学園には、回復系の能力者が何人もいる。彼らが共に働く場所が、通称『病院』だ。
 二階は外科。外傷に関する治癒能力が高い教員がそろっており、リンダの部屋もそこにある。
 いつも通り、リンダがそこで仕事をしていると、客がやって来た。
「リンダー、いる?」
「リナちゃん? ちょっと待ってね」
 仕事を中断し、リンダはギシリとイスをきしませて振り向いた。入り口のところに、リナが制服姿で立っていた。
「はいはい。またケガしたの?」
「違うわよ。いつもケガしてるみたいに言わないでくれる?」
 腰に手をあて文句を言い、リナは続けた。
「そうじゃなくて、メイ、見なかった?」
「メイちゃん? ここんとこは見てないけど、どうしたの?」
「うん。それがね、部屋に行ってもずっと会えなくて。シルヴィアもティノも知らないって言うし、リンダにも聞いてみようと思って」
 でも知らないんじゃ仕方ないね。続け、リナはため息をついた。
「メイちゃんがいなくなるなんて、どうしたのかしら。男子生徒なら、何人かいなくなる子もいるんだけど」
「あたしが知っている中でも、こんなの初めてだよ。何か、あったのかな?」
「……メイちゃんに限って、何かあるとは思えないんだけど」
 エースクラス。学園でも特別な力を持つメイに、何かあったとは考えにくい。
「うん、わかった。アタシのほうでも、ちょっと調べてみるわ。何かわかったら連絡するね?」
「ありがとう、リンダ。じゃ、あたしはこれで」
 小さく手を振り、リナは部屋を出て行った。
 リンダはしばらく、イスに座ったままで考え込んでいた。
「メイちゃん、か――」
 ふと浮かんだ考えを振り払うように頭を振り、リンダは立ち上がった。

 リナが部屋に戻ると、すでにシルヴィアが待っていた。
「ただいま」
「おかえり、リナ。どうですの? リンダのほうは、何か知っていまして?」
 リナは首を横に振って答え、ベッドに座り込んだ。
「ダメ。リンダも知らないって」
「そう、ですの。わたくしの方でも調べましたけど、外出許可をミハエルが出してから、誰も見ていないようですわ。おそらくは、現世に」
「……現世、か」
 ベッドに倒れこみ、リナは上を見上げた。見えるものと言えば、上段の板だけだ。
「メイが行方不明ゆくえふめいなんて、初めてですわね」
「うん。でも、教員でもわからないんじゃ、探しようがないよ……」
 教員は、ある程度までなら生徒の位置を知ることができる。だが、メイは完全にどこにいるのか、わからない状態になっていた。
「何があったんだろう、メイ。あたしたちに何も言わないなんて、さ」
「――あるいは、わたくしたちが思っているほど、メイのことはわかっていなかったのかもしれませんわね」
 リナは体を起こし、シルヴィアを見た。シルヴィアは髪の毛をくるくると指に巻いていた。
「どう言おうとも、メイは他人ですわ。他人は、完全には理解できない。わたくしたちの知らない部分がメイにあっても、おかしくありませんわよ?」
「それは、そうかもしれない。でも、メイは友達だもん。理解できないなんて、思いたくないよ」
「甘いですわね。でも、優しいですわ」
 リナを見つめるシルヴィアの目は、あたたかい感情が宿っていた。

 メイが行方不明ゆくえふめいになって数日。その間も、リナはメイの消息しょうそくを求め続けていた。
 だが、メイ探しにばかり力を入れるわけにもいかない。リナにはリナの、学園生徒としての任務がある。
 学園の生徒が何もしなければ、世の中は異常能力者であふれてしまう。力が力で支配する世界。それをふせぐのは、生徒たちの役目だった。
「どこ行ったんだろう、メイ」
 急な任務を終えて、人のいないところに移動する途中。リナは、またメイのことを考えていた。
「最近、急務も増えてきたし。何かが、起きてるとか?」
 自分の知らないところで、何かが起きているような予感。その感じに、リナはぶるりと肩を震わせた。
 人通りの多い場所を抜け、高校の前を通る。その時、ふっとリナの視界に、何かが入った。
 それがなんとなく気になって、リナは高校の中を見た。
 ごく普通の公立高校。広い校庭に人の姿がないのは、授業中だからだろうか。
 校庭を囲むようにして植えられた木。リナはそこに、誰か見知った影を見たような気がしていた。
