リナは丘の公園まで戻ってくると、周囲に誰もいないことを確認した。
「ん、よし」
 誰もいないとわかると、リナは静かにつぶやく。
「ゲートオープン」
 突如、リナに呼ばれたように、地面から扉が飛び出す。一見すると、平たいただの扉だ。
 リナは迷うことなく扉に手をかけると、それを開く。
 扉を抜けた先は、公園ではなかった。そこは、広い部屋だった。
 部屋中を同じ扉が覆い尽くしている。右も左も、まさに扉だらけの部屋だった。
 その中にひとつだけ、異なる扉があった。両開きの、大きな扉だ。リナはその扉を開き、部屋の外に出た。
 部屋を出た後は右手に折れ、階段を昇る。そこが一階だった。人の気配は、あまりない。
 リナは軽く息を吐くと、建物の外に出た。
 建物の外は、青々とした芝生が広がる、清々しい場所だった。前方には、別の建物が見える。リナはその建物に向かって歩き出した。
 前方の建物、それは寮だった。ふたつの建物が並び、その間を連絡通路が繋いでいる。外からでは見えないが、地下空間も共有だった。リナの部屋がある女子寮は、向かって左側だ。
「ふー。任務の後に四階までって、わりとキツイよね」
 小声で文句を言いつつ、リナは寮に入って階段を昇り始める。
 寮の一階は広いスペースで、ラウンジとして使われている。が、上の階は、かなり殺風景だ。変化と言えば、たまに置いてある観葉植物くらいである。
 リナが四階まで行くと、廊下に見知った人物を見つけた。
「あ、リンダ」
 声をかけられたのは、長髪をツインテールにまとめた女の子だ。フリフリのワンピースを着ていることもあってか、かなり幼く見える。
「あー、リナちゃん。任務からの帰り?」
「そう。リンダは?」
「アタシは往診おうしん、かな。フツー、部屋で貧血なんて起こす?」
 リンダはふと、リナの様子をまじまじと眺めた。
「……リナちゃん? また何か無茶とかしてないでしょーね?」
「え? きょ、今日はまだしてないよ?」
 コンクリートを真正面からぶち壊すのは、彼女の中では無茶に入らない。
 リンダはため息ひとつ、リナを見上げた。
「いーい? 任務は早急、かつ確実に。説得しようとか、話し合いで解決しようとかしちゃダメだよ? そうでなくても危ないんだから。特に、ウチの常連さんには注意してもらわないとねー?」
「ぐ。い、いいじゃないのよ! それに今日はケガしてないし!」
「ほんとーに?」
 疑わしげなまなざしで見つめるリンダから視線を外すように、リナは後方を見て、
「ぃやあ! リナちゃん、ひっさしぶりー!」
「ひゃッ!?」
 後ろから誰かに飛びつかれた。
 胸のあたりに張りつく物体を引きはがすようにして、リナは確認する。もっとも、確認するまでもなく、こんなことをするヤツはひとりしかいないのだが。
「ちょ、ティノ! 離れなさーい!」
「いいじゃないか別に、減るもんじゃなし。にしても、あいっかわらず小さい胸だね」
「な――! 大きなお世話よ! これでも努力はしてるんだから!」
 リナがグーパンチを振り上げる。それを瞬時に確認し、ティノは能力を使った。
「っと甘い!」
 リナの上からティノの姿が消えた、かと思いきや、すぐさまその後ろに現われた。
 改めて見ると、ティノもまだ子供だった。年齢は、リンダとさほど変わらないようにも見える。背も低く、いたずらっぽい笑顔が嫌なくらいに似合っていた。
「はっはっはー! 『瞬移しゅんい』を使えるぼくに打撃を加えようなんて、千年と三ヶ月くらい早い!」
「いい加減にしなさい」
 ぱこーん、とティノの後頭部がはたかれる。ティノは後頭部を押さえながら、自分を殴った相手を確認した。
「いたた……誰だよもう、って、あれ? リンダ?」
「ティ〜ノ〜? また女生徒さんに手ぇ出して! あれほどやめなさいって言ったのに!」
「あ、いや、これはもう本能と言うか、本望と言うか……」
「言い訳しないの! ほら、もう行くよ!」
 ティノの首ねっこをつかむと、ずるずると引きずりながらリンダは歩き出す。
「ごめんねー、リナちゃん。じゃ、また」
「あ、うん」
 ずーるずーると引きずられるティノを眺め、ふたりの姿が階段のほうに消えたところで、リナも立ち上がった。
 パンパンとはたき、自室の扉を開く。
「ただいまー」
 部屋に入り、リナは靴を脱いだ。
 部屋は板の間だ。クローゼットと二段ベッド、それにふたつの机くらいしか置いていない。その、ふたつの机のひとつに、金髪の少女が座っていた。
「おかえりなさい。ずいぶんと騒がしいお帰りですわね?」
 リナと同じ制服に身を包んだ、くせっ毛の少女だ。ちなみに彼女は、リナ以上に制服が平坦へいたんな線を描いている。
