「学園長!」
 先の見えないシャルルの行動に、ティノはえた。
 対するシャルルはティノをにらみ、
「ティノ。君は外に出ていろ。そうだな、リンダ。君もだ」
「え? でも……」
「安心したまえ。私は攻撃の能力は持っていない。また、私もパイロキネシスやサイコキネシスなどに負けることはない」
 リンダは迷ったように、ティノを見た。
 ティノは歯噛はがみし、リンダの手を握ると、強引に引いて外に出た。
 部屋に残されたリナとシルヴィアは、シャルルをにらみつけた。
「どうした? 来ないならば、私から行くぞ」
 軽いフットワークで、シャルルはリナとの距離を詰める。鋭いこぶしを、リナは身をひねってかわした。
 それで、リナの覚悟は決まった。
 パン、と両手を合わせる。開いた手と手の間には、炎の矢が生まれている。
 リナは、シャルルに向かって、その矢を放った。
 シャルルは矢を見つめ、小さく口元に笑みを浮かべた。
 シャルルは動かない。五本の矢はまっすぐ、シャルルの手足を貫いた。
「この程度か?」
 シャツに、ズボンに穴が開く。だが、そこから流れるはずの血は、出なかった。どころか、傷口すらも見えない。
「な、に?」
「どうした。もう終わりか? どうせなら心臓を攻めてみろ。万にひとつ、私が死ぬかもしれないぞ?」
 ゆっくりとリナに歩み寄る男は、冷静だった。傷の痛みをこらえているようにも、何かの能力を使ったようにも見えない。
 だが、リナの炎は間違いなく男を貫いたし、威力も普段と変わらないものであるはずだった。
「リナ!」
 呆然ぼうぜんとするリナの前に、シルヴィアが入る。そして、ハンマーを振り下ろした。
 ドン、とハンマーがシャルルごと、床板をたたく。シルヴィアがハンマーを上げると、そこには、変わらぬ姿の男が立っていた。
「私の能力を教えてやろう。私が名づけた名前は『不死』。不老ではない、不死だ。あらゆる肉体的な欠損けっそん、ダメージなどを瞬時に修復。いかなる能力を用いても、私は死なない」
 それは、メイの氷すらも届かない、無敵の領域。
 死なないのであれば、どうやったところで負けることはない。死こそが敗北の条件である戦いの中で、彼だけは、条件を満たすことはない。
 そんな相手を。どうやって、倒せばいいと言うのか。
「わかっただろう。私に抵抗することがどれだけ無意味であるのか。誰も私を倒せない。これは意味も意図もない、ただの事実なのだよ」
 さらりと言ったシャルルを、リナたちはただにらみ続けるしかできなかった。

 学園長室を出たリナは、シルヴィアやティノたちと別れ、ひとりで寮に戻っていた。と言っても、自分の部屋ではない。
 リナが向かったのは、二階の五号室。メイの部屋だった。
 主を失った部屋は、きれいに整頓せいとんされ、かたづいていた。
「メイ……」
 誰もいない部屋で、リナは机に座った。机の上には、薄くほこりが積もっている。それが、リナには少しだけさびしかった。
 棚には本が、きちんと並んでいた。難しい言葉が並んでいて、リナにはそれが何であるのかよくわからない。
「メイ、あたし、あたし、くやしいよ。あたし、メイのために何もできない。メイ、あたし、どうしたらいいの?」
 答えられる者は、いない。
 メイは、もうこの世にいない。そして、リナ自身にも、その答えは見つけられなかった。
 リナは、見るともなく棚に並ぶ本を見つめていく。そして、ふと、背表紙に何も書かれていない本があるのを見つけた。
 特に意識もせず、リナはその本に手を伸ばした。表紙にはタイトルもなく、ただメイの字で、名前が書かれているだけだった。
 開くと、中はメイの文字で一杯だった。内容は様々で、学園の能力者の特徴や傾向、学園の地図、現世での異常能力者の行動など。学園に関する脈絡みゃくらくのない内容が、つらつらと書きつらねてあった。
 内容に軽く目を通す。本に興味があったわけでもない。ただ、リナにとっては知らないメイの部分を、もっと知りたかった。それだけだった。
 ページをめくっていくと、シャルルの名前を見つけた。そこで、リナは手を止めた。
「これ……」
 それは、メイなりにシャルルの目的を予想しようとしたものだった。征服、金銭、破壊、様々な可能性を考え、けれど、答えは出なかったらしい。
 最後のほうには、禁止区域における可能性と題されていた。いつもは立ち入りを禁止されている場所に、実はシャルルにとって見られたくないものがあるのではないか。そして、そこに行けば、彼の目的がわかるのではないか。そう書かれていた。
 特にメイの注目は、学園の南部にある森についてだった。どうやら、そこに入るための準備もしていたらしい。