「……ちょっとだけなら、大丈夫だよね?」
 リナは軽々と門を乗り越えると、その木があった場所に寄っていった。
「――か?」
 人の話し声が聞こえる。誰かがいるのは、リナの見間違いではないらしい。
「ああ、これ、すげーよ!」
「そうか。それはよかったな」
 木陰こかげにいたのは、フードをかぶった誰かと、この高校の生徒らしい男子だった。
 リナも見つからないように木に隠れ、そっと様子をうかがう。
「……ん?」
 が、フードが何かに気がついたらしい。しばらくリナのいるほうを見つめ、やがて、にやりと笑った。
「誰だ? かくれんぼをしているのは」
 ひゅっとフードが手を動かす。と、リナの隠れていた木が切断され、ずしりと重たい音を立てて倒れた。
「ん? お前は、リナ?」
 リナはフードからも男子生徒からも距離を置き、全身に緊張を走らせた。
「あなた、あたしを知ってるの?」
「もちろんだ。そうか、見つかってしまったか。まあ、いい。いつかは会わねばならぬと思っていた」
 フードは、リナから男子生徒に視線を移した。
「お前は、邪魔になるな。死ね」
「は?」
 フードの腕がひらめく。男子生徒の胸から、血が噴出ふんしゅつした。
 パッと、血の花が校庭に咲いた。止める間もない、素早い一撃だった。
「あ、んた……!」
「リナ。ここでは場所が悪い、すぐに邪魔が入る。一般人の邪魔は、お前も望まないだろう? 場所を移そうではないか。能力者が戦うにふさわしい場所に、な」
 フードは笑うように言うと、リナに背を向けて走り出した。
「待ちなさい!」
 リナもすぐさま、後を追う。
 高校の敷地から飛び出し、なおも走る。
 住宅街を抜け、小高い丘の上まで走って、フードは立ち止まった。
 そこは、町を見下ろせる場所だった。公園のようになっていて、下草がさらさらと風に揺れていた。
「ここならいいだろう。思いきり戦える」
 フードは、リナと正面から対峙たいじした。
「あなたが、異常能力者を?」
 目にしたばかりの光景から、思いつきを口にする。フードは、軽くうなずいた。
「その通りだ。力を与える者、すなわち付与能力者。お前たち封呪ふうじゅ能力者の、天敵だよ」
 ちりちりと、熱気が生まれる。リナの怒りが、能力を高めていく。
「なんで、あんなことをするの。あんな、誰も幸せにならないことを!」
「どうしてそう言いきれる? 彼らはだいたい、幸せだと言っている。当然だな」
 くすくすと、フードは笑う。
「私が力を与える相手は、すべからく、力がないために損をしている者たちだ。力がないために意見を言うことができない。力がないから、普通の人としての幸せを望むことができない。そういう者にこそ、私は力を与える。
 それのどこが間違っているのだ? 非力な者、しいたげられし者に力を与えることが、おかしいと言うのか?」
「当たり前じゃない。自分で得ていない力のせいで、みんなが迷っている。苦しむ。自分の身には過ぎた力のせいで!」
「そうか。では、お前は自分が持っている力が、自分の身に合っているというのか? それはまた、ずいぶんと傲慢ごうまんだな」
 フードは、楽しそうだった。リナの怒りが増していく、その姿が。
「お前には理解できないだろう。力のない者の悲しみ、苦しみ、怒り、なげき。そんなお前には、私の行いに関して何かを言う資格はない」
「――なら。あんたは、わかるって言うの?」
「もちろんだ。私はお前よりなお、連中の悲しみと触れ合ってきた。お前よりは知っているつもりだ」
 どちらも、今にもしかけそうなほどに緊迫きんぱくしていた。何かのきっかけがあれば爆発しそうなほどに。
「あたし。あんたは、許せない。あんただけは絶対に倒す。この、あたしが」
「そうか。これでも、殺せるか?」
 パサリ、と。顔を隠していたフードを、取り払った。
 リナの目が大きく丸く、開かれる。
「う、そ……?」
「どうしたの、リナ? 何を驚いているのかしら?」
 フードを外した少女は、からかうように、楽しそうに、首をかしげた。
「え? だ、だって、なんで!?」
「なんで? 私がここにこうしているのが、そんなにおかしいの?」
 いつもと違い、おろした髪がさらりと肩に流れる。メガネの奥で、目が笑っていた。
 親友メイが、リナの目の前に立っていた。