翌日。リナとシルヴィアは、並んで扉だらけの部屋――ゲートルームを訪れていた。
 ふたりとも、今日は普段着。リナは動きやすいジーンズ姿。一方のシルヴィアは、普段の言動からすると似つかわしくない、女の子っぽい服装をしている。
「そういえばシルヴィア、許可は?」
「リンダから貰っていますわよ」
 シルヴィアはバッグから紙切れを取り出し、リナに見せた。
 学園と現世、この場合は日本だが、を行き来するためには、瞬間移動系の能力を使うか、ゲートルームを通らなければならない。だが、ゲートルームは使用するために、教員の許可が必要だ。リンダやティノは、この教員にあたる。
「それじゃ、問題ないね。よっし、れっつごー!」
「本当にあなたは無駄に元気がいいですわね」
 扉を開き、ふたりは現世へとおもむく。
 ゲートを抜けた先は、どこかの女子トイレだった。ゲートは現世の扉に繋いでくれるものの、それがどこになるのかは、開いてみるまでわからない。
「女子トイレかー。今日は当たりだね」
「トイレで当たり? あなた、いつもはどんなところに出ているんですの?」
「えー? ええと、昨日は男子トイレだったし、一昨日はゴミ処理場に置いてあったロッカー、その前は飲食店の裏のポリバケツ」
「……開くまではわからないと言っても、普通はそんな場所には出ないですわよ?」
「え!? そーなの!?」
 常識をひっくり返され、驚くリナ。シルヴィアからすれば、彼女の常識のほうが狂っているのだが。
「ほらほら、そんなことより。いつまでもトイレにいても仕方ないですわよ?」
 シルヴィアはさっさとトイレから出て行く。リナも、その後を慌てて追った。
 どうやら、公園の公衆トイレに出たらしい。シルヴィアは携帯電話を取り出すと、現在位置を確認した。
「ここからだと、歩いたほうが近そうですわね。リナ、こっちですわ」
 シルヴィアが先導し、ふたりは現世を歩いていく。

 とある高校の、昼休み。校舎の裏、影になった場所に、男子生徒が四人ばかりいた。
「いいから。金ぇ貸してくれればそれでいいんだって」
「で、でもさ」
「困った時はお互い様、だろーが」
 三人の生徒が、気弱そうな生徒を囲んでいる。彼に逃げ道はなかった。
「いいから貸せって!」
 煮えきらない態度にイラついたのか、声が荒くなってくる。その態度に、少年はますます表情を暗くしていった。
「どうした」
 そんな四人に、声がかかった。
 反射的に、全員が声のほうを見た。そこには、現代人としてはおかしい服装の人がいた。
 全身をマントのような布きれで包み、顔もフードで覆い隠している。露出している部分はなく、年齢はおろか、性別すらもわからない。
「ケンカか? 違うな、一方的なんだから」
 くすくすと笑い、フードはゆっくりと四人に歩み寄る。
 その不気味な様子に、囲んでいた三人の男はどこか、おじけづいていた。
「なら、助けてやろうか?」
 フードはきらきらと輝いているように見えた。それが、ゆっくりと手を上げる。そして、空気を切るように、ひゅっと動かした。
 途端、三人の男子生徒は、バタバタと倒れていった。
「これで話がしやすい」
「あ、あんたは……?」
 救世主らしき相手に、囲まれていた気弱な生徒はおびえていた。
「なあ、あんた。こいつらにいつも、やられているんだろう?」
 男子生徒は、小さくうなずいた。
 フードは、ますます楽しそうに笑う。
「なら、こいつらに仕返ししたいとは思わないか?」
「え?」
「あんたには力がない。だから、いつもこいつらに負ける。なら、力が欲しいと思わないか?」
 答えはわかっている、とばかりに、フードは生徒を見つめていた。
「あんたが欲しいと言えば、私はあんたに力を与えてやれる。だが、あんたが必要ないと言うなら、別に構わないが?」
 生徒は答えに迷っているようだった。迷うということも、フードにはお見通しだったようだが。
「……何か代償だいしょうが必要とか、そんなんじゃないのか?」
「別に何も。欲しいと言えばやる、それだけだが?」
 なおも迷い、けれど、少年は答えを出した。
「――なら、くれ。俺は、力が欲しい」
 フードの顔は見えない。けれど、その下では、笑っているように見えた。
