リナが目を開いた時、最初に目に入ったのは白い天井。顔を左右に動かすと、少女の背中が目に入った。
「……リンダ?」
「あ、リナちゃん、目が覚めた?」
 リンダは振り返った。その顔を、リナはぼんやりと見つめた。
「まったくもう、ほんとーにいつも言ってるけど、無茶はしないでね? 死んじゃったら、それで終わりなんだから」
「あれ? あたし、どうして病院に……?」
 そこは、小さな病室だった。ベッドがふたつばかりしかない。そして、隣のベッドには誰もいなかった。
 ぼんやりとした目は、ふと、大きく開かれた。
 ガバリと体を起こし、リンダに問う。
「そうだ! リンダ、メイは!?」
 何かの作業をしていたリンダは、ぴたりと動きを止めた。後ろを向き、リナには顔が見えないようにしてから、答えた。
「――ごめん。助けられなかった」
 リナは小さく息を飲んだ。
 ぐっと歯を食いしばり、涙だけは流さないように。それだけが、リナにできることの精一杯だった。
 しめっぽい空気がただよう部屋の扉が、突如、バンと大きく開かれた。
「やっほー! リンダぁ、リナって目が覚め、てるねこれちょっとごめんなんで矢を向けられているのかな?」
「他人の胸に手を当ててないで、自分の胸に手を当てて考えなさい、あんたは」
 苦笑いを浮かべ、ティノはリナから離れた。
「ティノ、いきなり瞬間移動なんてしないで欲しいですわね。まったくもう、あなたって人は……」
 遅れて、シルヴィアも顔を出す。だが、それ以上に誰かが現われることは、なかった。いつもなら現われるはずのもうひとりは、決して現われることはない。
 ティノは隣のベッドに座り、シルヴィアはリナのベッドの足元あたりに座った。
「みんな、どうしたの? そろって」
「それをあなたが言うんですの、リナ? あなたは事情、わたくしたちよりご存知ではありませんの?」
「――ってことは、みんなも知っているんだね」
 ふう、とため息をつき、シルヴィアは続けた。
「わたくしが、メイにとどめを刺しましたわ。抵抗されて。今日は、その話をしに来ましたの。ティノと一緒にね」
 ちらりと、シルヴィアはティノを見た。
 ティノはうなずき、リナをまっすぐに見つめた。
「たぶん、メイリンから聞いたよね。この学園のシステム」
「学園が能力者を作り、能力者を封じる。そのシステムのこと、よね?」
「そう。この学園は、現世から素質のある人を集め、それまでの記憶と引き換えにその能力を開花させ、老化を止める。その時に目覚めた能力によって、その後が決まる」
 ティノは指を一本、立ててみせた。
「ひとつ。君らのような、封呪ふうじゅ能力者。この学園が最も大事にしている存在だ」
 さらに一本、指を立てる。
「ひとつ。リンダのような、普通の能力者。異常能力者と大差はないけれど、決定的に違うのは、この学園のために働くということと、元々、素質を持っているってことだ」
 そして、三本目の指を立てた。
「ひとつ。メイリンのような、付与能力者。素質のない人にも能力を発生させる。強引にね。素質はないから、成長の余地はない」
 メイリン、の名前に、リナはぴくりと反応した。けれど、何も言わなかった。
「ぼくは、付与能力者だ」
「――え?」
 頭をぽりぽりとかきながら、ティノは言う。
「だから、付与能力者。ぼくも。ただし、ぼくは入学時に能力の使用を拒否した。だから、教員なんだ。メイリンと違ってね」
「アタシも、つい昨日、教えてもらったばっかりなのよ」
 リンダはティノの隣に並んで座った。軽くにらむと、ティノはリンダから視線を外した。
「仕方なかったんだ。ぼくは、誰にも話さないという約束をしてこの学園に入った。リンダが相手でも話すわけにはいかなかったんだよ」
「……なら、あたしに話していいの?」
 ティノはリナに視線を戻し、
「君は特別。メイリンから話を聞いてしまったからね。半端に知られるよりは、完全に知るべき。これは学園長の意思でもある」
「学園長、の?」
 学園長は、常に姿は見せない。それだけに、彼について何かを知る人は少ない。
「付与能力者は学園長に会う権利を持っている。学園の暗部を知る存在だからね、学園長が直々じきじきに管理しているんだ」
 リナは体を起こしたまま、祈るように組んだ手を見つめていた。
 ぽつりと、つぶやく。
「こんなシステム、間違ってる」
「その通りだ。君らは敵を倒すために戦っているんじゃない、ただ成長するためだけに、終わらない螺旋らせんを続けている」
 リナは顔を上げると、ティノをじっと見つめた。
「ティノ。あたしを、学園長に会わせて」
直訴じきそするつもりなんだろう? 言うと思っていたよ。すでに準備はしてある」
