「どうして、メイ、メイがあたしたちを裏切るのよ!」
 リナの、悲痛な叫びが響く。聞いているだけでも痛々しい声を耳にしながら、けれど、メイの表情に変化はない。
「裏切る? 何を言ってるのよ、リナ。私は、最初から裏切ってなんていないよ?」
「……え?」
 メイはますます、口の端をつり上げる。
「だって、私は学園に入った時から、ずっとこの能力を使ってきたんだもの。それを、みんなには言わなかっただけ。裏切ったんじゃなくて、そっちが知らなかっただけよ」
「学園に、入った時から――?」
 それは。リナたちが、メイと出会う前から。
 彼女たちが出会うための条件がそろった時には、すでに、敵対する条件もそろっていた。
「じゃあ、あの、もしかして、学園も知っていたの?」
「さすがリナ。こういうことに関しては頭の回転が速いね。その通り、私が能力を使うタイミングは、学園が決めてたの」
 くすり、と笑う。
「学園にね、予知能力者なんていないのよ。そんな人がいなくたって、学園は能力者の発生がわかるわ。当たり前よ、発生のタイミングを学園が管理しているんだから」
「でも、なんで、そんなこと? 学園は、能力者を封印するためにあるんじゃないの!?」
「そう、ね。それは間違いじゃない。学園は、封呪ふうじゅ能力者を育てるために、私たちを使っていたんだから」
 瞬間、リナは全てを理解した。
 学園は、メイたちのような『他人に異常能力を発生させる力』を使って、リナたちのような『封印する能力』を成長させようとしているのだと。
 能力は、使わなければ成長しない。だから、成長するためには、敵が必要なのだ。その敵も学園が用意していた、それだけのこと。
「私と同じ能力を持つ人は、封呪ふうじゅの能力は持ってない。与えられる者は、奪う力を持っていないの」
「――なら、メイも、仕方なくやっていたの? あたしたちを成長させるために?」
 メイは、首を横に振った。
「仕方なく、じゃない。望んで、よ。私が学園に入って、この能力に目覚めた時、私は選択肢を与えられた。能力を使わず、教員として生きるか。能力を使い、生徒として生きるか。私はどちらでも選べたのに、生徒として、能力者として生きる道を選んだ。だから、救いなんてないのよ、リナ」
 リナの頬を、涙が伝わる。手は震え、熱気は消える気配を見せない。
「戦うしか、道はないのね」
 ぽつりとリナが聞き、
「正解」
 ぽつりとメイが返す。
 メイは、ふわりと全身を包んでいたローブを脱ぎ捨てた。その姿は、きらきらと輝いていた。
「メイ。あたしたちは、友達だよね」
「そうね。友達だったわ」
 リナは一度、強く歯を食いしばり。
 そして、け出した。
 両手を合わせ、炎を放つ。メイは、軽く手をひねった。氷が生まれ、盾となって矢を弾く。
 構わず、リナは矢を放ち続けた。何本もの、数えられないほどの矢を、適当に撃ち続ける。
「どうしたの、リナ! そんな攻撃じゃ、私には当たらないよ!」
 四方八方から飛び来る矢を、メイは盾だけで受け止めてしまう。これが、レベルの差だった。
「そんな攻撃しかできないの? なら、私のほうから行くよ!」
 片手を突き出す。盾の外に、氷のトゲが現われた。
 メイがぐっと手を握ると、トゲたちが弾丸のように発射された。それぞれが炎を砕き、リナに雨のように降り注ぐ。
「くッ――!」
 飛び、転がり、トゲの弾丸をかわしていく。ギリギリでかわし続けるリナの体に、浅い傷が量産されていった。
「さすがリナ。身のこなしだけは軽いね」
 メイは、戦いを楽しんでいるように見えた。苦しんでいるリナとは、対照的に。
 盾は近づかないと壊せないと判断したのか、リナは弾丸の雨の中、前に向かって走り出した。
 メイはくすりと笑う。
「これだけの雨。かわす場所なんてない。その状態で、受け止められる?」
 メイの正面に、氷の龍が生まれた。メイはその頭を軽くなで、解き放つ。
 盾すら打ち砕き、龍は敵に向かって突き進む。上下左右、トゲに囲まれたリナには逃げ道がない。
「ゲートオープン!」
 だからリナも、逃げなかった。
 リナの前に、扉が現われる。現世と学園を繋ぐ、異次元の扉が。
 勢いに乗った氷龍は向きを変えられず、扉に突っ込んだ。そのまま、学園へと送られる。これで、前方に大きな隙が生まれた。
