
「――やっぱり、そうだ」
 きらきらと光り輝く氷のつぶを見つめながら、その事実に、メイは気がついた。
「そう、これで、私は、もう誰の指示を受ける必要もない!」
 メイの口元に笑みが浮かぶ。それは、リナやシルヴィアすらも見たことのない、悪意に満ちたものだった。
「これが、ジョーカーの力!」
 小さな笑い声がもれる。それは徐々に大きくなり、やがて、高笑いとなった。
「はははははははははははははははははははははは!」
 メイの笑い声を聞き届けた者はいない。ただひとりさえ。