 リナは本の内容に集中した。そして、そのせいで、部屋に人が入ってきても気がつかないほどだった。
「何をしているんだい」
 いきなりの声に、リナはビクリと小さくねた。
 ぐるりと振り向くと、部屋の入り口に、爆発したような頭が立っていた。
「ラルス! いきなり、驚くじゃないの!」
 リナの文句もどこ吹く風、とばかりに、ラルスは部屋の中を見回している。その様子に、リナはちょっとばかり不機嫌になった。
「ちょっと! ここ、女の子の部屋よ。じろじろ見るのは失礼じゃないの?」
「どうせ帰ってこないんだ。関係ないじゃないか」
「関係ないって――!」
 ふと、気がついた。帰ってこない。あまりにさらりと言われ、聞き流してしまいそうだった。
「……あんた、メイのこと、知ってるの?」
「知ってるよ。オレ、この学園に関して知らないこと、あんまりないんだ」
 リナをまっすぐに見つめ、ラルスは言った。
「もしかして、森に行こうなんて考えていないだろうね?」
「なんで、わかるのよ」
 リナが言うと、ラルスはくすりと笑った。
「な、何がおかしいのよ!」
「いや。素直だな、と思ってね。交渉こうしょうに向いてないタイプだ。裏を読む前に、言葉が口をついて出る」
 しまった、とばかりにリナは口に手を当てた。けれど、口から出た声は、帰ってこない。
「言っただろ、オレはこの学園について知らないことは、あんまりない。メイリンが学園長の目的を探っていたことも知っているし、森に注目していたことも知っている。そして、止めたのはオレだ」
「止めたのは、オレ?」
 リナは、引っかかった部分だけを、オウムのように聞き返す。それに、ラルスは応じた。
「そう。森は危険だ。オレは入ったことがあるから知っている。あそこは、最低でもエースクラスの力が必要だ。オレだって、あの森は入り口のちょっと先までがギリギリ。わかる? 学園で最強のオレが、入り口で帰るしかなかったんだ。そういう場所なんだよ」
 もっとも。ラルスは眉根を寄せた。
「メイリンは、エースを越えた。その力で森を踏破とうはするつもりだったらしい。現世に行っていたのは、そのための準備らしいね」
「エースを越えたって、エースが最高なんじゃないの?」
「そう。学園に登録されている能力者は、エースが最高だ。けど、今までもそれが最高だったわけじゃない」
 ラルスは部屋を横切り、ベッドの上に座った。そして、リナにも座るようにうながす。仕方なくリナもイスに座った。
 それを確認し、ラルスはおもむろに話し始めた。
「この学園は、現代の技術も使っているが、あちこちにそれを超越した技術が使われている。その究極は、ゲートだ。
 いつでもどこでも呼び出せて、こっちからも向こうからも出入りは可能。おまけに、瞬間移動系の能力者でなくても使える。それだけの能力、エースクラスの移動能力者だって出せない。
 あれらは学園ができたばかりの頃、それをさらに上回る能力者によって作られたんだ。正確に言えば、この学園っていう空間そのものを作った人なんだけどね。学園長は、それだけの能力者を『ジョーカー』と呼んでいる。学園長が欲しているのは、その『ジョーカー』だ。ただし、封印系の、ね」
「じゃあ、付与系のメイリンは、必要じゃなかった?」
 ラルスはうなずく。リナにも、思い当たるところがあった。
 学園は、メイを探そうとしていなかった。学園長の目的がジョーカーであるならば、彼女を探すことは何よりも優先されるべきことであるはずなのに。
「君がメイリンの弔い合戦とむらいがっせんをしようとするのは構わないけどね。禁止区域に入れば、学園長も黙っていない。それに何より、あそこは入るだけで危ない場所なんだ。ジャックレベルでしかない君が入る場所じゃない」
 悔しくても、それは事実だった。リナは決して強くない。レベルに関係しない運動神経はあるが、それだけでは森に入っても、おそらくは出て来れない。それでは、入る意味がない。
 ふと思いついた疑問を、リナは口にした。
「ねえ。どうして、そこまで教えてくれるの?」
「君が好きになったから」
 ラルスは真顔で答えた。
「――へ?」
 リナの顔が段々と赤くなっていく。それを見つめ、ラルスはぷっと吹き出した。
「本当に素直で、いじめがいがあるね。ただの冗談じょうだんだよ」
「あ、そう、なんだ、びっくりってラルス! あんたねえ、乙女心おとめごころをなんだと思ってるのよ!」
 リナが手を出す前に、ラルスはさっさとドアの前に移動していた。
「じゃね。とにかく、ムダに死ぬなよ」
「うっさい!」
 ラルスを部屋から追い出し、リナは憤慨ふんがいしつつイスに座った。
「……メイ」
 部屋の主が戻ってくる気配は、ない。