「騒がしいのはあたしじゃないもん。ティノだよ?」
「一緒になって騒いでいたのは、どこのどなたでしたっけ?」
「う。それは、否定しないけど」
 リナも机のイスを引き出すと、そこに座り込んだ。
「シルヴィアはもう任務、終わってたの? 早いねー」
「わたくしはあなたよりも優秀、ということですわ」
 当然だ、とばかりに鼻を高くするシルヴィア。けれどリナは、そでからはみ出た白い存在に気がついた。
「でも、シルヴィア。右手をやられたみたいじゃないの?」
 途端、シルヴィアは顔を赤くして右手を隠した。
「へへーん。あたしは今日、ケガなんてしてないもんね」
「お、大きなお世話ですわ! だいたい、医務室の常連になっているあなたに言われる筋合いはないですわ!」
 リナがさらに反論しようとしたところで、それを遮る音楽が響いた。ぐー、と。
「……」
「…………」
「……ねえ、シルヴィア。ごはん、食べに行かない?」
 シルヴィアはふう、とため息をつくと、やれやれとばかりに立ち上がった。
「仕方ないですわね。なら、メイも誘いに行きましょうか」
「うん」
 ちょっぴり顔を赤くしながら、リナは立ち上がるのであった。

 リナとシルヴィアは同室ということもあって仲が良い。そのふたりともうひとり、いつも一緒にいる女子がいる。
 リナたちは連れ立って二階の五号室を訪れていた。そこが、ふたりの共通する友人の部屋である。この部屋は、リナとシルヴィアの部屋とは違う、個室タイプだ。
 ノックをすると、わずかな時間を置いて、中から女の子が顔を出した。
「はい、どなたですか?」
「メイ、あたし。ごはん、食べに行かない?」
 部屋から顔を出したのは、メガネをかけた三つ編みの少女。リナやシルヴィアとは違い、女性らしい体つきをしている。
「リナ、それにシルヴィアも……。うん、ちょっと待ってて」
 一度、部屋に戻ったかと思うと、メイはすぐに出てきた。
「それじゃあ、行こっか」
 三人は、揃って寮の地下に向かった。食堂は地下一階に存在する。円形のテーブルがひたすらに並ぶ、広い空間だ。これでも、学園の全員を収容することはできないのだが。
 食堂は、時間が少し遅いせいもあってか、そこそこ席は空いていた。リナたちはそれぞれに注文し、テーブルに座った。
「それじゃー、いただきます!」
 元気よく挨拶し、リナは食事を始める。シルヴィアとメイはその様子を見てくすりと笑い、それぞれに食事を始めた。
「んー、おいし!」
 リナは、実に楽しそうに食事をしている。まるで小さな子供のようだ。
「リナ、そんなに慌てて食べると詰まらせるよ?」
「だいじょう……ぐふッ!」
 ぶ、とまで言い終える前に、リナは詰まらせた。慌てて牛乳のパックを引っつかみ、飲み込む。
「ただの食事すらも騒がしいですわね。もっと落ち着いて食べられませんの?」
「うー。だって、さあ?」
 どことなく恨みがましい目でシルヴィアを見上げるリナ。とは言ってもシルヴィアが正しいので、彼女としても何も言えない。
 その様子を眺め、メイは小さく笑った。
「いいじゃない、シルヴィア。それもリナのいいとこ、でしょ?」
「それって、どれよー?」
「単純無害で能天気なところ、ですわ」
「詰まらせただけじゃないのよ。それが、どーしてそこまでになるわけ?」
 シルヴィアは答えず、メイと視線で会話し、笑った。リナは納得いかない、といった表情で、それでも食事の手だけは止めない。
「そうでしたわ。リナ、メイ」
 ふと思い出したように、シルヴィアはふたりに声をかけた。ふたりは目線で、何かと問いかける。
「わたくし、明日はショッピングに出ようかと思っていますの。よろしかったら、おふたりともいかが?」
「ショッピング?」
 牛乳をすすり、リナは問い返す。
「ん、いいよー。あたしも行く。メイは?」
「わ、私は、任務があるから」
 はたはたと手を振り、メイは言った。
「そっか、それじゃー仕方ないね」
「うん。だから、ふたりで楽しんできて」
「あー、じゃ、おみやげでも買ってこようか」
「いいですわね。何か欲しいものはありますの?」
 特には、と答え、メイはクロワッサンを口に運んだ。
「ところでさ、シルヴィア。ショッピングに行きたいって、何か特別に欲しいものがあるの? わざわざ現世まで行くんでしょ?」
「ただのうっぷん晴らしですわ。学園にいると、ストレスがたまる一方だもの」
「あー、わかる。戦いばっかじゃ面白くないしね」
「そう。ですから、たまにはうさを晴らすというのも大事なんですわ」
 しみじみと言うシルヴィアは、すでに外見年齢を越えていた。