 ティノはリンダに視線を送った。リンダがうなずくと、ティノはベッドから立ち上がった。
「連れてってあげるよ。君らを、学園長のところに。ただ、気をつけたほうがいい。あいつはぼくらを道具としか考えていない。あいつの目的は知らないけど、目的のため、ぼくらを使い捨てるつもりなんだから」
 リナはシルヴィアと目を合わせ、ティノに向かってうなずいてみせた。

 病院の東に、多目的タワーと呼ばれる塔がある。ゲートルームや図書室、コンピュータルームなどを一緒にした、近代的なシルエットの建物だ。
 ティノは、リナたちをその建物の地下二階へと案内した。ゲートルームよりさらに下、暗い地下室には、扉がたったひとつだけしかなかった。
 無地のネームプレートがついたその扉を、ティノがノックする。
「ティノ=セラフィーニです。リナ=ミサキ、シルヴィア=ガーネット、リンダ=ランドールをお連れしました」
「入れ」
 中からの返事。ティノが扉を開き、四人は中に入った。
 部屋の中には、机がひとつ、それだけしかなかった。応接用の設備はおろか、絵や植物すらもない。
 その机に、オールバックの男がひとり、軽く腰を乗せていた。
「ようこそ、学園長室へ。私がこの学園の創始者にして学園長、シャルル=リシャールだ」
 黒いスーツに、黒いシャツ、黒いネクタイ。身にする全てが漆黒しっこくに包まれた、闇のような男だった。
「……あなたが、学園長?」
 リナは軽く眉を寄せた。どこかで、見覚えがあったような気がして。
「いかにも。おおかた、私に見覚えがあるといったところだろう。実際、リナ=ミサキ、君は私に会っている。湖で、君はラルスと一緒にいた」
「――あ!」
 ほんの一瞬のことで、すっかり忘れていた。だが、彼女はたしかに、この男に会っていた。リナがラルスに会いに行った時に、彼を連れて行った男だ。
「ラルスは封呪ふうじゅの能力を持つ者の中でも特別でね。私に会う権利を持っている。言うなれば、付与能力者と同じ扱いだな」
 ところで、とシャルルはリナたちの顔を順番に見つめた。
「君らは私を前に、名乗りもしないのか? 私は君らを知っているが、それは結果論だ。それとも、それが君らの常識なのか?」
 言われ、リナたちは慌てて順に名乗った。
 全員が名乗りを終えたところで、シャルルはリナに視線を合わせた。
「さて。私に何の用かな?」
「学園長。この学園のシステムについては、ご存知なんですよね」
 リナの問いかけに、男は笑いもしなかった。
「当然だろう。私がそのシステムを組み上げたのだからな」
「どうして、そんなシステムを作ったんですか」
「それは、君のような人間が知ることじゃない」
 リナはぐっとこぶしを握り、耐えた。
「なら、このシステムを止めて下さい。あたしは、こんな不毛なシステムに協力できません」
「システムを止めるつもりなどない。だが、君が任務を行わないのは自由だ。教員として働いてもいいし、気に入らないならば学園を去ってもらっても構わない。記憶と能力は消すが、ね」
「そんなことを言ってるんじゃない!」
 他の三人が、目でたしなめる。けれどリナには、自分をおさえることができなかった。
「こんなシステムで誰が幸せになるって言うの!? みんなが不幸になるだけじゃない! それなのに、なんで続けようとするのよ!」
 感情を高ぶらせるリナとは正反対に、シャルルはどんどんと冷静になっているようにも見えた。まるで、氷のように。
「誰かを幸せにするために学園はあるのではない。そもそもの論点が違うのだよ」
 シャルルは手を上げると、自分の胸をトントンとたたいてみせた。
「文句があるならば力で示したまえ。この学園での意見の強さは、力の強さに比例する。君がこのシステムを間違っていると言うのであれば、私を殺して、君が新しいシステムを作ればいいだろう」
「殺して――?」
 シャルルの目的がわからず、思わずリナは止まった。そのタイミングをねらい、ティノがふたりの間に割って入る。
「すみません、学園長。彼女は友人が死んで精神的に不安定になっているため、失礼な口をきいてしまいました。ぼくが代わりにおびします。
 ですから、ここは見逃してあげていただけませんでしょうか」
「礼を失するのはよいことではないな。だが、別に構わん。それで何が起きるわけでもない」
 しかし。シャルルがその一言を発した途端、緊張が走った。
「このまま逃がして、学園に不利益となる行動を取られても困る。だからこそ、立場だけはハッキリさせねばならないだろう」
 学園長は上着を脱ぐと、それを机の上に置いた。
「リナ=ミサキ、シルヴィア=ガーネット。李美鈴リー=メイリンのことが気に入らないのだろう? その怒り、私にぶつけてみたまえ。私と勝負だ」