 一方のリナはノブを踏み台に、扉を乗り越える。高くび、真上からメイを狙う。
「これで、どう!?」
 盾は踏み砕いて壊し、炎の矢を引きしぼる。リナとメイの間には、何もなかった。
 矢が、放たれる。
 五本の炎はそれぞれの方向からメイを狙う。重力による加速を得た炎は、まるでスローモーションのように進み、そして矢は、メイの周囲で弾けて消えた。
 リナはそのまま、メイに向かって落ちる。メイは軽く手を伸ばし、氷でその体を凍結とうけつさせた。
「残念だったね、リナ。私のまわりが光ってるの、見えなかった?」
 リナの顔を見上げ、メイは言った。
「これ、私の能力。『凍衣とうい』って、原点はこういうことなの」
 小さな氷のつぶが衣服のように全身を覆う。その名が示す通りの力。氷による防御や攻撃は、その延長線上にある。
「ごめんね、リナ。これが私とあなたの違い。純粋じゅんすいなまでの力の差なの」
 メイの手に、氷のナイフが現われた。
「……メイ。いつも優秀だったけどさ、ひとつだけ、間違えてるね」
「何を?」
 ギリギリの状況で、リナは、ほほえんだ。
「あたし、メイの能力は知ってたよ。ずっと一緒だったんだもん。だから、その対策も、とっくにできていたの」
 バン、と破裂音が走った。リナの腕を閉ざしていた氷が砕け、右袖みぎそでが吹き飛んだ。
「これがあたしの切り札。メイも、知ってるでしょ? あたしは、放った後の矢のコントロールなら得意なんだって」
 リナの腕は、燃えていた。腕を、炎の矢が覆っている。その光景に、メイは目を丸くした。
 メイのナイフを持つ手をつかみ、リナは、メイの胸に右腕を置いた。
「この距離ならかわせない、受けられない。逃がさないよ、メイ」
 ぎゅっと握りしめたリナの手は、振りほどけない。物理的な力の差だ。
「終わりだよ。今、楽にしてあげるから……ごめん、ね」
 炎の矢が、メイの胸を、貫いた。

 公園は、戦いの爪痕つめあとを強く残していた。
 草は焼けげ、氷は大地を覆う。その光景は、見ていて痛々しいものだった。
 その中で、ふたりの少女が倒れていた。ひとりは砕けた氷に埋もれ、ひとりは胸を氷に閉ざし。
 その片割れ、メイは、ゆっくりと体を起こした。メガネは吹き飛び、割れて近くに転がっていた。
 荒い息を吐きながら、メイは目の前に倒れるリナを見つめた。
「残念、だったわね……。氷で傷をふさいで、血管の代わりにバイパスさせるくらい、できるんだからね……」
 だが、なんとか立ち上がったメイも、体はボロボロになっていた。
「でも、さすがに疲れるわね、これは。どこかに避難して、この傷をどうにかしないと……」
 よろめきながらも歩き出す、その背中に、声が届いた。
「待ちなさいな、メイ」
 メイは、ゆっくりと振り向いた。びついたロボットのように、ゆっくりと。
「シルヴィ、ア……? それに、ティノとリンダまで?」
「お待たせしましたわね、メイ。これでも急いだんですわよ? なにせ任務をすっぽかして来たんですもの」
 シルヴィア、ティノ、リンダ。そこには、三人が立っていた。
「ぼくが連れてきた。まったく、リナって無茶をするよね。おかげでゲートルームは半壊状態。今はテレポートが使えないと行き来ができないんだ。
 ――ま、おかげで、君の居場所も特定できたんだけど」
 ティノはリナをかばうように立っている。その後ろで、リンダはリナの傷をいやしていた。
「君の負けだ、メイリン。おとなしく投降とうこうするんだ。そうすれば傷も治せる。こんなところで死ぬなんて、バカらしいだろ?」
「負けを認めて下さいまし、メイ。わたくしは、友達を殺すなんて、あまりしたくありませんわ」
 メイは荒い息を吐きながら、ふたりをにらみつけていた。口を開いて出てきた言葉は、一言。
「……イヤ」
 シルヴィアの目が、細くなった。
「私は絶対。私は無敵。私は完全。私は最強。誰よりも強く、誰よりも強い。それが私なの。その私が、敗北を認めるなんて、できるわけないでしょ?」
「そう。残念ですわ」
 ぐっと、シルヴィアは手を握った。大きな光のハンマーがメイの前で輝く。
「あなたの命は、わたくしが背負いますわ。リナに背負わせたくはありませんもの」
「あいかわらずね、シルヴィア」
 ふっと笑い、シルヴィアはねた。
 ハンマーが、少女の肉体を打ち砕く。