「いいだろう。ならば、こいつらに対する憎しみをもっと持て。それが、あんたの力になる」
 フードは少年の額に手をかざし、何かをつぶやいた。

 しばしのショッピングを楽しみ、ふたりはアイスクリームの専門店が出しているパラソルの下で休んでいた。
 町を歩く若者たちは、誰もが悩みなんてなさそうな表情で歩いている。偶然にも休日だったらしく、人も多かった。
「――だからさ、ティノのセクハラには力で制裁しないとわかんないと思うのよ」
 ミルクアイスを片手に、リナは片眉をはね上げた。
「でも、ティノを捕まえるのは簡単ではないですわよ? なにせ、キングクラスの瞬間移動能力者。テレポート先を予測するなんて、リンダくらいしかできないですわ」
 対するシルヴィアは、冷静そのものといった風に、レモンアイスを口にしている。
「そこをなんとかするのよ。メイの力も借りれば、どうにかなると思わない? メイはティノよりも上なんだから」
「単純な能力だけなら、ですわ。ティノはわたくしよりも深い経験がありますもの、そうそう上手くはいかないはずですわ」
「むむ。じゃあ、どーすればいいのよぉ?」
「ティノのことはリンダに任せるのが一番だと言っているんですわ」
「それじゃあこっちから攻められないってもう! うるさいわね、さっきから」
 周囲のやかましさに眉をひそめ、リナは立ち上がった。
 見れば、通りを歩く若者たちも、どこか小走りな人が多い。
 リナはその内のひとりを捕まえた。
「ねえ、何かあるの?」
 ひとりで歩いていたらしい男性は、問われて立ち止まった。
「あ!? ああ、向こうで誰かが暴れてるらしくってよ。巻き添えになりたくねーから逃げるんだ。姉ちゃんたちもさっさと逃げたほうが……」
 男の言葉は、最後まで聞き取れなかった。ドン、という馬鹿でかい轟音ごうおんによって、かき消されたのだ。
「来やがった。じゃな、さっさと逃げろよ!」
 言い残し、男はすたこらと逃げ去ってしまった。
 リナはシルヴィアを振り返る。
「シルヴィア。これって、やっぱり?」
「異常能力者、ですわね。ほら」
 シルヴィアは携帯電話を差し出す。リナが画面を確認すると、彼女たちの敵、異常能力者の出現をしらせる連絡が入っていた。
「あちゃー。こんな昼間っから? 絶対に目立つ、よね」
「どちらにしろ、わたくしたちには何もできませんわ。素直に逃げたほうがよさそうですわね」
「うー……それは、そうだけど」
 首を縦に振る気配のないリナに、シルヴィアはやれやれと首を振った。
「あなたはいつもそうですわね。でも、今日は任務外。能力は使えませんわ。学園の誰かが来るまでは、どこかに隠れていたほうがよさそうですわね」
「うん。――シルヴィア、ありがと」
 シルヴィアはわずかに頬を染め、視線を泳がせた。
「礼を言われるほどのことではありませんわ。さ、こっちに」
 シルヴィアはリナの手を引き、建物の影に移動した。
 騒がしい物音が徐々に近づいて来る。やがて、その大元が姿を現した。
「あれ、ですわね」
 一見すると、ただの少年だった。服装などからすると、高校生だろう。それだけなら普通だが、その少年は、空中に浮いていた。
「なんだろう。空を飛ぶ能力者?」
「違い、ますわね。風が渦巻いていますわ。空気に力を加えて、強風で空中に浮いているんですわ」
 一般人の中から生まれた能力者、すなわち異常能力者は、何かしらのキーワードに従って力を使う。
 昨日の少年は『コンクリート』というキーワードがあった。この少年のキーワードは、おそらく『空気』。その威力は、見た通りの力がある。
「で、どうするんですの。学園に無断で力を使うわけにもいきませんわよ?」
「こっそり使ったら大丈夫だと思わない?」
「思いませんわね。学園が力を感知しないわけがありませんもの」
 すでに周囲に一般人の姿はない。力を使い、慌てて彼を倒す必要はないだろう。それに、異常能力者が現われれば、学園がすぐさま誰かを送ってくる。ここでリナが力を使うことは損になっても、特になることはないだろう。
「――ごめん、やっぱり我慢できない!」
「あ、リナ!」
 シルヴィアが止める間もなく、リナは飛び出した。